「五明コール」が「ツバキコール」に変わった瞬間 フルタイム勤務で戦う椿飛鳥が語る“二足のわらじ”の美学

格闘技イベント「宗明建設Presents DEEP 130 IMPACT」(20日、東京・後楽園ホール)が行われた。第6試合のDEEPフェザー級5分×3R戦では椿飛鳥(30=フリー)が五明宏人(30=JAPAN TOP TEAM)に2R・TKO勝ちを収めた。試合後、引退の危機を乗り越え、1日8時間働く“サラリーマンファイター”としてケージに立ち続ける理由を聞いた。

サラリーマン格闘家の椿飛鳥【写真:ENCOUNT編集部】
サラリーマン格闘家の椿飛鳥【写真:ENCOUNT編集部】

五明宏人に2R・TKO勝ち

 格闘技イベント「宗明建設Presents DEEP 130 IMPACT」(20日、東京・後楽園ホール)が行われた。第6試合のDEEPフェザー級5分×3R戦では椿飛鳥(30=フリー)が五明宏人(30=JAPAN TOP TEAM)に2R・TKO勝ちを収めた。試合後、引退の危機を乗り越え、1日8時間働く“サラリーマンファイター”としてケージに立ち続ける理由を聞いた。

 決して諦めない粘り強いファイトスタイルが、観客の心を揺さぶった。対する五明は、客席にお手製うちわが揺れるほどの人気選手。試合序盤こそ五明への声援が会場を包んでいたが、ラウンドを重ねるごとに、その空気は「ツバキコール」へと変わった。圧巻だったのはフィニッシュシーン。椿がパウンドを振り下ろすたびに、観客からは「オイ! オイ!」のかけ声が湧き起こった。

 椿は何度も組み付いてテイクダウンを奪う一方で、グラウンドから立ち上がる際にハイキックをもろに食らい、その後も正面からパンチを浴びるなど苦しい場面があった。

 2R序盤まで相手の打撃に後手に回る厳しい展開が続いたが、2分が経過したころに空気が一変する。スタミナが切れ始め、動きが落ちた五明に対し、椿が組みで仕掛けると、会場からは「ツバキコール」が湧き起こった。そして残り30秒を切ったところから、最後の力を振り絞るようにパウンドを連打し、見事にTKO勝ちを収めた。

歓声を受けながらパウンドを打つ椿飛鳥(上)【写真:(C)DEEP事務局】
歓声を受けながらパウンドを打つ椿飛鳥(上)【写真:(C)DEEP事務局】

「社会人をやっていて本当によかった」

 攻め続けての逆転勝ち。佐伯繁代表が「ベストバウト」と評するこの試合はまさに背水の陣だった。ちょうど1年前には修斗のタイトル戦でSASUKEに敗れ、続くDEEPでの初戦は牛久絢太郎相手にわずか58秒で一本負け。格闘技から離れることも頭をよぎったという。

「何回も辞めようかと思いました。でも悔しいから、ずっと格闘技のことを考えていて。SASUKE戦の後にフリーになって、DEEPに来ての1発目であんな負け方をしてしまった。だから『ここを負けたら本当にもう行くところがないぞ』と考えていたところでした。本当に勝ててホッとしました」

 決して楽な展開ではなかった。対戦相手である五明のパンチをもらい、効かされる場面もあった。

「途中、何回も諦めそうになりました。でも、これは格闘技だけ頑張っていたから耐えられたわけじゃないんです。仕事もそうだと思うんですけど、苦しいことや嫌なこと、時に理不尽なことって多々あるじゃないですか。そういう時でも『これも修行だ』と思って、グッと堪えることを牛久戦で負けてからずっと意識していました。それが今回、役に立ったんだと自分の中では答えを出しています」

 牛久戦での秒殺負けの要因は、自身の「心の乱れ」にあったと分析している。

「ケージの中だけ取りつくろうのって、人間には絶対に無理なんです。僕は予期せぬ攻撃をもらった時についイラッとしちゃうんですけど、牛久戦の敗因もまさにそれでした。イラッとして『右ストレートをぶち当ててやろう』と思ったら、くっつかれて倒されてしまった。これは日常生活から変えるべきだと思って、仕事中も気分の上下をしないように、『はい』と受け流すことを意識していました。社会人をやっていて本当によかったなと思います」

