海外挑戦から10年…ナオト・インティライミの現在地 NYでもLAでもなくマイアミを選んだワケ
シンガー・ソングライターのナオト・インティライミが、日本と米マイアミの2拠点生活を開始してから約3年が経過した。多くの日本人アーティストが海外進出を目指す際、ニューヨークやロサンゼルスといった全米主要都市を選択する中、あえて選んだのはアメリカ南東部の都市・マイアミだった。かつて世界約100か国をバックパッカーとして旅したナオトが、なぜマイアミを拠点とし、どのような想いで世界挑戦を続けているのか。その現在地に迫る。

ナオト・インティライミは2023年から日本とマイアミの2拠点生活
シンガー・ソングライターのナオト・インティライミが、日本と米マイアミの2拠点生活を開始してから約3年が経過した。多くの日本人アーティストが海外進出を目指す際、ニューヨークやロサンゼルスといった全米主要都市を選択する中、あえて選んだのはアメリカ南東部の都市・マイアミだった。かつて世界約100か国をバックパッカーとして旅したナオトが、なぜマイアミを拠点とし、どのような想いで世界挑戦を続けているのか。その現在地に迫る。(取材・文=小谷真弥)
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マイアミはアメリカ国内でありながら、コロンビア、ベネズエラ、キューバ、プエルトリコなど、中南米諸国からの移住者が多く暮らすラテン文化の中心地だ。レストランやスーパーマーケットでも日常的にスペイン語が飛び交う環境に、ナオトは深い親和性を感じていたという。
「中南米のラティーノたちって、音楽と踊りとサッカーが生活の3トップにある。まさに僕もサッカーをずっとプロになるためにやってきて、踊りも歌も好きで、すごくマッチする感覚がありました。世界挑戦をする時に英語でアメリカの正面から行くよりも、自分らしく、かつ確率が高いだろうということでラテンマーケットを選びました。ラテンマーケットならどこか。マイアミ一択でした。海外で暮らしたいというよりも『マイアミに行かなければいけない』という気持ちでした。LAでもNYでもなく」
英語圏への正面突破ではなく、自身のバックボーンと合致するラテン市場にターゲットを絞り、そのハブであるマイアミへ飛び込む決断をした。
「世界挑戦」してからの活動は、決して平坦な道のりではなかった。現地のバーやレストランにギター1本で飛び込み「歌わせてくれ」と頼み込んで数人の前で歌ったり、朝方の4時に「今日は歌えない」と言われて帰る日々もあったという。そうした10年越しの準備と挑戦が実を結び、今年5月に南米コロンビアのレコードレーベルとの契約を果たした。

スペイン語で楽曲制作「日本人が腰を揺らしながら歌うのは面白いみたいです」
現在は完全なスペイン語で楽曲を制作し、精力的にリリースを重ねている。1曲目の『Tokio Sake Bomb』に続き、2曲目には『UMAMI』、3曲目には『MATCHA』と、日本文化のキーワードを織り交ぜた楽曲を展開。特に『UMAMI』には緻密な言葉遊びと戦略が込められている。
「日本の味覚の『旨味』という言葉が世界的なホットワードになっていますが、スペイン語で『Mami(マミ)』と言うと、いけてるお姉さんとかすてきなレディという意味になるんです。だから『ウ~、マミ~』と歌うと『あなたを味わってみたい』というセクシーな曲になる。ラテンのヒット曲はセクシーさがすごく大事なので、日本の言葉や文化をラテンカルチャーの上に乗せて、誰も聴いたことがない音楽のスタイルをやってます」
「日本人がスペイン語で腰を揺らしながら歌うのは、めちゃくちゃ面白いみたいです。(会場は)すごく沸きます。日本でジェロが演歌を歌うような、ああいう違和感。日本人がスペイン語でちょっとセクシーな歌詞を歌う。今、始まったばかりの挑戦です」
単にJ-POPを翻訳して歌うのではなく、ラテン音楽のリズムをベースに自身のアイデンティティーを重ね合わせるスタイルで、現地のテレビやラジオ番組にも多数出演するなど、現地での知名度を着実に高めている。
直感と準備が引き寄せた奇跡と、球場での『君が代』独唱
ナオトのマイアミでの活動は、音楽制作にとどまらない。日本時間12日には、米フロリダ州マイアミのローンデポ・パークで開催されたドジャース-マーリンズ戦の試合前イベント「ジャパニーズ・ヘリテージ・デイ」に登場し、観客を前に厳かな『君が代』の独唱を披露した。
同所での国歌独唱は2年ぶりとなる。前回訪れた2024年9月は、ドジャースの大谷翔平が前人未到の「50本塁打&50盗塁(50-50)」の達成へ向けて注目を集めていた時期だった。ナオトが歌ったその日の試合で、大谷は5試合ぶりの48号を放ち、その2日後に「50-50」を達成したのだった。
当時のエピソードについてナオトは、「どこで見たら大谷選手のホームラン球が飛んでくるかをすごく調べて、ライトスタンドのどこにするか計算して準備したら、1回の先頭打者ホームランがバーンと目の前に落ちてきたんです。興奮したおじさんに『写真撮らせてください!』って言って、打ったばかりのホカホカのボールと一緒に撮りました。『持ってるね』と言われるんですけど、データと直感と準備があったからこそ起きた奇跡。奇跡は準備をしないと起きないんだという、大きな経験でした」と笑顔で振り返る。
「もちろん背中を押したなんてことは言えませんけど、ユニフォームをちょっとさすったくらいの気持ちで日本の風を送らせていただいた。大谷選手の負傷は本当に残念ですが、地球の裏側であるマイアミで日本代表として国歌を歌えるのは本当に誇らしいです。自分の歌を歌うよりも20倍ぐらい緊張します」
泥臭い下積みと綿密な戦略を胸に、マイアミの地から世界へと挑み続けるナオト・インティライミ。その情熱あふれる挑戦は、これからも加速していきそうだ。
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