上智大時代に実感した“伝え方”の重要性 ヒットメーカー川村元気氏が語る物語作りの原点

世界的ベストセラーの続編『きみをわすれない』の翻訳を通じて、現代人の言語化できない不安やモヤモヤを見事にすくい取った川村元気氏。『君の名は。』『世界から猫が消えたなら』『8番出口』を始め数々のヒット作を世に送り出してきた川村氏が、自身のクリエイティビティーの源泉を語った。

映画監督・作家の川村元気氏【写真:ENCOUNT編集部】
映画監督・作家の川村元気氏【写真:ENCOUNT編集部】

「絵も下手だし曲も書けない」コンプレックスと唯一の“才能”

 世界的ベストセラーの続編『きみをわすれない』の翻訳を通じて、現代人の言語化できない不安やモヤモヤを見事にすくい取った川村元気氏。『君の名は。』『世界から猫が消えたなら』『8番出口』を始め数々のヒット作を世に送り出してきた川村氏が、自身のクリエイティビティーの源泉を語った。(取材・文=平辻哲也)

 川村氏は、32歳で映画『告白』『悪人』をプロデュースし、日本アカデミー賞ほか数々の映画賞を受賞。その後も『君の名は。』『すずめの戸締まり』などの記録的ヒット作を連発し、日本映画界をけん引する映画人となった。

 一方で、2012年には小説家として『世界から猫が消えたなら』を発表。同作は世界35か国で出版されるベストセラーとなった。22年には自ら監督を務めた映画『百花』で、日本人初となるサンセバスチャン国際映画祭の最優秀監督賞を受賞するなど、表現の場を広げ続けている。その飽くなき探究心は映画や文学にとどまらず、ゲーム『8番出口』の映画化に象徴されるように、最小限の要素で観客の心理を揺さぶる作品の在り方にも鋭い視線を注いでいる。

「絵も下手だし、文章がたくさん書けるわけじゃない。もちろん曲も書けない」。川村氏はそう自嘲しつつ、才能を持つ人々へのコンプレックスを隠さない。

「明らかに優れた人に対するコンプレックスがすごくある。一方で、自分に与えられた“ギフト”を自覚して、そこで作品を作っている。僕は言語化されてないけどみんなが気にしていることを、映像だったり物語という形で表現する。その集合的無意識に“気づく”という能力。それだけが僕が持ってるギフトかもしれないです」

 この「人と違う感性」の芽生えは、小学1年生の頃にまで遡るという。図工の授業で粘土板を買ってくるよう言われた際、川村氏は文房具屋でピンク色の粘土板を選んだ。

「学校に行ったら僕以外の男子は全員青い粘土板で、女子がみんな赤とかピンクの粘土板だった。その時にすごいイジメられたんです。お前何ピンク買ってんだよって」

 その時の違和感が、いまだに心の中に残っている。

「粘土とのカラーコントラストを考えたらピンクのがいいなと思って選んだ。こいつらは戦隊モノとかの見すぎで男は青で女が赤としか考えられてないからつまんないなって思っていました」

正しく伝えるために必要だった“ストーリー”の存在

 当初はドキュメンタリーで自分の気づきを伝えたいと考えていた川村氏だが、上智大新聞学科時代にある壁にぶつかる。

「自分が気づいたことを正しく伝えるには、ストーリーにしなければダメなんだと。ありのまま伝えることで刺さる人数と、ストーリー化して伝わることの人数があまりにも違うということがあって」。物語(エンターテインメント)の力を実感した彼は、映画の世界へと足を踏み入れた。

 彼の物語作りの手法は独特だ。

「自分が怖いこと、不安なことから始まるんです。自分がこういう不安を抱えていて、もしかしたら同じ気持ちの人たちがけっこういるんじゃないかなって想像しながら物語にしていく」。自身のプライベートな感覚を出発点にしつつ、小説『世界から猫が消えたなら』や映画『8番出口』のように「世間」そのものを主人公に据えることもある。

 さらに、『きみをわすれない』を翻訳した川村氏は、人間の「記憶」と進化するAIの関係性についても独自の視点を持っている。

「今までのAIは記憶の集積で人間の振る舞いをしていたんだけど、そこから進化してモノやコトの関係性だけで考えるようになったので、ああ、もうこれは神様のようなものだなと思いました。だからこそ、これからは個々人の手触りや記憶のようなものに価値が生まれるような気がしています」

 翻訳という枠を超え、自身の生い立ちから映画作りの哲学、そしてAI時代の生存戦略にまで及ぶ川村氏の視座。世間の空気に「気づく」という彼のギフトは、これからも私たちが見落としていた大切なものを、物語という形で提示し続けてくれるはずだ。

□川村元気(かわむら・げんき)1979年生まれ。映画プロデューサー、作家、映画監督。2010年、米ハリウッド・リポーター誌の「Next Generation Asia」に選出される。12年に初小説『世界から猫が消えたなら』を発表。その後も『億男』『四月になれば彼女は』『私の馬』等の小説を発表。22年には自身の小説を映画化した長編監督デビュー作『百花』で、第70回サンセバスチャン国際映画祭にて日本人初となる最優秀監督賞を受賞した。最新監督作『8番出口』はカンヌ国際映画祭正式招待作品となり、国内外で大きな話題となった。

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