クマ駆除に止まない抗議…クレーム以上に厄介な「風評被害」 異例の自衛隊派遣、秋田県知事の葛藤
今年も全国各地でクマの出没が相次いでいる。特に被害の深刻な秋田県では、昨年、県での対応の限界から自衛隊の派遣を緊急要請。現場では何が起こっていたのか。自衛隊出身という経歴を持つ鈴木健太秋田県知事に、前代未聞の決断の背景と、元自衛官ゆえの葛藤を聞いた。【全2回の後編】

クマ対応で自衛隊派遣を緊急要請 異例の決断には葛藤も
今年も全国各地でクマの出没が相次いでいる。特に被害の深刻な秋田県では、昨年、県での対応の限界から自衛隊の派遣を緊急要請。現場では何が起こっていたのか。自衛隊出身という経歴を持つ鈴木健太秋田県知事に、前代未聞の決断の背景と、元自衛官ゆえの葛藤を聞いた。【全2回の後編】(取材・文=佐藤佑輔)
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知事就任1年目の昨年、秋田では全国で最多となる67人がクマに襲われ、4人が亡くなった。現場が疲弊し限界を迎えていた10月28日、鈴木知事は防衛省を訪れ、高市内閣誕生で1週間前に防衛大臣に就任したばかりの小泉進次郎氏と面会。前例のない獣害対応での自衛隊派遣を要請した。これにより、11月5日から30日までの期間中、延べ900人を超える自衛隊員が投入された。
「2年前の2023年にも大量出没が起こっていて、その年にも70人の人身被害が出ていました。街中にも普通にクマが出るようになって、『出たら怖いな』という感覚から、もはや人々が普通に暮らすことが脅かされるような異常事態になってしまった。当然、できることは頑張ってやってきたのですが、猟友会や市町村のマンパワーにも限界がある。やむを得ず、最後の手段として自衛隊の派遣をお願いしたわけです」
自衛隊出身の鈴木知事にとって、古巣の手を借りることは苦渋の決断でもあった。
「葛藤はもちろんありました。緊急性・公共性・非代替性という災害派遣の3要件を満たせるのか。元自衛官として、本来の任務や訓練の大変さもよく知っているものですから、害獣駆除で自衛隊は呼べない。第一、自動小銃ではツキノワグマは倒せないし、そもそも法的根拠がない。県民や議会からは『自衛隊にやっつけてもらえばいい』という声も出ましたが、私はできるわけがないと一貫して後ろ向きでした。
ところが、小泉進次郎氏が防衛大臣に就任された途端、急に風向きが変わった。『大臣は派遣に前向きだ』という話が聞こえてきて、こちらとしてもやっていただけるのであればお願いしたいというのが本音。わずか1週間で『では何をやってもらうか』『どんなことだったらお願いできるのか』を詰めていきました」
法の立て付けや現場のリスクとも照らし合わせ、最終的に「土木工事等の受託」という名目で派遣を要請。火器は携行せず、隊員は箱わなの運搬や設置、見回りといった後方支援に専従した。実際の駆除作業は引き続き猟友会が担い、総力戦で冬眠が始まるまでの窮地をしのいだ。一方で、狩猟者の趣味団体である猟友会依存のクマ対応は物議を呼び、警察官によるライフル銃の使用を可能とする規則改正につながった。
「制度が現状に追いついていない。臨時的に猟友会の力を借りて対応するというスキームでは、全国規模で頻繁に出没するクマには対応しきれません。本来であれば警察にもっと全面的に出てきてほしいところではありますが、現状では秋田県だけでも人員が足りない状況で、従来の職務に加えてクマ対策を主体的に担うのはとても無理。かといって、普段丸腰の行政職員が対応するのも難しい。今後、警察が主体的な役割を担うのか、諸外国のようにレンジャー職員が対応するのか。いずれにせよ公的機関が対応していく必要がある。国家マターとして、早急かつ抜本的な体制整備を進めていただきたい」
今年も大量出没が再来した際、県で対応できる体制は?
もちろん、県としてもただ国の対応を待つだけではない。鈴木知事は県内にクマ専門の調査研究組織を立ち上げることも明言しており、来春の発足も視野に人材確保を進めている。
「東北のクマ問題は、山の深さや人口密度の低さ、生息数の多さという面で、成功事例のある西日本とは状況が異なる。秋田には秋田ならではの研究が必要だろうと。ただ、ここでも人材不足という壁がある。昨年、今年とクマ問題が全国区になったことで、今や獣医学部出身の研究者は各地で引っ張りだこという状況です。統計学の専門家も入れたいが、とにかく一刻も早く走り出さないと始まらない。場合によっては外部への委託も検討しつつ、来年春頃の立ち上げを目指し進めています」
昨年は後手に回りながらも急場しのぎで乗り切ったクマ対応。仮に今年、また昨年のような大量出没が再来した場合、県だけで対応できる体制は整っているのか。
「今現在はまだ……。今年はブナの実が豊作という予測が出ているので、昨年のような大量出没自体になる可能性はそう高くないと見ています。ただ、再来年は凶作でしょうし、万が一そうなったときのための体制を急いで整えています。昨年自衛隊にお願いしたような後方支援は、県内の建設事業者から支援を得ることができないか、今まさに協議をお願いしているところ。ゼロから全く新しい組織を作れるわけではないので、可能な限り、民間のパワーもお借りして対応したい。地元の建設業協会など、民間事業者と力を合わせる協定を結びたいと思っている。まだまだこれからですが」
東北にとどまらず、今や全国に拡大しているクマの出没被害を受け、報道も過熱している。クマの危険性を適切に伝える内容には理解を抱きつつも、いたずらに恐怖心をあおるようなセンセーショナルな報じ方には、懸念の思いも抱いているという。
「駆除への抗議、クレームには佐竹前知事の方針を踏襲して『ガチャン!』でいいのですが、やはり心配なのは報道です。連日ワイドショーで『クマ、クマ』とやられると、風評被害も心配。問題が全国に広がったので、今はもう秋田だけの問題ではありませんが、それでも観光への影響は深刻です。
この機にお伝えしたいのは、秋田はそこら中にクマがいるわけではないということ。私は20年住んでいて、まだ一度も生で見たことはありません。例えば、秋田県の交通事故件数は全国平均と比べても非常に少ないですが、それでも年間1000件、1日3件程度は起きています。昨年のクマ被害は59件ですから、交通事故に遭うよりもはるかに低い確率で、街を歩いていれば誰彼襲われるような状況では決してない。『秋田=クマ』という印象は持たず、どうか安心して遊びにいらしてください」
近年では東北に限らず、関東近郊でもクマの目撃情報が相次いでいる。秋田の置かれている状況は、すでに対岸の火事ではない。
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