圧倒的な「平成感」が話題 “令和の歌姫”Soalaの素顔、不登校時代に救われた音楽の力

SNS上で「平成感がすごい」「令和の歌姫」と若者から支持を集める22歳がいる。シンガー・ソングライターのSoalaだ。3月24日には、Zepp DiverCity(TOKYO)で自身最大規模となるワンマンライブ「Soala ONE MAN LIVE 2026 ~Aile~」を開催するなど、着実にその知名度は広がっている。歌声もさることながら、聴く人の心を突き刺す、真っすぐな歌詞が特徴的だ。そんな力強いメッセージの数々の根底には、悩み、葛藤し続けた日々があった。

インタビューに応じたSoala【写真:Jumpei Yamada(ブライトイデア)】
インタビューに応じたSoala【写真:Jumpei Yamada(ブライトイデア)】

ストレートな歌詞の裏にあった過去の葛藤

 SNS上で「平成感がすごい」「令和の歌姫」と若者から支持を集める22歳がいる。シンガー・ソングライターのSoalaだ。3月24日には、Zepp DiverCity(TOKYO)で自身最大規模となるワンマンライブ「Soala ONE MAN LIVE 2026 ~Aile~」を開催するなど、着実にその知名度は広がっている。歌声もさることながら、聴く人の心を突き刺す、真っすぐな歌詞が特徴的だ。そんな力強いメッセージの数々の根底には、悩み、葛藤し続けた日々があった。(取材・文=中村彰洋)

――1月28日に最新シングル『声の軌跡』をリリースされました。切ない歌詞が印象的な楽曲となっています。

「テレビアニメ『真夜中ハートチューン』のエンディングテーマということで、歌詞は原作を読んだうえで書かせていただきました。あえて結末は読まず、視聴者の皆さんと同じ目線で聴けるような楽曲を意識しました。当たり前が当たり前ではなくなってしまう瞬間が、急にきてしまうことがあるからこそ、その大切さを、この楽曲を通して感じてほしいです」

――ここ数作は、タイアップ楽曲が多い印象がありますが、楽曲の作り方に変化はございますか。

「“自分の音楽で誰かを救いたい”という根本はずっと変わっていません。私は、誰かの目線に立って歌詞を書くことがすごく好きでした。アニメタイアップであれば、その目線が主人公やヒロインの気持ちになるという意味では、向き合い方も少し変わってきているのかもしれません」

――作詞は全てSoalaさんがやられていますが、歌詞を作ることへの苦労などはありませんでしたか。

「私はメロディーよりも作詞の方が時間が掛かります。路上ライブをしていた頃に1年で22曲作ったことがありますが、その時の感情を書いたり、日常生活で起きた些細な出来事を膨らませて書いたりしていました。でも、その経験が今になってすごく意味があったと感じています」

――昔から思いを言語化することが好きだったのでしょうか。

「手紙のようにストレートな歌詞が多いので、時には否定的な言葉を言われたこともありました。『ありきたりなことしか書けないから、作詞に向いてないのかな』と悩んで、歌詞を書けなくなってしまったこともありました。でも今では、『それが私の強み』と思えるようになりました。私の声でストレートな歌詞を伝えることで、救われる方もいるかもしれない。私自身が過去に歌に救われたからこそ、自分もそういう伝え方をしたいんです。誰かに言われて直すのではなくて、自分のやり方でもちゃんと輝けるということを証明していきたいです」

過去の葛藤についても赤裸々に語った【写真:Jumpei Yamada(ブライトイデア)】
過去の葛藤についても赤裸々に語った【写真:Jumpei Yamada(ブライトイデア)】

不登校時代に目の当たりにした音楽の力「私もこういう居場所を作りたい」

――Soalaさんのルーツについてもうかがわせていただきます。歌に興味を持つようになったのは、中学生の頃だったとのことですが、当時から歌手を目指していたのでしょうか。

「いえ、小学生の頃の些細な出来事から当時はただ歌がうまくなりたいという思いで、ボーカルレッスンに通っていました。ボーカル教室の発表会の時にステージで歌わせていただく機会が何度かあって、未熟な私の歌でも、笑ってくれたり、涙を流してくれる方がいらっしゃいました。その時に、『歌で誰かの感情を変えることができるのって、すてきだな』と感じてから、意識するようになりました」

