OL、レーサー、モデル、俳優… 高島礼子、“異色の経歴”を「今は自慢」と語るワケ

俳優の高島礼子は、1989年に時代劇ドラマ『暴れん坊将軍』第3シリーズで俳優デビューを飾り、今年で37年が経つ。時代劇、極道、刑事、弁護士など、ドラマや映画、舞台で多彩な女性を演じる彼女の“俳優脳”に迫った。

25歳で俳優デビューした高島礼子【写真:増田美咲】
25歳で俳優デビューした高島礼子【写真:増田美咲】

若手のせりふを覚えるスピードは「宇宙人的」

 俳優の高島礼子は、1989年に時代劇ドラマ『暴れん坊将軍』第3シリーズで俳優デビューを飾り、今年で37年が経つ。時代劇、極道、刑事、弁護士など、ドラマや映画、舞台で多彩な女性を演じる彼女の“俳優脳”に迫った。(取材・文=小田智史)

 自動車会社の会社員、アマチュアレーサー、モデルを経て、俳優に転身した異色の経歴の持ち主。今では、映画、ドラマ、舞台、CMと幅広い活躍を見せる。

 俳優業は「せりふを覚えられなくなったらもうアウト」だと言い、記憶をつかさどる脳に刺激を与えることは常に意識しているという。25歳での遅いデビューとなった当時は、「覚えるのは慣れていなくて大変でした」と振り返る。

「若いころから(俳優業を)やっている方は、すごく記憶力がいいですよね。特に、今の若い子を見ていると、その場でせりふを覚えちゃったりして、私からしたらもう“宇宙人的”です(笑)。『すごい、すごい!』と言っていたら、先輩たちからは『私たちだって若い時はそうだったのよ』と言われました。私は結構デビューが遅くて、せりふを覚えることは慣れていなくて大変でした。常に考えながらせりふをしゃべって、お芝居をしていく作業は今でも勉強です。だから、気を抜けないですし、ずっと努力をしています」

 その努力は「人には見えない」とした上で、共演して肌で感じた1人に、6歳で子役として芸能界デビューした俳優・濱田龍臣の名前を挙げた。

「濱田龍臣君と一緒にミュージカルをやった時、彼は稽古の時点で相手のせりふも全部入っていました。衝撃だったんですが、『シャッターで覚えられる』と。(情報を)写真のようにして全部覚えられるそうです。子役からやっている経験に加えて、それも一つの才能だなと思いました。でも、決して口だけではなくて、一緒にいて『本当に覚えてきている』と感じましたし、真面目さも備わっている。若い子たちから学ぶことがいまだに多すぎて大変です(笑)」

50代以降に異業種も含めた交流が増えたという【写真:増田美咲】
50代以降に異業種も含めた交流が増えたという【写真:増田美咲】

「つらい」40代から「喜び」の50代へ

 現在61歳の高島は昨年8月、テレビ番組で「40代が(身体的に)つらかった」「50(歳)になったら、急に元気になった」と心身の不調を乗り越えたと明かしていたが、先輩俳優からの言葉が頭の中を駆け巡ったという。

「私は更年期(障害)はなかったんですが、老眼、四十肩、腰痛、膝痛……いっぺんに40代に押し寄せてきて、すごく大変でした。デビューした時に(『暴れん坊将軍』シリーズに出演していた俳優の)浅茅陽子さんが『役者なんて、40、50(歳)からやっと楽しいと思えてくるのよ』とおっしゃっていたのを急に思い出しました。肉体的なつらさの反面、お仕事をいただけている感謝が一層芽生えて、お芝居をする楽しさはどんどん増していきましたね」

 50代は肉体的なつらさからも解放され、「喜びしかない」日々だったと明かす。

「50代は気持ち的にもすごく楽でした。昔はお仕事ばかりしていてそんな余裕はなかったんですが、役者さんたちともコミュニケーションを取って仲良くなって。若いころとは違った楽しさを感じることができるようになりました」

 会社員、アマチュアレーサー、モデルを経験して、俳優にたどり着いた経歴は、今は自分の「自慢」だと笑顔を見せる。

「若いころからこの業界にいる人たちは、私がデビューする25歳にはもうベテランだったんです。アイドルさんが『これから女優としてやっていきたいけど、なかなかアイドルのイメージが消えなくて』とこんな私に相談してくることはたくさんありました。私に少しでも引き出しがあったこと、子どものころからお芝居だけをしてきたんじゃないということは、逆に今は自慢になります。あと、デビュー作の『暴れん坊将軍』の松平健さんがいまだに人気者で、その作品がずっと愛されているってなかなかないことなので、感慨深いです。“波乱万丈”とは思わなくて、いい経験をしてきたなと考えていて、それを役にも取り込んでいきたいと思います」

 自分の全てを受け止めた上で、高島は俳優としてどこまでも高みを目指す。

□高島礼子(たかしま・れいこ)1964年7月25日、神奈川県出身。アマチュアレーサーとして活躍し、88年にCMに出演したのを機に、テレビ時代劇『暴れん坊将軍III』で本格的に俳優デビュー。映画『さまよえる脳髄』(93年)で初主演を果たす。『陽炎』シリーズ2、3、4(96年~98年)にて主演を務め、『極道の妻たち 赤い殺意』以降のシリーズ(99年~2005年)でも主演を続投する一方、舞台、ドラマ、CMでも活躍。ドリームワークス製作のアニメ『マダガスカル』シリーズ(05年~12年)の日本語吹替版の声優にも挑戦。01年、映画『長崎ぶらぶら節』(00年)で、第24回日本アカデミー賞優秀助演女優賞を受賞した。

(番組情報)
ラジオNIKKEI第1にて放送
山田養蜂場ノンアルツBee提供番組『判断力の源~一流になるための脳(ブレイン)ケア~』(第1・3水曜午後4時30分~4時40分)
4月15日放送回に出演

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