小4で突然の異変→大病の連続に「やっと死ねる」 救われた命、あふれた涙

生涯にわたってインスリンの補充が必要な「1型糖尿病」を患い、大人になってから白血病の一種「急性前骨髄球性白血病(APL)」にも罹患(りかん)。2つの大病を抱えながら、人生の歩みを進める女性がいる。幼少期から治療に取り組み、「生き地獄」のような経験を重ねてきた。今年3月、病気の影響で意識を失い、商業施設内で倒れてしまった。2人の女子高生に助けられ、「他人を助けられる人がいるということだけで希望が持てる」と、人のありがたみを実感。感謝を伝えたいと心から願っているという。1型糖尿病の患者として強く訴えたい思いも……。闘病人生について聞いた。

2つの大病を抱えながら闘病を続けているあいるさん【写真:本人提供】
2つの大病を抱えながら闘病を続けているあいるさん【写真:本人提供】

「1型糖尿病」と「急性前骨髄球性白血病(APL)」に罹患

 生涯にわたってインスリンの補充が必要な「1型糖尿病」を患い、大人になってから白血病の一種「急性前骨髄球性白血病(APL)」にも罹患(りかん)。2つの大病を抱えながら、人生の歩みを進める女性がいる。幼少期から治療に取り組み、「生き地獄」のような経験を重ねてきた。今年3月、病気の影響で意識を失い、商業施設内で倒れてしまった。2人の女子高生に助けられ、「他人を助けられる人がいるということだけで希望が持てる」と、人のありがたみを実感。感謝を伝えたいと心から願っているという。1型糖尿病の患者として強く訴えたい思いも……。闘病人生について聞いた。

 女性はあいる(@ayumiyinolai)さん。小学4年生の時、突然の始まりだった。急に体に異変が生じ、喉の渇きが毎日24時間続いたり、体重が激減したりして、まともに歩けなくなった。大好きだった運動会にも出られず、登校しても学校内を壁伝いでなければ歩けない。両親に病院へ連れて行かれ、即入院。1型糖尿病であることを診断された。

 数か月に及ぶ入院生活を終えて退院した後、日常は治療の連続に変わった。自分で足やお腹にインスリンを注射する。耳たぶと指先に針を刺して血を出し、ガラス筒で吸い取って血糖値を測ることが定期的に必要で、自宅での尿検査も欠かせない。好きなお菓子は食べられない。ご飯を食べたくても、食事の30分前に注射を打たないといけない。「それが子ども時代でした。大人になるまでに糖尿病網膜症の手術もありました。毎月かかる医療費がつらく、『なぜ私だけが』という気持ちで、1型糖尿病ではない子がうらやましく、ねたむこともありました。これが一生続くんだと」と振り返る。

 常に注射器や測定器を持ち歩く生活。こうした中でも、学生時代は友人も多く、楽しく過ごすことができ、気持ちがまぎれた。しかし成長して大人になって1人で過ごす時間が増えるにつれ、じっくりと考え込む時間も増えていった。

「死ぬまでに医療費だけで2000万円以上かかる。そんなことが書いてあったのをどこかで見ました。頑張って働いてもお金を自分の好きなことに使えない。この先これが一生続くと思うと落ち込みます。絶対的な暗闇の絶望が頭の中に常にあるんです」。苦しい胸中を明かす。

 もう1つの病との闘いがある。急性前骨髄球性白血病(APL)だ。2022年10月頃のことだ。急に朝起き上がれなくなり、歩くこともつらくなった。食欲も出ず、1日にみそ汁1杯の日が続いた。

 1型糖尿病の定期外来での血液検査。その時に医師に相談すると、「白血球の異常数ですぐ寝かされ、その場で血液内科の教授から『このまま入院した方がいい』と言われました」。APLであることが分かったのだ。「症状は、2か月前から出てましたが診断はそこで初めてされました。医師にも原因は分からないと言われました」。

 重くのしかかる2つの病気。さまざまな考えが心の中を巡った。「やっと死ねる」。そんな思いもあった。APLの治療を拒否した。自身の家族にもその意思を伝えたという。

 それでも、「現在私が生きているのは自家移植(患者自身の細胞を使って行う移植)をしたからです」。自家移植前の2年間は点滴・飲み薬の治療などを行ったといい、「治療を拒否した私に医師が命を延ばすだけの治療として用いた方法です」。新薬での治療も行っているとのことだ。

