総額1億円超・14台所有、スーパーカーには「心踊らなかった」 絶対に手放さないお気に入りはホンダ車
「今でも乗りこなせていない気がするんです」。そう語るのは、14台もの車を所有する香川の経営者・髙橋翔太さんだ。フェラーリやポルシェなどの名だたる車を持つ中で、20年以上手元に置き続けているのが、ホンダの名車「S2000」だ。

【愛車拝見#361】フェラーリにポルシェ、日産GT-R“T-Spec”も所有
「今でも乗りこなせていない気がするんです」。そう語るのは、14台もの車を所有する香川の経営者・髙橋翔太さんだ。フェラーリやポルシェなどの名だたる車を持つ中で、20年以上手元に置き続けているのが、ホンダの名車「S2000」だ。
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髙橋さんが所有するのは2006年式の後期型(AP2)。24歳のときに新車で購入し、44歳の現在まで乗り続けている。「本当はマルーンカラーにしたかったんですが、ディーラーの担当に『リセールが効かないからやめておけ』と言われて白に(笑)。結局売っていないので関係なかったんですけどね」
現在の所有台数は14台。マツダRX-7、ポルシェ・ケイマンGT4、フェラーリF355スパイダー、メルセデス・ベンツCLS AMG53、初代ロードスター、レクサスRX500、レクサスIS500、ホンダ・初代インテグラタイプR、現行シビックタイプ R、日産240Z、現行フェアレディZ、バーキンセブン……など、国産・輸入車を問わず多彩なラインアップが並ぶ。ガレージには「四国で1台」という特別なグレード・日産GT-R“T-Spec”も鎮座する。総額は「1億円は超えていると思う」といい、さらにスズキ・ジムニーなど納車待ちの車も控えている。
それでもS2000だけは特別な存在だ。
「スーパーカーも買ってみたんですが、意外とそこまで心が踊らなかった。それよりも、子どもの頃に憧れた車をパリッとした状態で保ちたいんです」
髙橋さんが目指すのは“動体保存”。すべての車にナンバーを付け、走れる状態で維持し続けることだ。「30年後に誰かに引き継ぐとき、いい状態で残したい」。その思想の原点にあるのがS2000だという。
車好きになったきっかけは幼少期にさかのぼる。漫画『こちら葛飾区亀有公園前派出所』の中で、大富豪の中川が日替わりで車を選ぶシーンに憧れた。
「朝、今日はどの車で行こうかな、っていうあの感じにずっと憧れていました」
さらに、マンションに止まっていたリトラクタブルヘッドライトのハチロク。
「ライトが開く姿がロボットみたいでかっこよくて、それが原体験です」
最初の愛車は日産180SX。しかし事故で手放し、シビックタイプRへと乗り換えた。「エンジンは最高でしたが、やっぱりFR(フロントエンジン・後輪駆動)への憧れが消えなかった」。そんな中で出会ったのがS2000だった。
「9000回転まで回るホンダのエンジンでFR。4年間ずっとイメージして、大学卒業のタイミングで手に入れました」
購入から20年がたった現在も、その評価は揺るがない。
「この車は“吊るし”の状態の完成度が高すぎる。ホイールやブレーキは変えていますが、基本はノーマル。手を加えるのがむしろおこがましいと感じる唯一の車です」

