ジローラモ、運命を変えた初来日と妻との出会い 人とのつながりで実現した映画初主演
日本のエンタメ界で長年愛され続けるパンツェッタ・ジローラモが、映画『TAVERNA DE GAGA-人生はまだまだ面白い-』(公開中)で、ついに映画初主演を果たした。底抜けに明るいキャラクターで知られるジローラモだが、異国・日本での道のりは決して平坦なだけではなかった。偶然の出会いから始まり、多くの人との縁に導かれてきたこれまでの軌跡。そして、新たな挑戦となる「俳優業」への熱い思い。軽やかな笑顔の奥に秘められた、彼のドラマチックな半生に迫る。

軽い気持ちで飛び込んだ日本、運命を変えた偶然の出会い
日本のエンタメ界で長年愛され続けるパンツェッタ・ジローラモが、映画『TAVERNA DE GAGA-人生はまだまだ面白い-』(公開中)で、ついに映画初主演を果たした。底抜けに明るいキャラクターで知られるジローラモだが、異国・日本での道のりは決して平坦なだけではなかった。偶然の出会いから始まり、多くの人との縁に導かれてきたこれまでの軌跡。そして、新たな挑戦となる「俳優業」への熱い思い。軽やかな笑顔の奥に秘められた、彼のドラマチックな半生に迫る。(取材・文=磯部正和)
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映画『TAVERNA DE GAGA-人生はまだまだ面白い-』で、ジローラモが演じたのは、日本で活躍するイタリア人建築プロデューサーのジーロ。故郷である南イタリアのトロペアを舞台に、かつて海で力強く生きてきたものの、人生の終えんを迎え希望を失った老人たちと交流する姿を描き出す。美しい自然と共生する尊さや、人と人との温かい絆、そして「何歳になっても人生は輝ける」という力強いメッセージが込められた意欲作だ。
本作でジローラモが演じたジーロは、建築プロデューサーだ。ジローラモ自身も建築とはゆかりが深い。彼が初めて日本にやってきたのは、建築家である父の友人を手伝うためだった。
「お父さんの友達に黒澤先生という建築家がいて、本を出さなければならなくて。その資料をまとめるために初めて来日したんです。そのときは1~2週間ぐらいの滞在でした」
しかしその来日が、ジローラモの運命を大きく変えるきっかけを作った。ジローラモは「その帰り際で今の家内と出会ったんですよ。それから1年か1年半後くらいから付き合い始めて、『日本に行ってみようかな』みたいな感じで来ました。本当に軽い気持ちです」と振り返る。
愛する人を追って海を渡ったものの、当時のジローラモはまだ何者でもなく、言葉の壁や環境の変化から孤独を感じる夜もあった。「最初は、日本語がしゃべれないし、日本人のサラリーマンみたいにならないといけないと思ったんです。でも家内と一緒にいればいるほど、イタリアに住んでいた時と日本では環境が違うから、けんかも増えちゃって。そんな時にラテン系のバーによく行きました。音楽が流れていて、踊りが下手くそでも踊れる。あれがあると、頭の中が少し元気になったんです」

ハングリー精神で踏ん張った下積み時代
陽気な音楽と共に「今イタリアに帰ったら、負けた感じになってしまうのが悔しかった」というハングリー精神もジローラモを踏ん張らせた。そうしていくうちに少しずつ交友関係も増え、NHKの『イタリア語講座』のオファーが舞い込む。
「僕にとっては楽しい仕事でした。自分の家や仕事以外の環境に出て、違う世界を見ることができたし、カメラを通して違う世界に行くことができる。そこから『本を書きたい』と思い始めました。ホリプロに入ったきっかけも、その本が売れたからです」と好奇心を大切にすることで、次なるステップへの強力な布石となった。
損得勘定ではなく、純粋な好奇心と「人とのつながり」を大切にしてきたからこそ、大きな広がりを見せた。「当時はサッカー協会の人とも仲良くなって。川淵三郎チェアマンも、とても面白い人で。サッカー番組もやらせてもらいました。本当に楽しかった」と笑顔を見せる。こうした交流関係の広がりが、映画初主演というビッグプロジェクトにつながった。
「多忙なスケジュールを縫ってでもやり遂げたかった」という、本作のメガホンを取った浜野安宏監督との数奇な巡り合わせについて、ジローラモは目を輝かせて振り返る。「共通の友達がいて知り合いました。何度か話しているうちに、向こうが『こういうことやりたい』と。主演なんて経験もなかったので『大丈夫かな』と思ったのですが、やりたいという気持ちが強かった」と持ち前の好奇心が勝ったという。
風光明媚な南イタリアの街・トロペアでの撮影。そこで彼を待ち受けていたのは、酸いも甘いもかみ分けた現地のベテラン俳優たちだった。文化や言葉のギャップを痛感しながらも、彼らが現場で放っていた圧倒的な存在感と温かな包容力は、ジローラモに「演じること」の本当の面白さを突きつけた。
「最初はカチカチでしたけど、現地のイタリア人役者たちと一緒にやると、やっぱりうまくなるんですよ。演技だけど、普通の会話と思ってしまう。プロの人は余裕があって、人にも余裕を感じさせるんです。僕に合わせてリスペクトしてくれるから、本当に面白かったですね」
この鮮烈な経験は、ジローラモの中に眠っていた表現者としての情熱を呼び覚ますこととなる。自分の年齢やこれまでのキャリアにとらわれることなく、新たな感情の起伏を楽しむようにカメラの前に立った。異国で苦楽を味わってきた彼だからこそ、その言葉には深い実感がこもっている。
「もっと早く演技というものに積極的にチャレンジすればよかった。余裕がある場所で、みんなとぶつかり合う演技ができたのは、すごく刺激的な時間でした」

世界とダイレクトにつながる未来へ
現在の映像業界は、動画配信サービスの台頭によってパラダイムシフトの真っただ中にある。巨大な組織の力に頼らずとも、才能と縁さえあれば海を越えて世界中と結びつくことができるこの時代に、彼は限りないロマンと自身の可能性を見いだしている。
「今はNetflixとか、一瞬にして世界とつながる環境があります。世界に行けるかもしれない。本人がやりたいと思えば、人生は変わります。僕もこの映画が名刺代わりなる。一つ動き出せば、これまでは想像もできなかったような未来が待っているかもしれません」
計算ではなく、常に人との出会いによって自らの道を切り拓いてきた彼にとって、俳優業という未知なるフィールドはこれからが本番だ。「こういうインタビューがあればあるほど、もっといろんなきっかけが生まれるじゃないですか。人とのつながりが両方プラスアルファになる。これからもどんどんやっていきたいですね」。
異国での孤独やだまされた過去さえもポジティブに変換し、次々と新しい扉を開いてきたジローラモ。「人とのつながりがすべて」と語る彼が初主演を務めた今回の映画もまた、数奇な縁と絆が生み出した必然の産物だ。常に前を向き、出会いを大切にするジローラモ。俳優としても、今後アッと驚かせる人生が待っているかもしれない。
□パンツェッタ・ジローラモ 1962年9月6日、イタリア出身。88年に日本に移住。その後はNHK『NHK外国語会話 イタリア語会話』への出演を機に知名度を高め、フジテレビ系『森田一義アワー 笑っていいとも!』などに出演。月刊誌「LEON」の専属モデルを務め、「ちょいワルおやじ」というフレーズを全国区にした。以降もバラエティーやドラマなど多方面で活躍。2026年9月11日から初の主演映画『TAVERNA DE GAGA-人生はまだまだ面白い-』が公開される。
磯部正和
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