――中学生の頃には不登校の時期もあったとのことですが、それも影響はあったのでしょうか。

「人間関係について自分が悩みすぎてしまい、学校に行けなくなってしまった時期があったのですが、小さい頃にお母さんに教えてもらった、ロックバンドおかんさんと森源太さんのライブには、なぜか足を運ぶことができて、すごく居心地が良かったんです。自然と涙を流せて、自然と笑える空間がそこにはありました。その時に私もこういう居場所を作りたいと思い、今の活動に至っています」

――そのライブが原体験になっているんですね。

「『こういう音楽をやりたい』と本格的に志すきっかけをくれたのがその2組でした」

――そこから、音楽との向き合い方に変化はありましたか。

「すごく変わったと思います。曲作りのために中学生の頃にギターを始めたりもしました。それまでは、カラオケの点数を取るためにうまく歌うような感覚でしたが、表情管理など、人に伝える歌い方をすごく意識するようになりました。いろんなアーティストさんの曲を聞いて、研究もたくさんするようになりました」

――不登校という状況からの変化はありましたか。

「お母さんも後押ししてくれて、頑張って通えるようにはなりました。でも、高校生でも不登校になってしまった時期があったんです……」

――高校生の時はどういったことが原因だったのでしょうか。

「音楽系の学校に通っていて、周りには同じような夢を持っている子たちがいる環境でした。その中でありがたいことに注目していただけていたのですが、『期待に応えなきゃ』というプレッシャーに負けてしまいました。学校を辞めることも考えたのですが、恩師が家まで来てくださって、話を聞いてくれたことで一緒に乗り越えることができました」

――そういった周囲の助けもあって、つらい時期を乗り越えることができたんですね。

「家族も恩師ももちろんですが、ロックバンドおかんさんと森源太さん、AAAさんも大好きで大きい存在でした。音楽に救われたという思いが、自分の中でとても大きいです。そういった思いが、私の音楽の根本となっているので、今では、あの時の経験がすごく大事だったなと思えます」

3月には自身最大規模となるワンマンライブをZepp DiverCityで開催【写真:Jumpei Yamada(ブライトイデア)】
3月には自身最大規模となるワンマンライブをZepp DiverCityで開催【写真:Jumpei Yamada(ブライトイデア)】

高3で上京も挫折を経験し大阪へ「環境を変えて立ち直れるかは自分次第」

――高校3年生では、地元・愛知から上京という決断をしていますね。

「いずれにせよ、高校を卒業したら上京をするつもりでした。高3のタイミングで『東京でやってみない?』と声を掛けていただいたので、1年早いですが決断して、東京での活動をスタートさせました」

――東京では約2年活動。その後に大阪へと拠点を移されています。

「なかなかうまくいかず、バイトをしながら、必死に楽曲を作っていました。でも、いろいろなことが重なり、人を信じられなくなってしまい、不登校になってしまった頃と同じような状態になりかけていました。だったら、環境ごと全部変えて、ゼロから活動していこうと思いました。地元ではなく、私のことをほとんど知らない大阪に行こうと決めました」

――当時と現在では、楽曲のテイストに変化などはありましたか。

「当時はかわいらしい曲を歌っていて、自分のやりたい音楽とのギャップに悩むこともありました。とにかく印象を残すためにも、『“Soalaっぽい音楽”を作らなきゃ』と考えていた時期でした。そんな時にパルクールの大会のテーマ曲を担当させていただく機会をいただけました。応援歌のような楽曲を作りたいと作ったのが『Glorious』(2022年)でした。ロック調で魂のこもった楽曲を作れた時に、『自分で自分を縛っていたんだな』って。そこからはジャンルにとらわれずに、恋愛曲も、かっこいい曲もかわいい曲も届けようと切り替えることができました」

――そういった転機がありながらも、大阪へ行くことを決断されたんですね。

「そこからちょっとだけ東京でも頑張ったんです(笑)。でも、東京という土地への苦手意識を持ってしまっていたので、20歳直前に決断しました」

――大阪ではお一人で活動されていたとお聞きしました。

「大阪では、会場やアーティストさんのブッキングのやり取りのメールを自分でしたり、グッズの手配や映像編集まで全て1人でやっていました。環境を変えて立ち直れるかは自分次第だと思って、とにかく目の前のことに集中して、がむしゃらに活動していました。とにかくSoalaという存在を知ってもらうためにも、月に10回ぐらい路上ライブをしていました。私がどんな思いで活動しているのかを知ってもらうためにも、伝えたい思いは楽曲に込めて、その曲に出会ってもらうための入口を作ることに必死でした」

