鈴木みのるにガチ恋した空手少女の数奇な運命 小中学校に「鈴木軍」Tシャツで登校、ラブレター送った過去

もともとの夢は、父の空手道場を継ぐことだった。しかし母がぽろっと漏らした一言が、彼女の運命を大きく変える。小さいころから、彼女の周りにはプロレスがあり、その世界で上を目指すことは必然だったのかもしれない。プロフェッショナルレスリングJTOの稲葉ともかへのインタビュー前編は、プロレス界入りのきっかけ、そして自分自身の分析のお話を。

映画になりそうな人生を語った稲葉ともか【写真:橋場了吾】
映画になりそうな人生を語った稲葉ともか【写真:橋場了吾】

父が空手道場の師範…稲葉ともかがプロレス界に入った理由とは

 もともとの夢は、父の空手道場を継ぐことだった。しかし母がぽろっと漏らした一言が、彼女の運命を大きく変える。小さいころから、彼女の周りにはプロレスがあり、その世界で上を目指すことは必然だったのかもしれない。プロフェッショナルレスリングJTOの稲葉ともかへのインタビュー前編は、プロレス界入りのきっかけ、そして自分自身の分析のお話を。(取材・文=橋場了吾)

 稲葉ともかがプロレスにハマったのは8歳のとき、沖縄への家族旅行中だった。

「旅行に行く前から、家族で何時にショーを見て何時にご飯を食べてというようなプランを立てて行ったんですけど、国際通りでお買い物の時間のときに、当時あった沖縄プロレスさんの常設会場の前でレスラーが宣伝をしていたんです。これから試合ありますよ、みたいな。母はもともとプロレスが好きだったので、プランをキャンセルしてプロレスを見たいと。私も3歳から空手をやっていたので、闘う競技は好きで見てみたいと。父だけは当初のプランが良かったみたいなんですが、稲葉家は母が絶対なので(笑)。(当初の予定を)キャンセルして、プロレスを見たら……まあドはまりしましたね。ホテルに帰ったら弟とプロレスごっこでした。当時はストーリーよりも、純粋にそれぞれの試合を見て楽しんでいましたね」

 ともかは愛知県豊川市出身。父が空手道場の師範代だ。愛知県の空手道場というと、故・青柳政司館長の誠心会館を思い出すかもしれない。

「父と館長はつながりがありました。誠心会館の道場にも掛け持ちで練習しに行っていましたよ。私は色々なプロレス団体を見るようになって、蹴りを使う選手に惹かれて、一番ハマったのはNOAHだったんですよ。館長がNOAHに出ていた縁もあって、よく会場にも行っていたんですが、鈴木軍が来襲したときに鈴木みのる選手に一目ぼれしてしまって……それまでNOAHのTシャツを着ていたのに、鈴木軍Tシャツに変えました。小学校にも鈴木軍Tシャツで行っていましたね(笑)。豊川から後楽園ホールに行ったり、原宿(鈴木のブランドショップ「パイルドライバー」)に行ったりして、何なら結婚もしたいと思ってラブレターを書いたこともありました(笑)。新婚旅行は沖縄がいいです、って。今思うとちょっと恥ずかしいですけど」

強烈なミドルキックを叩き込む【写真:(C)JTO】
強烈なミドルキックを叩き込む【写真:(C)JTO】

男子をローキックで崩したときの快感が忘れられない

 その鈴木軍つながりで知ったのが、TAKAみちのくだった。

「当時Twitter(現在のX)で、代表(TAKA)がLINEのQRコードを出していたんですよ。当時の団体の公式LINEですよ。それを私は個人LINEだと思って『え? TAKAみちのくとLINE交換できるの?』と思って登録しまして。母に自慢したところ『ずるい、私も交換する』と言い出して(笑)。父は空手道場の師範代でもあり、住職でもあるんですが、そのお寺でプロレスをしたいというのが母の夢で、KAIENTAI-DOJOを呼んでしまいました」

 その大会で、当時中学生だったともかは空手の演武を披露。その様子を見ていたTAKAは、ともかをプロレス界にスカウトした。

「当時は高校進学を考えていて、プロレスラーになるにしても高校を卒業してからかなと思っていました。父も高校には行った方がいいと。実は母の夢がプロレスラーになることで、交通事故の後遺症があって断念したんです(※日常生活には支障がないとのこと)。もともとは父の道場を継ぐことが私の夢だったんですけど、ある日母が漏らした『私はプロレスラーになりたかった』という夢を継ぎたいなと思って。空手部のある高校から推薦ももらっていたんですけど、よくよく考えたら私は勉強が大嫌いなので高校を卒業できる気がしなくて……それだったらこの3年間をプロレスに費やそうと思って、推薦をお断りしてKAIENTAI-DOJOの寮に入りました」

 もちろんTAKAとのつながりがあったわけだが、ともかが男女混合団体を選んだのにはほかにも理由があった。

「空手をやっていたときに、男子を倒したときの快感がすごかったんですよ。小学生の大会から男女が分かれるんですけど、道場では女子が圧倒的に少ないので男女関係なく練習をしていて。年齢関係なく男子をローキックで崩すのがすごい気持ちよくて(笑)。女の子をなめるなよという気持ちでしたね」

 プロレスラーになるということは、人前に立つということ。しかし、ともかは人前で何かをすることが苦手だった。

「今の私を見てどう思われているかはわからないんですけど、私はもともと人前に立てないんです。日直も嫌なレベルで、発表会も嫌でしたし、授業中に挙手もできない。でも、プロレスを見ているときにふと思ったんです。私がプロレスラーになって、声援を浴びたらどうなるんだろう……これまでになく気分が高揚するのかなって。今でも、リングを下りると急に自信がなくなっちゃうんですが、リングに上がるとスイッチが入るんですよね」

 ともかは中学卒業後に、千葉の寮に入った。同日に入門テストを受け、同じ寮に入ったのがMIRAIだった。

(4日配信の後編へ続く)

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