走行距離は18万キロ ホンダのすさまじいこだわり
S2000の魅力は走りだけではない。オープンカーならではの体験も大きな価値だという。
「見た目は正直そこまで好きじゃないんですが、乗ると全然違う。新緑のヒノキの香りや海の潮の匂いなど、“香りの記憶”が残るんです。コンビニに行くだけでもアミューズメントになります」
20代の頃には、有給を使って1人で北海道を一周した。
「スマホもない時代で、宿を探しながら20日間走り続けました。工事現場の人向けの安い宿に泊まって、他県から来た作業員の方に『兄ちゃん、どこの現場や?』って間違われたり(笑)。一眼レフで風景写真を撮りながら回ったのが、一番の思い出ですね」
現在、走行距離は約18万キロ。エンジンはオーバーホール済みで、幌も複数回交換している。
「当時は400万円ほどでしたが、今同じコンセプトで出したら1000万円は超えるでしょうね」
S2000は1999年に登場し、2009年に生産終了。世界累計約11万台とされ、現在では希少な存在となっている。「友人の中には“予備2000”として2台持っている人もいるくらいです」。実は、髙橋さんももう1台、納車待ちだ。
走りの魅力もさることながら、ホンダの設計思想にも強い共感を抱いている。
「この車はホンダ50周年で作られた特別なモデル。実はS2000のトランクが変な形をしているのは、マフラーのためなんですよ。普通はトランク容量を優先するじゃないですか。でも『走行性能が落ちるからマフラーの形は絶対変えない』って、マフラーが死守されたと聞いています。そういうこだわりの塊なんです」
さらに、「人間が車に合わせろ」と言わんばかりのホンダのとがった哲学も随所に感じられるという。電動ステアリングなのに位置調整機能がないなど、操作系も極めてストイック。「太ったら運転しづらい? じゃあ(人間のほうが)痩せればいい、という発想です(笑)」。妥協なき設計は、ホンダの魂そのもの。「初期型には時計もついてない。理由は『運転に集中させるため。時間は気にするな』と……」と、髙橋さんは熱弁した。
ちなみに、S2000がオープンカーであることには、こんな理由も。
「オープンカーライフを楽しんでくださいということではなくて、重心を下げるために屋根がないんです。さすがにドアと屋根がない車というのは、商品としてヤバイよねと。雨降ったら濡れるじゃんと。それで幌が付いているんですよ。S2000と比較する時に、国産車ならロードスターとよく比較になるんですけど、比較しちゃダメなんです。S2000を語る時は、必ずスーパーセブン勢をくっつけないと」
とにかく愛して愛してたまらない。本当は、この車1台だけでいい。しかし、S2000をいたわるべく、セカンドカーを増やした結果、気づけば14台に膨らんだ。

巨額赤字転落のホンダ 復活のカギは「オタクが作った車」
「付き合いが20年ですけど、最初は本当に気に入ってこれ1台しかなくて。でも、このままいったらあっという間に(走行距離を)消費するなと思ったんですよ。それで『負荷分散をしないといけない』と思って、20万円ぐらいの中古のハイラックスサーフを買ってきて。社会人3年目のサラリーマンのくせに2台体制でやってたんですよね。そこから複数台所有することの喜びを感じ始めて、気づけば今14台。きっかけはS2000に負担をかけすぎないためだったんですね(笑)」
その間、髙橋さんは「デンタルフィットネス」と呼ばれる歯科向けのコンサルタントとして成功。夢のようなカーライフを実現させた。
ホンダはEV(電気自動車)戦略を進める中で、今期の決算で巨額の赤字を計上した。髙橋さんの目にはどう映っているのか。
「今のホンダはEVにシフトしてますけど、やっぱり自分の強みに帰ってきてほしい。初代シビックや近年では初代フィット、初代オデッセイみたいに、当時の常識では考えられない何かを成し遂げる、そんなホンダらしさをまた見たいですね」
ヒントは、S2000にもあるという。
「S2000も、一個ずつ切り取ったら全然面白くないんですよ。エンジンのパワーもないし、2シーターだし、なんでオープンカーなの? って思うじゃないですか。でも全部意味があるんですよ。重心を下に置くとか、屋根がないほうがいいとか、いろいろ理屈があって、それって所有したり乗ってみないと分かんないですよ。でも乗ってみたら、マジやべえじゃんって気づくんですよね。
そうしたら、他のメーカーの車に乗った時に、そこまでのこだわりを掛けてないんじゃないかって気づいちゃうんですよ。あるいは一見超スポーツカーっぽいこと言ってるけど、実際乗ってみたら、ん? とかって結構あるんですよね。
でもホンダって、オタクが作った車だなって分かるんですよ。僕もオタクだから分かるんですけど、なんか積極的に自分から声掛けたりしないじゃないですか。でも本当はめちゃめちゃ詳しい、めちゃめちゃ知ってる、めちゃめちゃできるっていうのがいっぱいある。ホンダの車ってそういうオタクが作った車なんです」
他メーカーの真似をする必要は全くない。一般ウケしなくてもいい。そこに盟主復活のカギがあると説いた。
髙橋さんはS2000を「メンターとか先輩のような存在」と表現する。
「運転がつまらないと感じるときは、だいたい自分の人生もつまらなくなっている。逆に楽しいときは調子がいい。自分のバロメーターなんです」
現在は香川と東京の二拠点生活を送りながら、車のある生活を楽しんでいる。駐車場事情を活用し、保有台数はさらに増える見込みだという。
それでも、手放さない車は決まっている。
「S2000は死ぬまで持つと思います。最終的には息子に引き継げたらいいですね」
14台の車を所有する中で、それでもなお“特別”であり続ける1台。S2000は、髙橋さんにとって単なる愛車ではなく、人生そのものを映す存在となっている。
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