「このまま死ぬかもしれない」会食中に異変→トイレで吐血 50歳の経営者を襲った病の正体

病はある日、突然襲いかかるものだ。香川県に本社を置く大和製作所。製麺機メーカーとして全国に知られるこの会社の創業者・藤井薫さんは、50歳のとき、トイレで突然の吐血に見舞われた。会食後、すぐに病院へ駆け込むと、告げられたのはまさかの病名だった。

創業10年ごろの藤井薫さん【写真:本人提供】
創業10年ごろの藤井薫さん【写真:本人提供】

会食の席で緊急事態 妻に「吐血した」

 病はある日、突然襲いかかるものだ。香川県に本社を置く大和製作所。製麺機メーカーとして全国に知られるこの会社の創業者・藤井薫さんは、50歳のとき、トイレで突然の吐血に見舞われた。会食後、すぐに病院へ駆け込むと、告げられたのはまさかの病名だった。

“事件”は2月11日、建国記念日の夜に起きた。製麺機メーカーとして地元を代表する企業に成長させていた藤井さんは、県内で屈指の高級うどん店として知られる「郷屋敷」で社長らと晩御飯を囲んでいた。

 食事の途中、突然吐き気に襲われた藤井さんはトイレへ向かった。便器をのぞくと、赤っぽいものがポツポツと見えた。

「伊勢エビを食べていたので、それかと思ったんです」

 深刻な事態とは思わず、何事もなかったかのように席に戻った。しかし、しばらくすると再び強い吐き気を覚える。再度トイレに駆け込んだ瞬間、状況は一変した。

「真っ赤な鮮血でした。トイレが血でいっぱいになって、『やってしまった』と分かりました」

 吐血だった。

 それでも藤井さんは席に戻り、デザートまで平然と済ませた。お客を車で送り届けてから、すぐに妻に電話を入れた。

「吐血した。病院を探してくれ」

 祝日の夜で、多くの病院は閉まっていた。ようやく受け入れ先が見つかり、坂出市内の総合病院へ向かった。だが、到着直後、再び大量の吐血。救急玄関で対応した当直医の白衣が一瞬で真っ赤に染まった。

 そこからは地獄のような時間だった。

「1時間ごとに吐血です。血が胃にたまっては吐く。それが明け方まで続きました」

 体内で出血が止まらず、血液が次々と胃に流れ込み、限界に達すると吐き出す。管で吸引しても追いつかない。血圧は下がり続け、輸血や開腹手術の準備も進められていた。

苦しさが一晩中…「もう七転八倒でした」

 診断は「食道破裂」。食道に穴が開き、血液が流れ出ていた。消化器の病気の中でも特に緊急性が高く、命に関わる重大な状態だった。

 何が起きているのか分からない。

「このまま死ぬかもしれないと思いました」

 苦しさのあまり、医師の説明はほとんど記憶にない。ただ、吐くたびに襲う激しい痛みと恐怖だけが残った。夜通し、妻が付き添い続けた。

「血圧がどんどん下がっていってね。このまま止まらんかったら輸血か開腹手術だと言われました。二日酔いで吐く苦しさが一晩中続くようなもので、もう七転八倒でした」

 幸い、出血が続いたことで血圧が下がり、自然に血流が止まった。輸血も手術も回避できた。明け方、ようやく峠を越えた。

 本来であれば長期の入院が必要な状態だったが、藤井さんはわずか1週間で退院する。

「資金繰りが厳しくて、休んでいられなかったんです」

 入院中も病室にパソコンと携帯電話を持ち込み、仕事を続けた。医師からは止められたが、それでも現場に戻らざるを得なかったという。

高松高専時代は少林寺拳法に熱中した【写真:本人提供】
高松高専時代は少林寺拳法に熱中した【写真:本人提供】

入社後の健康診断で…3か月入院の悪夢

 当時は、日々の業務に追われる過酷な状況だった。大きな会食が頻繁にあったわけではないが、「ストレスは相当たまっていた」と振り返る。

「体が“休め”と教えてくれたんだと思います」

 実は藤井さんは、若い頃にも命の危機を経験している。19歳のとき、川崎重工の入社試験の健康診断で急性腎炎が発覚。自覚症状はまったくなく、「元気そのもの」だったが、入院後に自身の体の異変を思い知らされた。

「尿の色が濃い茶色で、これはもうダメかもしれないと思いました」

 3か月の緊急入院。ちょうど少林寺拳法三段を目指しており、体力には自信を持っていた。まさか病気になるとはみじんも思っていなかった。検査で発見されなければ、慢性化し、取り返しのつかない状態になっていた可能性もあった。

 59歳の時には前立腺がんも罹患。こうした経験を経て、藤井さんの価値観は大きく変わる。

「健康管理はビジネスより大事です」

 かつては「仕事が最優先」だった。しかし、命の危機を経て、「すべての土台は健康だ」と考えるようになった。現在は毎日の散歩を欠かさず、食にも強いこだわりを持つ。会社の新社屋には、オーガニック食材を使った社員食堂も設けた。

「自分の体は自分で守らないといけない。優先順位を完全に入れ替えました」

 77歳を迎えた今も、藤井さんは現役で新たな挑戦を続けている。その原動力は、幾度も死の淵を乗り越えてきた経験にある。

「いろんなことがあったから、“根っ子”が鍛えられた。だからまたゼロからでもやれるんです」

 会食中の突然の吐血。あの夜の出来事は、経営者としての価値観だけでなく、人生そのものを大きく変える転機となった。

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