デーモン閣下、ブレイク後に“正体”告げず世界的スターと仕事 まさかの過去を告白「LAに1年ほど」
ヘヴィメタルバンド・聖飢魔IIのボーカリスト・デーモン閣下が1日、TBS系『週刊さんまとマツコ』(日曜午後1時)に出演。ソロへの転身後、一度は芸能界を引退を考え、裏方の仕事をしていたことを明かした。

ADとしてCM撮影参加
ヘヴィメタルバンド・聖飢魔IIのボーカリスト・デーモン閣下が1日、TBS系『週刊さんまとマツコ』(日曜午後1時)に出演。ソロへの転身後、一度は芸能界を引退を考え、裏方の仕事をしていたことを明かした。
聖飢魔IIは1985年にメジャーデビュー。翌年、『蝋人形の館』が30万枚を超える大ヒットを記録し、全国ツアーは全会場で動員記録を更新するほどの社会現象を巻き起こした。89年には『NHK紅白歌合戦』に出場。92年にはデーモン閣下が写ルンですのCMに抜てきされた。
一方、93年にはデーモン閣下に「未婚での隠し子がいる」との女性スキャンダルが報じられ、一気にファンが減少するも、地道な活動で再びファンを増やした。
99年にはデビューからの公言通り、人気絶頂の中でバンドを解散。デーモン閣下はソロでの活動を開始した。
当時について、デーモン閣下は「バンドがなくなって。ソロアーティストとしてアルバムを1枚、2枚って出していった時に、ちょっと音楽で世の中変えられるんじゃないの? とか、まだそういう理想を持ってやってる時期だった」と回想。「どうも、自分がやってる活動と返ってくる反応が違うなっていうのをずっと思ってて……」と述べた。
続けて、「デーモン閣下というのをやってるのに疑問を抱いて。ちょっとやーめた!」と発言。「全部のレギュラーをやめて。テレビのレギュラー、3つくらいあったんだけど。裏方の仕事をしようって、LAに1年ほど修業しに。映画制作と、ドラマとCMの制作の手伝い。ADです、AD」と米ロサンゼルスで働いていたことを告白した。
デーモン閣下は「顔が割れてないのが、とっても役に立つ」とひと言。レギュラーメンバーの明石家さんまが「誰も気が付かなかった?」と聞くと、「誰も気が付かない」と即答した。
その流れで、進行役の平成ノブシコブシ・吉村崇が「で、この時に、ある世界的スーパースターと仕事をしたと?」と振った際には、「ちょうどロサンゼルスで、ユンケルのCM撮影をしてたのね」と説明。「メジャーリーガーだったイチロー選手が、その制作会社でユンケルのCMを撮るって。吾輩はアシスタントディレクターでイチローさんのところに行って。イチローさん、そろそろ時間です。よろしくお願いしますっていうのをやってた」と振り返ると、「『僕はデーモンです』とも言わずに?」との問いには「言わない、言わない。ただのAD。ちょっと年を食ったAD」と返し、スタジオを大ウケさせる場面もあった。
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