“肩書=歌手”は「一生ブレない」 宝塚→うたのおねえさん…はいだしょうこの変わらぬ“覚悟”
歌手で俳優のはいだしょうこが、7月10日から埼玉・戸田市文化会館 大ホールにて上演されるミュージカル『ひめゆり』で主演を務める。4年ぶり5度目となる主人公・キミ役。2015年の初挑戦から11年の時がたち、今も同舞台へ出演し続ける理由や、幼少期から変わることのない歌への思いを明かした。

4年ぶり5度目の挑戦となるミュージカル『ひめゆり』
歌手で俳優のはいだしょうこが、7月10日から埼玉・戸田市文化会館 大ホールにて上演されるミュージカル『ひめゆり』で主演を務める。4年ぶり5度目となる主人公・キミ役。2015年の初挑戦から11年の時がたち、今も同舞台へ出演し続ける理由や、幼少期から変わることのない歌への思いを明かした。(取材・文=中村彰洋)
『ひめゆり』との出会いは今から20年以上も前のことだった。かつて、本田美奈子さんが主人公・キミを演じていた同作品を観劇して、衝撃を受けたという。
「見終わった後に客席から立てなかったほどでした。いつか自分もこの役を通して、戦争の悲惨さや平和の大切さをお届けしたいと思うようになりました。なので、最初は私から『やらせてください』とお願いして、出演させていただくことになりました」
はいだがキミを初めて演じたのは、2015年のこと。以来17年まで3年連続で出演し、その後は22年、そして今回の26年とコンスタントに出演を続けている。今年は初演から30年の節目。「最初に演じていた時よりも、人生を重ねてきた今の自分だからこそ、いろいろな方に見ていただけたり、届けられることがあると思っています」と、今なお出演を続ける意味に
ついて口にした。出演を重ねた現在も「慣れるという感覚はないです」とも明かす。キャストが変わるたびに新たな化学反応が生まれ、毎回新鮮な気持ちで向き合っている。
今回は4年ぶりの挑戦。戦争というテーマかつ全41曲を歌いながらのステージは、肉体的にも精神的にも大きな負担がかかる。「舞台が終わった頃にはボロボロになる」と分かっているからこそ、今回のオファーを受けることにも相応の覚悟を持って臨んだ。
「体力が続かず、全力で届けられなかったとはなりたくないんです。素晴らしい作品だからこそ、伝えたい気持ちはありますが、簡単な気持ちで出演を決めることができませんでした。でも、今年は30周年ということもありますし、このタイミングでもう1度、日本の歴史を忘れられないように、次の世代にも届けていかなくてはと思い、出演させていただくことにしました」
はいだにとっては、毎回「今回が最後」という思いで、『ひめゆり』に臨んでいる。「前回5年ぶりに挑戦した時も、『これで最後』と思いながらやっていました。時代が流れ、日本でも戦争が起きていたという現実が忘れかけられているなと感じることがあります。だからこそ、自分で力になれるのであれば、お届けしたいという思いになるんです」。

憧れていた宝塚に入団もわずか4年で退団「やりきった」
その姿勢の原点は、童謡歌手として活動していた幼少期にある。「子どもながらにプロとはどういうことかが体に染み付いていました。子どもの自分の失敗で周りの大人の皆さまにご迷惑をお掛けしてはいけない、と思いながらステージに毎回立っていました」。
宝塚に憧れたのは小学生の時。「大階段でドレスを着て歌いたい」という漠然とした夢が、はいだの原動力となっていた。苦労を重ねながらも、晴れてその夢をかなえ、宝塚に入団。わずか3年で、フィナーレのソロを飾るエトワールにも抜てきされた。これがはいだにとっての人生の転機となった。
当時は、下級生での異例のエトワール起用であったため、ラインダンスをこなしながら、フィナーレ直前まで舞台に出演。急いで派や着替えを行い、カゲ段を駆け上がり、何事もなかったかのようにゆっくりと大階段を降りながら、1分10秒のアカペラで歌う。「私が失敗した瞬間にここまでの全てが壊れてしまう」。大きなプレッシャーを感じながらの日々を1か月半続けた。「1か月半、かぜをひくことも、喉の調子が悪いということもなく、歌い抜くことができました。そこで“やりきった感”がありました。『もう思い残すことはないな』って」。
迎えた千秋楽のタイミングで、母親が倒れてしまったことも。「母も声楽家なので、この役割がどれだけ大変なことか理解をして、毎回私がちゃんと歌えるかをすごく心配しながら見届けてくれていました。千秋楽が終わった直後に心労で倒れてしまったんです。私が打ち上げをしている最中に電話がきて、呼ばれたことを覚えています。母も無事に終わり、緊張が解けてホッとしたのだと思います」。
全てに全力で向き合っているからこその「やりきった」という思いだった。結果として、わずか4年という在籍期間での退団の選択となった。
「とにかく毎日必死でした。エトワールをいただいていなかったら、『もうちょっと頑張って上を目指そう』ともしかしたら思っていたかもしれないです。周囲からも『これからなのにもったいない』と言っていただくこともありました。でも、その時は次のステップのことを考えられないくらい、宝塚で思い残すことは無いと思いました」

“肩書=歌手”は「一生ブレません」
その後は、NHK『おかあさんといっしょ』の第19代目うたのおねえさんとして、5年間活動。卒業後は、バラエティーなどで幅広く活躍するようになっていったが、「自分の歌を届けたい」という思いが、全ての根底にはあった。
「私の肩書は昔から変わらず、歌手だと思っています。小さい時から童謡を歌ってきたり、自分の芯には、歌があります。歌える場所があるからこそ、バラエティーも頑張ってこれました。ここは一生ブレません。うたのおねえさん時代も、子どもたちが成長する時期だからこそ、“本物の歌”を聞かせなきゃいけないと思いながら、届けていました。いろいろなお仕事をさせていただける中、大変なこともしんどいこともたくさん経験しましたが、やはり自分には歌があると思っているから、頑張ってこられたと思います」
「少しでも誰かの力になることができれば」――。今の活動の原動力となっているのはそんな思いだった。
「自分がただ楽しんでいるだけでは、届けられないこともあると思っています。お時間を使ってコンサートや舞台にいらしてくださる方々が、私の歌を聴いてくださったことで、少しでも『また明日も頑張ろう』と思っていただけたら、うれしいなと思っています。みんな一生懸命、大変なことがあっても生きていると思うので。ほんの少しでも力になれたらと」
宝塚退団もうたのおねえさん卒業も「やりきった」という思いでの、区切りだった。しかし、今では「1つずつ丁寧に仕事と向き合う」ことを1番に意識している。
「中途半端なことはしたくないんです。一個一個大切にしながら、真剣に向き合い活動してきたからこそ、今があると思っています。ちゃんと自分を見て、自分の心の声も聞いて、その上で、どうやったら皆さんに楽しんでもらえるかを考えながら、これからもいろいろな活動を続けていきたいと思っています」
□はいだしょうこ 3月25日生まれ。東京都出身。作曲家の中田喜直氏のもと、幼少期より童謡歌手として活動。98年に宝塚歌劇団入団し、娘役として活躍。2002年に退団した。03年には、NHK『おかあさんといっしょ』第19代うたのおねえさんに就任。08年に番組を卒業した。その後は、歌手や俳優として活動。バラエティー番組に出演を続けている。26年7月10日から、埼玉・戸田市文化会館 大ホールにて上演されるミュージカル『ひめゆり』で4年ぶり5度目となるキミ役で主演する。
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