――路上ライブから徐々に見える景色も変わっていったかと思います。

「楽曲を制作し続け、さらにSNSに投稿し続けていたことが大きかったと思います。『すれ違い』(23年)という楽曲が、たくさんの方に届いて、それをきっかけに路上ライブに足を運んでくれる方が格段に増えました。オリジナル曲を作りながら、路上ライブをするというやり方が間違っていなかったと実感できて、がむしゃらにやってきたかいがあったなと感じました」

――3月には自身最大規模のワンマンがZepp DiverCity(TOKYO)で開催されますね。

「Zepp DiverCity(TOKYO)は高校生の時にバックダンサーとして立たせていただいた舞台でもあって、恩師との約束の場所でもあります。でも、ただ立ちたいわけではなくて、私のことを好きなSoalove(ファンネーム)に囲まれた空間で歌って、みんなで感情を吐き出せるような空間にしたいんです。みんなの居場所として、Soalaのライブを必要としてくれたら1番うれしいです。1つの通過点として、これからもそういった輪を広げていきたいです」

「平成感」や「ギャル系」と話題もSoala自身は意識ナシ「不思議な気持ち」

――YouTubeのコメント欄などには、Soalaさんの楽曲に対して「平成感」といった声も多数寄せられています。

「自分では『平成感』を意識したことが全くないんです。ロックな曲や歌謡曲などをたくさん聴いて育ってきたので、うれしいですが、びっくりです。でも、意識してないからこそ、自然と出てくるのかなと思っています。自分が意識していない部分で、皆さんに楽しんでもらえていることも自分の楽曲の魅力なのかなと思っています。

 私の思いを伝えるために、その入口はなんでもいいと思っているので、『平成感』から、私の楽曲に興味を持っていただけるのはうれしいです。でも、『そうやって受け止められるんだ』という不思議な気持ちもあります」

――今では“ギャル系シンガー・ソングライター”という肩書となっていますが、根はギャルではないともうかがいました。

「そうなんです(笑)。ただただハイトーンが好きで金髪なだけ。長いネイルも指が短いから長くしたかっただけの理由だったんです。でもそれが定着して、私のことを覚えてもらうきっかけになったのであれば、うれしいことです」

――当時苦しんでいた自分と同じような境遇の子にメッセージを伝えたいという思いが強いかと思いますが、歌詞は実体験が多いということでしょうか。

「そうですね。人生を描いたような楽曲はほぼ私の実体験です。つらかった時期に、私が掛けられたかった言葉などが詰まった歌詞でもあります」

――実は恋愛の歌詞を書くことが苦手だったとのことですね。

「びっくりされることが多いです。それまでは小っ恥ずかしい歌詞しか書けなかったので抵抗感があったんです(笑)。でも、『すれ違い』は私が恋愛をして気付いた実体験を書いたのですが、そんな私のリアルな気持ちがたくさんの人に届いて、伝わってくれて、すごくうれしくって。『ありのままを書いていいんだ』と分かってからは、自分の弱さも曲に込められるようになりました」

――今後の目標をお聞かせください。

「高校生の時にAAAさんのライブに行った時、メンバーの方が客席のペンライトを見て、『このすてきな景色をみんなにも見てほしいなぁ』と言っていたんです。そこで私はハッとなり、『ドームで歌いたい!』と目標にするようになりました。単純ですよね(笑)。でも、路上ライブから活動してきて、ファンの人がいる状況が、当たり前ではないことを知って、今は場所というよりも今応援してくださるファンの方や、これから出会えるファンの方と一緒に、一歩ずつステージを大きくしていきたいです。最終的にそこにみんなで行けたらすごくうれしいです」

□Soala(そあら)2003年3月12日、愛知県出身。大阪を拠点に活動するシンガー・ソングライター。23年7月リリースの『すれ違い』はTikTokを中心に注目を浴び、楽曲の累計再生回数は2億回を突破。26年1月にリリースした『声の軌跡』は、テレビアニメ『真夜中ハートチューン』のエンディング主題歌。3月には、自身最大規模となるZepp DiverCity(TOKYO)でのワンマンライブ「Soala ONE MAN LIVE 2026 ~Aile~」を開催する。

次のページへ (2/3) 【動画】Soalaの最新曲『声の痕跡』
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