田中みな実、俳優業メインの現在地 バラエティーと両立予定も「甘い世界ではなかった」

俳優の田中みな実が、映画『5秒で完全犯罪を生成する方法』(公開中)に出演している。2014年9月末にTBSテレビを退社し、フリーアナウンサーに転身した田中だが、当時、俳優業に進むことは「微塵も思っていなかった」という。自分の話を切り売りする苦しさ。震えながら飛び込んだドラマの現場。二足のわらじを手放す決断。俳優・田中みな実は、どうやって現在地にたどり着いたのか。

現在地について語った田中みな実【写真:増田美咲】
現在地について語った田中みな実【写真:増田美咲】

一度は断ったドラマ出演が転機に

 俳優の田中みな実が、映画『5秒で完全犯罪を生成する方法』(公開中)に出演している。2014年9月末にTBSテレビを退社し、フリーアナウンサーに転身した田中だが、当時、俳優業に進むことは「微塵も思っていなかった」という。自分の話を切り売りする苦しさ。震えながら飛び込んだドラマの現場。二足のわらじを手放す決断。俳優・田中みな実は、どうやって現在地にたどり着いたのか。(取材・文=平辻哲也)


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 27歳でフリーになった時、田中の視界に俳優業はなかった。

「微塵も思っていなかったです。単に27、8歳という、30代までまだ時間も勢いもあるうちにフリーになった方が、可能性が広がると思っていました。いろんな局に出られるし、もっともっと精力的に仕事がしたい! 本当にそれだけの理由でした」

 だが、外に出てみると現実は違った。各局には、当然ながら局アナがいる。そこに自分が入る隙はなかった。

「アナウンサーとしてこの世界でやっていくのは難しいとすぐに気づかされました。すると、自分の話を切り売りしていくことになる。意図しない発信のされ方、話したくないことを話すこと、過去の恋愛についていつまでもほじくり返されること。そんな仕事の仕方にすぐに限界を感じました」

 そんな時に届いたのが、俳優業の話だった。東海テレビ・フジテレビ系ドラマ『絶対正義』。最初は少し出演する程度だと思っていた。ところが、主要キャストの1人だった。

「私には荷が重すぎると、すぐにお断りしました。それでも東海テレビの方が烈々なアプローチをしてくださいました。当時の事務所の社長からも『一度やってみて、もし嫌だったら二度とやらなくていいからやってみないか』と背中を押され、『分かりました』と。何も分からない、素人同然の状態で現場に入ることに」

 現場の用語も分からない。「ドライって何ですか」というところからのスタートだった。プレッシャーは大きかった。

「前日までおなかが痛くて、この期に及んでなんとかお断りできないかと思っていたくらい(笑)」

 周囲には、そうそうたる俳優たちがいた。「初心者なので」とは言えない。怖くても飛び込むしかなかった。

「震える声を押し殺し、とにかく嘘でも堂々とやってみようと半ばヤケクソ。それでも手はずっと震えていたし、何が正解か分からない中で、必死にもがいていました」

 その現場で、後につながる言葉をもらった。共演した山口紗弥加からは「続けなよ」と言われた。西浦正記監督からも「俳優を続けてくださいね」と声をかけられた。

「それから紗弥加さんとは何度か作品でご一緒する機会があって、今はご縁があって同じ事務所の先輩です。『絶対正義』の西浦監督とも、後に『ブラックペアン』でご一緒しました。こうして縁がつながっていくことに、なんだか胸が熱くなりました。最近では、続けていたら面白いことってたくさんあるんだなと、気づかされることが少しずつ増えてきたような」

転機は事務所移籍と明かした【写真:増田美咲】
転機は事務所移籍と明かした【写真:増田美咲】

バラエティーと俳優業の両立に難しさ

 現在、田中は自分の肩書をどう捉えているのか。世間には、いまだに「フリーアナウンサー」のイメージが残る。だが、本人の感覚は違う。

「3年前に一つだけやっていたバラエティー番組のレギュラーを降板してからは俳優業のみです。でも、たかだか3年。皆さんの中ではまだ、タレント、フリーアナウンサーというイメージが根強いかもしれませんね。それでかまいません。イメージは皆さんが自由に抱くものだから。フリーアナウンサーの肩書が取れるまで、あと10年はかかるかな(笑)」

 大きな転機は、事務所移籍だった。俳優業をメインとする事務所に移ったことで、仕事の軸ははっきりした。

「大きなターニングポイントは、事務所を移籍したことです。俳優業をメインとした事務所に移籍したことで、必然的にそうなっていきました。積み重ねてきたものを手放すのは怖かったし、苦しかったし、悔しかった」

 当初は、二足のわらじでやっていきたい思いもあった。バラエティーも続けながら、俳優業もやる。その道を完全に諦めきれたわけではない。

「当初は二足のわらじでやっていくつもりでした。でも、本格的に俳優業と向き合うと、なかなかそうはいかないことに気付かされる。バラエティーをずっとやってきた人間が俳優業を始めて、どちらも両立してやれるほど、いずれも甘い世界ではなかったんです」

 手放すことには抵抗があった。社長とも何度も話し合った。それでも、いま振り返れば必要な決断だった。

「今となっては、全てを手放したことで、俳優業としっかり向き合えて、良かったと思っています」

 写真集のPRのために開設したインスタグラムも、閉じた。約200万人のフォロワーがいたアカウントだったが、田中にとっては写真集を愛してくれた人たちのための場所だった。

「写真集の普及のためのインスタでした。宝島社さんがアカウントを用意してくださって。自分というより、写真集のアカウントでした」

 そこでも、田中は何を大事にするかを考えた。画面の中の世界か、目の前の生活か。

「何よりも大切な愛犬との時間もままならず、一緒にいるのに、ずっと携帯を気にしてばかり。かわいそうな思いをさせてしまったなと、今思い出しても苦しくなります。小さい画面の中の世界よりも、今いる世界を大事にしたいと確信しました」

 今後、海外作品への挑戦について聞くと、田中は冷静だった。英語ができるから海外へ、という単純な話ではない。自分の強みを、日本でもまだ探している段階だという。

「日本人ではあるけれど、いわゆる“日本人っぽさ”があるわけでもない。海外で通用する自分の強みや魅力は何なのか。それを日本でも見つけられていないのに、海外に飛び出したところで、まったく使い物にならないのは明白です。だからオーディションにも通らないんだな、と悲しいかな納得せざるを得ません」

 焦りはない。むしろ、自分の現在地を正確に見ようとしている。だからこそ、俳優業を一時的な肩書ではなく、長く続ける仕事として捉えている。

「今後も俳優業を主軸としてやっていきたいです。いくつになっても。ライフワークにしていきたいと思える仕事に出合えて幸せです」

 フリー転身時には想像していなかった道だった。震えながら飛び込んだ現場で、縁がつながった。手放すことへの抵抗を越え、俳優業に向き合う環境を選んだ。田中みな実は今、自分の経験を頼りに、俳優としての時間を積み重ねている。

□田中みな実(たなか・みなみ)1986年11月23日生まれ、埼玉県出身。2019年12月発売のファースト写真集『Sincerely yours…』は大ヒットを記録。19年『絶対正義』でテレビドラマ初出演後、21年『ずっと独身でいるつもり?』で映画初主演、23年『悪女について』でNHKドラマ初主演を務めるなど、俳優としても話題作への出演が続く。近年の出演作には25年『愛の、がっこう。』、『フェイクマミー』などがある。26年9月17日にはNetflixシリーズ『ダウンタイム』の配信を控える。

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