法大→広告代理店も即退職 Da-iCE岩岡徹、人生変えた偶然の連絡「後悔は全くなかった」
5人組男性アーティスト・Da-iCEのパフォーマー・岩岡徹(38)が、新たな挑戦を始めた。ポッドキャスト番組『テンプスタッフpresentsここチル。』(今月8日配信スタート)で、MCを務めている。学校や仕事でせわしない日々を送る人々が、「ホッとひと息できる場所」となれるよう企画された番組だ。都内のスタジオで行われた初収録後のインタビュー。岩岡は持ち前の低音ボイスで、自身の歩みを振り返りながら、若者へのメッセージ、グループの未来などを語った。

ポッドキャスト番組『テンプスタッフpresentsここチル。』でMC
5人組男性アーティスト・Da-iCEのパフォーマー・岩岡徹(38)が、新たな挑戦を始めた。ポッドキャスト番組『テンプスタッフpresentsここチル。』(今月8日配信スタート)で、MCを務めている。学校や仕事でせわしない日々を送る人々が、「ホッとひと息できる場所」となれるよう企画された番組だ。都内のスタジオで行われた初収録後のインタビュー。岩岡は持ち前の低音ボイスで、自身の歩みを振り返りながら、若者へのメッセージ、グループの未来などを語った。(取材・文=柳田通斉)
取材前、スタジオ前のソファに座っていると、岩岡の声が耳に入ってきた。優しく、落ちついたトーン。実に聴き心地がいい。その後、扉が開いて対面。それを伝えると、岩岡は少し照れながらこう返した。
「ありがとうございます。番組も日々忙しくされている方々が、ここに聴きに来てくれて『ちょっと落ち着ける場所、ホッとするような空間』になることを目指しています。今日は初回なので、『間違えちゃいけない』という緊張感を久々に味わいました」
ラジオ番組は、2023年にbayfm78『Comfort Zone』で経験。今回はポッドキャスト番組だが、オファーを受けた時のことを「ありがたかったですね。すごくうれしかったです」と振り返り、「いい番組にできたらなとは思っています」と実感を込めた。
端正なルックスと魅惑のボイス。そんな岩岡が最年長メンバーとして活動してきたDa-iCEは、今でこそ日本レコード大賞受賞、『NHK紅白歌合戦』出場を果たすなど、日本音楽シーンの最前線を走っている。だが、岩岡の道のりは平坦ではなかった。千葉市で生まれ、祖父は開業医、父は勤務医の「医者の家系」。それでも、両親からは「医者になれ」と言われたことはなかったという。
「親父は(祖父から)医者を継がされるために、幼少期から勉強漬けだったようです。なので、『子どもには同じ思いをさせたくない』ということで、長男(兄)も僕も医学部受験をすることはありませんでした」
そして、自らの意志で法政大国際文化学部へ進学。事務所に入って芸能活動を始め、中学時代から続けてきたダンスのスキルアップを目指す日々を送っていたが、大学3年の終わりに転機が訪れた。
「周りがみんな髪を黒く染めてスーツを着ていて、『えっ、就活しないの?』と言われました。僕自身はエントリーシートとか何も分からなかったのですが、『確かに新卒はタイミングでしかないから、やるだけやろう』と切り替えました。始めるとのめり込むタイプなので、『絶対、内定を得たい』というモードになって、芸能系はお休みしました。結果、行きたかった5、6社は全部落ちつつも、広告代理店に就職することができました」
苦労しながら得た「安定」への道。しかし、岩岡はそれを1か月で手離している。研修後、配属先が仙台になったことが決定打だった。
「東京勤務だったら辞めていなかったと思います。でも、『辞めたらこうなる』『このまま続けてたらこうなる』というのを頭の中でシミュレーションして、『辞める』という決断をしました。だから、後悔は全くなかったです。『人生一度きりだし、やりたいことやろう』という思いもありました」
両親や周囲からは猛反対された。上司からは「1か月で退職は、創業初だ」と言われたが、「全部分かった上で決断しているから大丈夫だ」と押し切った。そして、退社直後、大学時代に世話になっていたエイベックス関係者から偶然連絡をもらい、再びダンスの世界へ。これがDa-iCE結成へとつながる運命の糸となった。
「エイベックス社員の方が5人を集めて勝手に作ったグループだったので、最初は不安でした。オリジナル曲は2曲しかないのに、その社員の方が関係先に『どうにかお願いします』と頭を下げて、年間100本のライブをしていました」
だが、収入はほとんどなく、リハーサルやレッスンでアルバイトもできない状態。金欠ゆえに、メンバーとの支え合いもあったという。
「雄大(大野雄大)と牛丼屋に行った時は、牛皿を2人で分けていました。卵だけでご飯をおかわりしてお腹を満たすとか、本当にやってました。地方組のメンバーは会社から借金して生活していました」

転機はAAA公演「僕らの恩人です」
先の見えない暗闇の中をがむしゃらに走り続けた。風向きが変わったのは、事務所の先輩グループ・AAAの公演でオープニングアクトに抜てきされた日からだった。
「それが一番の転機です。より多くの人に知ってもらって、SNSのフォロワーが100人、200人だったのが、1000人、2000人になっていきました。AAAさんは本当に僕らの恩人です」
以降は上昇の一途。17年に初の日本武道館公演を実現し、昨年には神奈川・Kアリーナでグループ最大規模2万人動員のライブも実現させた。一方で、新しいダンス&ボーカルグループが続々と誕生し、消えてもいる。デビュー時に考えられなかった群雄割拠の時代。その状況下、メンバー5人はそろってさらに高い場所を見据えている。
「『ドームでやりたい』というのは常にある思いです。そして、そこに立ってきた先輩たちに追いつきたいです」

紆余曲折ありながら、今後への「期待と希望」を感じさせる38歳。インタビューの最後に「今の自分が10代、20代の若者にアドバイスを送るなら」と問うと、岩岡は迷わず「語学」の重要性を挙げた。
「10代に戻れるなら、『語学をやっておけば良かった』と思いますね。『世界は広い』という認識を持ち、視野を広げるためにもです。僕は大学時代の一時期、留学も経験して英語もしゃべれていたのに、今は『ハロー』しか言えなくなっちゃったんで(笑)」
自らの頭で考え、決断し、退路を断って道を切り拓いてきた岩岡にも悔いはある。『ここチル。』では、かつての自分のように悩めるリスナーへ、積み上げた「経験値」も還元していくつもりだ。
□岩岡徹(いわおか・とおる) 1987年6月6日、千葉市生まれ。法政大卒業後、広告代理店に就職するも1か月で退職。バックダンサーなどの下積みを経て、Da-iCEのパフォーマーとして2011年から活動。グループ内で唯一の「大卒・社会人経験者」で頭脳派であり、縁の下の力持ち的存在。23年6月には自身初のライフスタイルブランド・COMFYをローンチするなど、マルチに才能を発揮している。血液型O。
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