「どうしても直接お礼が言いたいです」

 今年3月2日、ある出来事に見舞われた。千葉市内の商業施設に、洋服のバーゲンを見に行った。ごく普通の外出のつもりだった。

 低血糖で苦しむのを避けるために夕方前にパンを食べ、注射は打たずにいた。ところが、午後7時半過ぎに、生活用品店で化粧水を買って帰ろうとした瞬間、視界がぼやけ始めた。「自分の見ているものが分からなくなり。おかしいな? となりました」。まずいと思って、店舗の前にあるテーブル席に座った。出入り口に向かったが、低い階段も降りられず、目がかすんだ。

 ふらふらになっている時に、声がかかった。「大丈夫ですか?」「何か飲み物を買ってきましょうか?」。2人の女子高生だった。

 体調のコントロールは難しい。こういった悪化の際は、いつも1人でなんとかしてきた。でも、このままでは意識を失ってしまう。「低血糖です。糖分のあるものをお願いします」と伝えた。女子高生2人がジュースを買ってきてくれて、口元まで運んでくれた。口に入れてくれた飲み物も少ししか飲めず、ラムネを口に入れてくれた。

 お礼をしたかったため、名前を聞くと、女子高生が「お礼なんていいですから」と言ったことは覚えている。しかし、意識混濁の中で、せっかく教えてくれた名前が分からなくなってしまった。

 その後は地べたに倒れ、意識を失った。大学病院へ救急搬送された。

「救急車の中で意識が戻り、運ばれた先で、ブドウ糖を4つ飲んで帰りました。帰り道、手元のショップ袋の中に、ジュースとラムネが入っていました。涙があふれました。あの女の子たちは心配して飲み物とラムネまで入れてくれたんだ、と」

 女性は助けてもらった経験を通して、「1型の病気のことで、私は自分以外の人は、全て私と違う幸せな人生を歩むんだと思い、喉から手が出るほどの健康な体を持っていることに嫉妬をしていました。あの時の女の子たちは一生懸命心配をしてくれて、その後の私の心配をして飲み物まで入れてくれたんだと……。どうしても直接お礼が言いたいです。『あなたたちのような純粋に人を助けられる人がいるだけで希望が持てる。人は捨てたものじゃない。病気ばかりと向き合って今もこの先もつらいけど、私にとってあなたたちみたいな人に出会えたことは、この記憶だけでも私は穏やかになれる、優しい気持ちになれます』。もし会えたら、そう伝えたいです」と実感を込める。

「命と尊厳を守る行政であってほしい」

 女性が最も伝えたいことがあるという。1型糖尿病を巡る「誤解」だ。「1型糖尿病は、自己免疫によって膵臓(すいぞう)の細胞が破壊され、インスリンがなければ生きていけない病気です。生活習慣とは関係がありません。それにもかかわらず、『糖尿病』というひとくくりの名称のせいで、(一般的に生活習慣が関連すると言われる)2型糖尿病と混同され、誤解と偏見にさらされ続けています」。

 例えば、「甘いものを食べすぎたの?」「自己管理ができないからでしょ?」といった言葉だ。そんな心ない言葉を子どもの頃から何度も浴びてきた。「周囲の無理解と偏見は、私の尊厳を深く傷つけてきました。周囲に『糖尿病』と伝えることをためらいます。『自己責任』と見なされ、正しい理解が得られないからです。命を守るために必要な情報さえ、偏見の恐怖から伝えられない。これは許されるべきではありません」と話す。また、低血糖になると、思考力が奪われ、感情の制御が効かなくなるなど、何度も何度も苦しい思いをしてきたという。

 そして、「この病気が一生治らず、日常的に命の危機と隣り合わせであるにもかかわらず、難病指定がされていないという現実に、私は強い怒りを覚えます。医療費の負担、精神的な重圧、社会的な誤解。これらすべてを抱えて生きる1型糖尿病患者が、なぜ国の制度からも見放されているのか、国の手落ちだと思っています。さらに深刻なのは、先進的な1型糖尿病専門医を除けば、多くの医師ですら1型糖尿病の本質を理解していないという現実もあります」と強調する。

 女性はこう続ける。「『糖尿病』という名称を1型から外し、自己免疫性疾患として明確に区別し、実態に即した新たな病名を導入してほしいと幼少期から切願していました。また、1型糖尿病を難病指定し、医療費助成の拡充や社会的支援の対象とすることを強く求めています。この意見は、私一人のものではありません。どうか、すべての1型糖尿病患者の声として受け止めてください。これ以上、苦しみを放置しないでください。命と尊厳を守る行政であってほしいと強く思っています」と訴えている。

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