「戸籍制度に感謝」生き別れた母と62年ぶりの再会 小5で気づいた血液型の矛盾「別のお母さんがいる」
戸籍をたどって「1歳の時に生き別れた母親と62年ぶりに会えた」という投稿が、ネットで大きな反響を呼んだ。日本のダンスシーンで約半世紀、DJとして40年にわたり立ち続けてきたDJ FOO氏の壮絶な半生と、母親との再会までの道のりを聞いた。

6歳の時に父が再婚
戸籍をたどって「1歳の時に生き別れた母親と62年ぶりに会えた」という投稿が、ネットで大きな反響を呼んだ。日本のダンスシーンで約半世紀、DJとして40年にわたり立ち続けてきたDJ FOO氏の壮絶な半生と、母親との再会までの道のりを聞いた。
ブレイク必至の若手俳優がついに手に入れた運転免許…憧れのアストンマーティン(JAF Mate Onlineへ)
「1歳の時に生き別れた母親と62年振りに会えた 再婚して幸せに暮らしてるなら遠くからひと目見るか、手紙を書こうと思ってたけど、一人でずっと生きていた 携帯やインターネットと無縁でただひたむきに生活をしていた 守るべき家族が増えた 生きていてくれて良かった 日本の戸籍制度に感謝 ありがとう」
この投稿には2万件を超える「いいね」が集まり、「戸籍は『人の歴史』ですね」「なんてすごいお話なのですか…」「感動しました!」「戸籍制度残っていて良かった」と、多くの人々の心を揺さぶった。
FOO氏の生みの母親が生まれたのは、終戦から間もない香川県の城下町。GHQによる統治下という激動の時代だった。FOO氏が「自分は今の両親の子ではない」と確信したのは、小学5年生の時。学校の授業で習った血液型の仕組みから、自分が両親から生まれるはずのない型だと気づいてしまった。
「本当は20歳で話すつもりだったが、あなたには別のお母さんがいる」
親から告げられた真実は、あまりに重いものだった。父と母は学生結婚だったが、FOO氏が誕生間近の頃、父が胃の半分を摘出する大手術を受けることになった。病弱だった父、そして祖母との折り合いが悪くなり、FOO氏が1歳の時、母は城下町をあとにした。
6歳で父が再婚してからは、引っ越した新しい町で新しい母との生活が始まったが、そこには常に「居場所のなさ」がつきまとった。
「台所に一歩でも入ると、母から激しく怒鳴られました。なぜこれほど嫌われるのか、当時は理由が分かりませんでした。夜、祖母と公園で過ごすこともありました」
その後、妹が誕生。家族の平穏を守りたいという一心で、自分の感情を抑え、成長していく。その後、TRFのDJ KOO氏をはじめ、著名なDJやダンサー達とイベントや活動をし、また日本屈指のダンサーとしても名をはせた。
しかし、私生活では再び過酷な運命が待ち受けていた。最愛の妻ががん(血管肉腫)を発症し、闘病生活を送ることになった。
「治療費は自費診療を含め、1年間で1200万円に達しました。マンション購入のために蓄えた貯金もすべて消えました」
看病も虚しく、妻は他界。手元には、2人の幼い子どもと義理の母の介護が残された。
「下の子には難聴もあり、周囲からは『絶対に育てられない、生活保護を受けるべきだ』と言われましたが、僕は奇跡を信じて音楽活動を止め、子育てと義理の母の介護と仕事に専念しました」
生き別れた母に会うため本籍地を訪ねるも…
「子育てをしていく中で、父も母も亡くなり、義理の母も今年亡くなりました」
波瀾万丈な日々の中で、心の片隅にあったのは「(生みの)母は今、どうしているか」という問いだった。戸籍をめぐり、かつての本籍地を訪ねるも、建物は取り壊され、行き止まり。諦めかけたが、別の自治体で「実の息子」であることを証明し、ようやく現在の住民票を手にすることができた。
「もし再婚して幸せに暮らしているなら、遠くから一目見るか、手紙を書くだけにしよう」。そう心に決めて訪ねた先で、62年ぶりに再会した母が最初に放った言葉は、「育ててあげられなくて、ごめん」だった。
驚くべきことに、母は再婚もせず、携帯電話やインターネットとも無縁な生活を送り、40年間ひたすら料理人として生きてきたという。超有名レストランで料理長を務めるほどの腕前だった。
「僕が台所に立つと母が怒ったのは、実の母がプロの料理人だったことへの嫉妬だったのかもしれない。60年以上たって、ようやくすべての点がつながりました。母がただひたむきに生きていてくれたことが、何よりうれしかった」
現在、日本では「選択的夫婦別姓」を巡る議論が活発だが、FOO氏は自身の体験から、戸籍制度が家族の絆を証明し、守るための重要な役割を担っていることを再認識したという。
「もし戸籍がバラバラだったり、制度が曖昧だったら、僕は60年以上前の『縁』をたどることはできなかった。戸籍制度に本当に感謝しています」
現在はメジャーデビューしたシンガーの妻と再婚し、新たな幸せを築いているFOO氏。今度は育て上げた2人の子どもと孫や妻を連れて、母のもとを訪ねるつもりだという。
62年という歳月の果てに実現した再会。その背景には、人のつながりを記録し続けてきた戸籍制度の存在があった。
あなたの“気になる”を教えてください