「売らないで」泣いて祖父にお願いした孫 “奇跡のケンメリ”継承して決心「車のために頑張って働かなきゃ」

おじいちゃんから受け継いだ宝物は、現役バリバリの「ケンメリ」だった。1973年式の日産スカイライン(KGC110型)、通称ケンメリ。半世紀以上前に新車で購入し、「九割九分が純正」のまま維持されてきた奇跡とも言える1台だ。今、28歳の孫がハンドルを握り、風を切って走っている。「だから、残していかないと」。亡き祖父と紡ぐ、愛車ドラマを聞いた。

73年式のケンメリが現役バリバリで走っている【写真:ENCOUNT編集部】
73年式のケンメリが現役バリバリで走っている【写真:ENCOUNT編集部】

【愛車拝見#377】 1973年式で“ほぼそのまま維持”

 おじいちゃんから受け継いだ宝物は、現役バリバリの「ケンメリ」だった。1973年式の日産スカイライン(KGC110型)、通称ケンメリ。半世紀以上前に新車で購入し、「九割九分が純正」のまま維持されてきた奇跡とも言える1台だ。今、28歳の孫がハンドルを握り、風を切って走っている。「だから、残していかないと」。亡き祖父と紡ぐ、愛車ドラマを聞いた。(取材・文=吉原知也)

ポルシェ、マクラーレン、ベントレー…昭和を代表するアイドルの華麗なる愛車遍歴(JAF Mate Onlineへ)

 2ドア仕様で、ディープグリーンメタリックのカラーが渋く光る。母方の祖父が手に入れたきっかけは、警察官の職場にあったという。「祖父は当時、トヨペット・コロナに乗っていました。それである日、スカイラインのパトカーが入ってきて、いわゆる4枚ドアの『ヨンメリ』と呼ばれるタイプだったそうなんです。『スカイラインはかっこいい』と思った祖父は車屋さんに行って、この車を新車で買ったと聞いています。『2ドアの方がかっこいい』と思ったそうです」。孫の男性会社員オーナーが、購入秘話を明かす。ちなみに、購入先の同じ自動車販売店で、今もメンテナンスをしてもらってるという。

 幼少期から、祖父のケンメリは“特別な車”だった。小学生の頃から助手席に乗せてもらい、祖父の運転でよくドライブに出かけた。大好きな車だった。「乗りたい」と憧れる孫に、「いつか譲ってやるよ」。祖父との“約束”は「自然な流れ」で出来上がっていた。

 男性は18歳で免許を取った。祖父とのドライブ。ある日、いつものように助手席に座っていた。公園にケンメリを止めた時、祖父がふと口にした。「代わるか? 免許取ったんだから、運転しなよ」。運転席に座った時の感覚は今でも覚えている。「同じ車に乗っているのですが、今まで見ていた景色と全然違くて」。新鮮さと同時に、ちょっぴり緊張もした。「いきなり街中を走るというのは、正直なところ最初はちょっと運転が怖かったですね」と笑う。改まって引継ぎのようなことが行われたことはない。でもそれが、家族の自然な関係の中での、祖父なりの“バトンタッチ”だったのかもしれない。

 男性が大学生になると、祖父が助手席に座るドライブが続いた。運転席のあるじは、自動車が大好きで頼もしい孫に移り変わっていった。

 一度だけ、危機があった。中学生の時、祖父のもとに「売ってほしい」という引き合いの話が来るようになり、祖父の気持ちが傾きかけた。「もう売るよ」と言い出したのだ。男性オーナーはショックで大泣き。「『いや、売らないでくれ』って。泣いてお願いした記憶があります」。祖父は思いとどまった。男性は大学時代、車検代をアルバイトで稼いで自分で払った。「学生のうちに2度、車検を通しましたから(笑)」と振り返る。

 就職して社会人になってから、名義変更をした。「大人になったら」というタイミングは分かり合っていた。ケンメリは孫の手に渡った。「あまり語らなかったですが、祖父はうれしかったんじゃないかな」。

 その1年後、祖父は亡くなった。葬儀の日、祖父のケンメリで斎場に行った。葬儀社のスタッフに相談のうえで、斎場のエントランス横に止めさせてもらった。「骨つぼを積んで、納骨にも行きました」。思い入れのあるゆかりのケンメリで祖父を見送った。

祖父は“純正維持”を続けてきたという【写真:ENCOUNT編集部】
祖父は“純正維持”を続けてきたという【写真:ENCOUNT編集部】

「車はナンバーをつけて公道を走っていなかったら、ただの鉄の塊」

 祖父はケンメリを、屋根付きの駐車スペースでカバーをかけて保管し、大切にしていた。内装に至ってはシフトノブを除いてオリジナルのまま。「九割九分が純正です」と男性は胸を張る。部品調達もしっかり整えており、走れる状態を維持できている。

 男性は今、旧車乗りの若い仲間たちと愛車交流のグループをつくっている。緑色の車・緑色のバイクの旧車に乗っていることがテーマで、「先日も三浦半島へのツーリングに行ってきました。納屋から出てきたマツダ・ルーチェ、TE27レビン2台、5代目クラウンなど、いろいろです。楽しく一緒に走っています。『緑の会』という名前で、なんだか僕が主宰者になっています(笑)」。時代を彩った名車たちが連なって走る光景は、それだけで絵になる。

 旧車イベントに参加すると、当時ケンメリに乗っていたというベテランドライバーたちから、懐かしむ声を多く聞くという。自動車産業・文化の歴史にも触れ、「当時この車を作っていたとおっしゃる、恐らく工場ラインの従業員の方だと思うのですが、そういった方のお話を聞く機会もあります。しびれましたね。自分自身、最初は『おじいちゃんの車に乗っている』ぐらいの感覚だったのですが、いろいろな人たちのためにも、大事に残していかなきゃ、という思いになっています」と実感を込める。

 貴重な1台は大切に扱うが、“置きっぱなし”にはしない。「やっぱり、車はナンバーをつけて公道を走っていなかったら、ただの鉄の塊なのかなと考えています。車は動かしてこそだと思っています」。走らせ続けるという信念も貫くつもりだ。

 それに、「イベントの場で、『緑のケンメリに乗ってる者です』と話すと、『ああ、あの車ね』と通じるようになってきて、名刺の代わりじゃないですけど、自分の一部になりつつある。そんな感覚も持っています。趣味であり、気分転換であり、一番は仕事のモチベーションでもあります。車のために頑張って働かなきゃって」。いとおしそうにおじいちゃんのケンメリを見つめた。

次のページへ (2/2) 【写真】懐かしのケンメリ、見事に維持された実際の内装
1 2
あなたの“気になる”を教えてください