 アウェイの会場で起きた「ツバキコール」は届いていた。

「最初は五明コールだと思って『あー、出たよ』と思ったんですけど、『あ、これ俺のコールっぽいな』と気付いて、『頑張らなきゃ』って。僕も普段サラリーマンをやっていて、特別な才能を持って生まれた人間じゃない。普通の人の代表としてやっている意味があるんです。試合はいつも怖いし、弱い方に流れたくなる自分も出るけど、そういう姿を見た人が『次の日仕事頑張ろう』って思ってくれたらいいなと。サラリーマンをやりながら格闘技をやる、僕の使命はそういうところにあるんじゃないかなって思っています」

激闘制すも月曜日からは普段の日常「勝った喜びってすぐ消えちゃう」

 現在、家事代行の会社に勤め、マネジメント業務を担っている。23歳、プロデビュー戦で敗れ、格闘技一本での生活を諦めかけていた所を拾ってくれた会社だという。

「家賃も払えない状態だった時に、縁があって『格闘技やりながらでいい、応援するから』と入社させてもらいました。入社後も3連敗したり、試合中に肘を折ったりといろいろありましたが、働いているから格闘技が輝くし、格闘技があるから仕事の生活も輝く。穴が開くとキツい仕事なのに、上司も『有休を使って練習していいよ』と言ってくれる。本当に会社には感謝しかありません。今日、苦しい場面がありながらも勝てた姿を職場の人に見てもらえて、本当によかったなと思います」

 会社の人間だけではない。かつて出演していたABEMA『格闘代理戦争』時代から椿を知り、同じように働きながら格闘技をやりたいと、入社した若者もいる。そんな新人に格好悪い姿を見せられないという思いも、この日の粘りを生んだ。

 フルタイムで働きながらMMAの過酷な練習をこなすのは、想像を絶する苦労がある。それでもこの「二足のわらじ」に強いプライドを持っている。

「1日8時間働いた後のMMAの練習は、体力的に本当にしんどいです。でも、僕はこの『真っ当に生きる』ということが、本当にかっこいいと信じています。スポンサーみたいな人に食わせてもらって『格闘技だけ頑張ります』って言ってる人を見ても、自分は応援できないんですよね。実業団のように2、3時間書類整理をしてあとは練習、というのも否定はしません。でも、普通に自分たちと一緒に働いている人間が、こんな激しいことをやっている。その姿こそが、見ている人の心を絶対に動かせるんだと信じて取り組んできました」

 減量中には、SNSで心無い言葉をぶつけられることもある。しかし、かつて『格闘代理戦争』でネットの洗礼を浴びた椿にとって、それはむしろモチベーションの源泉になっている。

「ありがたい限りですよ。『試合つまんねー』ってポストしてくれるだけでも、それだけ見てくれているということですから。代理戦争の時は若かったので『辞めちまえ』とか書かれて目を背けていた時期もありました。でも、結果が出なくて誰からも見向きもされない時期を経験して、牛久戦で秒殺されたと言われるのですら『見てくれてるんだな』と思えるようになりました。誰からも見向きもされない方がキツいですから」

 激闘を制した週末が明ければ、またいつものように月曜の朝がやってくる。だが浮かれた様子はない。

「勝った喜びってすぐ消えちゃうんです。逆に負けた悔しさは、次勝つまでずーっと、死ぬまで残る。SASUKE戦の時は日曜日に試合をして、12時間後にはもう会社のデスクにいました。本音を言えば休みたかったですけど、次の日出社するまでが試合だと思っていて。会社で特別扱いされている分、人よりも働く姿勢を見せないといけない。『あいつ試合の次の日休むんだ、じゃあ俺も』って思われちゃうんで、人にはできないことをやらなきゃいけないんです」

 このストイックな生き方は、かつて『格闘代理戦争』で指導を受けた青木真也の影響もあるという。

「僕なりの生き方の提示です。恐れ多くて青木さんには言えませんけど、青木さんから学んだのは『自分の生き方を提示する』ということ。俺にはこの思想、信念、主義、主張があるんだと。働くことも戦いだし、戦いも人生の一部だというのを、今日見てもらえたんじゃないかなと思います」

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