50年ほぼ休みなし…成功の裏で家庭崩壊 剛腕経営者が明かす“後悔” 妻は「車で海に飛び込もうと…」

仕事は順調だけれど家庭は……。ワークライフバランスが叫ばれる時代でも、葛藤や悩みを抱えている人は多いだろう。「家族のために働いてきたのに、気がつけば家庭が壊れかけていた」。一代で日本を代表する製麺機メーカーを作り上げた藤井薫さんも、50年の経営者人生を振り返ると“後悔の連続”だったという。

初期のラーメン学校で指導する藤井薫さん【写真:本人提供】
初期のラーメン学校で指導する藤井薫さん【写真:本人提供】

「家族のために働いたのに…」人は二兎を追えないのか

 仕事は順調だけれど家庭は……。ワークライフバランスが叫ばれる時代でも、葛藤や悩みを抱えている人は多いだろう。「家族のために働いてきたのに、気がつけば家庭が壊れかけていた」。一代で日本を代表する製麺機メーカーを作り上げた藤井薫さんも、50年の経営者人生を振り返ると“後悔の連続”だったという。

 藤井さんは香川生まれ。岡山藩の御殿医の血筋を継ぐ家に育った。高松高専で機械工学を学ぶと、川崎重工で飛行機と造船の設計に従事。27歳で独立し、製麺機メーカー「大和製作所」を創業。世界70か国に日本の麺文化を広げた。その成功はさまざまなメディアに取り上げられ、テレビ東京系『日経スペシャル カンブリア宮殿』で放送されたこともある。

 とはいえ、50年を振り返ると、じくじたる思いがこみ上げる。「失敗」と断言するほどだ。家庭を全く顧みずに、仕事にまい進する日々だった。

 あるとき、妻は「車で海に飛び込もうと思ったことが何度もあった」と打ち明けた。

 藤井さんは言葉を失った。自分は家族を幸せにするために働いてきたはずだった。だが現実は逆だった。

「余裕なんてなかった。家庭を振り返る時間はほとんどなかったですね」

 食事中も仕事、休日も仕事。50年間ほぼ休みなしで働き続けた。子どもの運動会に行かず、妻の涙に気づかない。それでも当時は、自分が家族を犠牲にしているという感覚はなかった。

 そもそも起業の動機も「家族のため」だった。苦労してきた親世代を見て、「自分たちの代で豊かにしたい」と考えた。その思いは本物だった。

 しかし、起業はゼロからのスタートだ。川崎重工に6年間勤務し、受け取った退職金はわずか9万円。製麺機ビジネスの立ち上げ期、藤井さんは設計、営業、経営を一人で担い、全国を汗だくになって飛び回った。

「ほとんど出張で、家にいない期間が本当に長かったんです。ビジネスの立ち上げ期というのはむちゃくちゃエネルギーを使いましたね」

 生活は想像以上に過酷で、すべてが仕事に飲み込まれていった。

自転車で遊ぶ幼少期の写真。両親、祖父と【写真:本人提供】
自転車で遊ぶ幼少期の写真。両親、祖父と【写真:本人提供】

本田宗一郎に憧れて起業 製麺機業界で日本一になったが…

 仕事とは不思議なものだ。成功すればするほど、次の目標が見えてくる。もっと上へ、もっと先へ。藤井さんの製麺機は、うどん、ラーメン、そばに対応し、全国に販売網を築き上げた。1990年代半ばには製麺機ビジネスの頂点に立った。

「ビジネスが大きくなると、それ自体を楽しんでいる自分がいました。もっとやれば、もっと上にいけるんじゃないかと。本田宗一郎に憧れて始めたものですから、目指すのは世界一。まずは日本でトップになることでした」

 どうすればおいしい麺ができるのか。製麺機を買ってもらえるのか。大きなやりがいと引き換えに、家庭に割く時間と意識は後回しになった。

 家族でファミリーレストランに行っても、頭の中は常に仕事のことばかり。

「食事中も本を読んだり仕事をしたりしているので、『(外食に)来ているときくらい、子どもをちゃんと見てほしい』と、妻には何度も言われました。それほど仕事にのめり込んでいたのです」

 妻には、グループ会社の専務を任せたが、仕事に妥協を許さない藤井さんと対立した。経営方針も水と油だった。正しさをぶつけ合うほど、関係はすれ違っていった。離婚の一歩手前まで追い込んだ。

「私は正しいと思っていた。でも、その正しさが家族を追い詰めていた」

 親子関係も同様だった。藤井さんの中には「子どもは親の言うことを理解するもの」という意識があった。しかし、子どもたちは異なる環境で育ち、異なる価値観を持っていた。そのズレに気付かないまま接し続けた結果、家族との距離は広がっていった。

 特に亀裂が大きかったのが長男だ。コロナ禍で通販の売上が急増する一方で、過剰な広告費が利益を食いつぶしていた。全広告の出稿を即刻停止するよう厳命すると、長男は出社を拒否。親子の断絶は、半年間に及んだ。

「コミュニケーションができなかったんです」

 家族の誕生会では普通に会話できても、職場では、冷たい風が吹きつけた。仕事では成果を出し続けながら、家庭では孤立していく。“成功と崩壊”が同時に進んでいた。

 プライベートな時間まで憎み合っていたわけではない。しかし、一度仕事の話になると、互いの正義がぶつかり合い、修復不能な亀裂を生んでいた。

大手チェーンも導入する製麺機【写真:ENCOUNT編集部】
大手チェーンも導入する製麺機【写真:ENCOUNT編集部】

家庭が円満でなければ「ビジネスが長く続くことはない」

 長い時間をかけて、藤井さんはその原因を自分なりに分析してきた。たどり着いた答えが、「根っ子」と呼ぶ互いの価値観だ。血のつながった家族とはいえ、価値観は同じではない。生まれ育った環境や時代背景も違う。

 例えば、厳格な祖父を見て育った藤井さんの価値観、留学経験のある長男の価値観など、交わらないものは多々ある。それを知り、認めることが、関係を変えるきっかけになるという。

 昨年、社長を長男に譲り、新著『犯人は私の中にいた』を上梓。自らの過ちを赤裸々に語った。77歳となった現在は毎週、子どもたちを含めて、家族で話し合う時間を設けている。互いの「根っ子」の状態を確認し、整えるためだ。

「家庭が一番小さな組織体。家庭がうまくいっていないのに、ビジネスが長く続くことはない」

 藤井さんはこう断言する。

 成果を出そうと仕事に追われ、家庭をおろそかにしてはいけない。疎遠になりかけたら、一度立ち止まり、家族との関係を見直すことを勧める。

 最後に仕事と家庭の両立に悩む若い世代に、送るメッセージを聞いた。

「何かうまくいかないことがあったら、すべて自分の責任だと。これは妻とか他の人のせいじゃない。その責任を内に持ってくるか、外へ向けるか。これで人生やビジネスが全部変わっていくんじゃないかなと思います」

 人生や経営の結果は、目に見える努力ではなく、「根っ子」によって決まっていると藤井さんは考えている。だからこそ、うまくいかない原因もまた、自分の外ではなく内側にあるのだという。

 成功は、必ずしも幸福と一致しない。その教訓をかみ締める藤井さんの言葉は重く響いた。

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