【RIZIN】「10歳で死ぬんだ」東日本大震災で実家半壊、避難所生活…あれから15年 神龍誠が明かす“中卒バイト”から這い上がった執念
東日本大震災は、今月11日で発生から15年の節目を迎えた。格闘技イベント「RIZIN」で活躍する神龍誠(25)の故郷、宮城県仙台市は地震やその後の大津波で甚大な被害を受け、現在も復興に向けて歩みが進められている。当時10歳で被災した神龍にあの日の記憶、格闘家として歩むまでの道のりを聞いた。

仙台市で被災「10歳で死ぬんだって思った」
東日本大震災は、今月11日で発生から15年の節目を迎えた。格闘技イベント「RIZIN」で活躍する神龍誠(25)の故郷、宮城県仙台市は地震やその後の大津波で甚大な被害を受け、現在も復興に向けて歩みが進められている。当時10歳で被災した神龍にあの日の記憶、格闘家として歩むまでの道のりを聞いた。(取材・文=浜村祐仁)
今年も3月11日を迎え、各地で犠牲者に祈りが捧げられた。
東日本を襲った未曾有の大震災から15年。現在はRIZINのトップファイターとして将来を嘱望される神龍は当時小学校4年生だった。生まれ育った故郷で被災した記憶は今でも強く残っている。
「あの日、僕はたまたま風邪を引いてて学校を休んでいたんですよ。そしたらあれだけ大きい地震が来て家族と急いで外に出ました。地面が割れていて、『倒れたらやばいから、誠、お前あっちの電柱見とけ』って言われて、電柱の揺れ方もやばかったです」
震度6弱の揺れで実家は半壊。その後は、相次ぐ余震のなか体育館での避難生活を余儀なくされた。
「『あ、10歳で死ぬんだ』ってリアルに思いましたね。『こんなに早く死ぬんだって』」
幸いにも大津波の被害は免れた。しかし、それも偶然だったと明かす。
「僕、転校が多い子供で半年前に引っ越したばかりだったんですよ。前に住んでいたところは、海が近くて津波の被害があった。そういう意味では本当に運が良かったですね」
格闘技好きな父親の影響で当時は地元でレスリングに打ち込んでいた。「身体が弱かったんです。気持ちも弱くて、いじめられやすい体質で。それが始めた理由ですね」ときっかけを語る。
震災後は家族で千葉県へ移住。総合格闘技へ転向すると高校には進学しないという異例の決断で、プロへの道を切り開いた。しかし、中卒で過ごす日々には苦労もつきまとった。

中卒バイトからRIZINリングへ「全力で今を生きなきゃいけない」
「周りが青春真っ盛りに遊んでましたからね。辛かったですね」。過去の記憶をやや苦笑しながら回想する。
昼間は定食レストランの「やよい軒」でアルバイト。ヤマト運輸で配達の仕事もこなしながら、夜に練習をするという激動の日々を過ごした。
「『高校行っとけばよかったな』って何回も思ったし、みんな恋愛とかしてるじゃないですか。僕は出会いもなく、バイトの時間も同級生とかいなかったんで。あの時は孤独でしたね」
ボロボロのアパートでの一人暮らしも経験した。「絶対見返してやるって思ってました」。
格闘技に全てをかけていた。15歳でプロデビューを飾ると、初戦から6連勝の快進撃。18歳でたどり着いた格闘技団体「DEEP」のフライ級タイトル戦では史上最年少の若さでベルトを獲得し、いつしか“MMAの神童”と呼ばれるようになった。
「周りに『お前はいいよな。RIZIN出て金稼いで』とか言われるんですよ。でも俺からしたら『お前たちの青春、羨ましかったよ』って思うんで。でもその時にやっていたことが今ちょっとずつ出てきてるのかなって感じます」
あの日々を生き抜いたからこそ今がある。震災は関連死を含めると犠牲者の数は2万人近くにまで及び、現在でも2000人以上の行方が分かっていない。復興が進むなか神龍は何を思うのか。
「めちゃくちゃ難しい質問ですね。当時は小学生だったからとりあえず生きていた。でも、亡くなってしまった方たちが生きたかった明日が、僕が生きている今日だって思います。そういう意味では、その人達の分まで全力で今を生きなきゃいけないですよね」
21年には地元宮城の亘理町に自身が主宰する「神龍ワールドジム」をオープン。昨年9月から所属は米国のATTに変更したが、故郷への思いはいまだに強く持っている。決して風化させてはいけない記憶を胸に、神龍はリングで闘うことで生きる意味を伝えていく。
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