初恋相手の急逝、数千万円の借金…高橋メアリージュン、壮絶な経験から見つめ直した“生き方”

モデルで俳優の高橋メアリージュンが、“生き活支援”アプリ「JAANE -じゃあね-」を運営する株式会社Zの取締役CPRO(Chief Public Relations Officer)に就任した。「JAANE -じゃあね-」は、突然の事故や病気などの“もしも”に備え、生前に大切な人へメッセージを残すことができるアプリ。高橋は16歳で大事な人を亡くした経験から同アプリの主旨に賛同し、広報活動を行っていく。この機にENCOUNTは高橋をインタビュー。大事な人との別れ、実家の借金返済からの“生き方”の見直し、人生観などを聞いた。

さまざまな経験で築いた人生観を語った高橋メアリージュン【写真:増田美咲】
さまざまな経験で築いた人生観を語った高橋メアリージュン【写真:増田美咲】

両親に影響を受けたプラス思考

 モデルで俳優の高橋メアリージュンが、“生き活支援”アプリ「JAANE -じゃあね-」を運営する株式会社Zの取締役CPRO(Chief Public Relations Officer)に就任した。「JAANE -じゃあね-」は、突然の事故や病気などの“もしも”に備え、生前に大切な人へメッセージを残すことができるアプリ。高橋は16歳で大事な人を亡くした経験から同アプリの主旨に賛同し、広報活動を行っていく。この機にENCOUNTは高橋をインタビュー。大事な人との別れ、実家の借金返済からの“生き方”の見直し、人生観などを聞いた(取材・文=コティマム)。

「JAANE -じゃあね-」は、写真とテキストでメッセージを登録できる「メッセージ機能」を搭載し、ユーザーの安否が一定期間確認できなかった場合、代理人の承認を経てメッセージが届けられる仕組みだ。人生でやってみたいことを登録する「バケツリスト機能」もある。高橋は、このアプリを運営するZの社名と「取締役CPRO」の肩書が入った名刺を記者に差し出し、「よろしくお願いします」。柔らかい笑みを浮かべて受け答えを始めた。

――株式会社Zに参画した理由には、大事な人との別れがあったそうですね。

「高校1年生の16歳の時に、初恋相手が突然亡くなったんです。病気ではなく、本当に突然だったので、呆然としてしまって……」

――どんな思いになりましたか。

「人の死に直面したのが初めてでした。当時は芸能界に入りたてで夢を追うのに必死でしたし、優しく接することができていなかったと思います。『大好きだったこと、もっと伝えておけば良かった』とすごく後悔しました。そこが、このアプリのコンセプトに共感する大きな根底です。周りにいる人たちを大切にしたいし、『愛してる』『ありがとう』『ごめんね』をちゃんと伝えていきたいと、その時に思いました」

――「バケツリスト機能」がありますが、これからの人生で「やってみたいこと」はありますか。

「3つあります。1つ目は『シロナガスクジラに会いたい』。テレビで見て、こんなに美しい神様みたいな生き物がいるのかと。(代理店の)資料請求は済ませています(笑)。2つ目は海外の作品に出て、賞を獲って英語でスピーチをすることです。目の前には家族がいてほしいです。3つ目は母がフィリピン出身なので、家族全員とまたフィリピンの島に行きたいです。夕日が落ちるタイミングでライブバンドが音楽を奏でていて、家族みんなが笑顔で食事をしたいです」

「家族」という言葉を口にすると、高橋の表情はさらに柔らかくなった。滋賀県で牛乳販売店を営む父、フィリピン人の母との間に長女として生まれ、絵画アーティストの高橋源治(長男)、タレントの高橋ユウ(次女)、J1清水エスパルスのDF・高橋祐治(次男)の4人きょうだいで過ごした。12歳の時に牛乳販売店が倒産し、豪邸から狭い家に転々とし、極貧生活も経験。それでも家族は笑顔を絶やさず、抱えた数千万円の借金は、芸能界に入った高橋と弟、妹で完済した。

――高橋さんご家族は、とても仲の良い印象です。

「いつも笑っていられたのは、両親の影響だと思います。倒産の話を聞いた時、父に(遊び場だった)琵琶湖に誘われ、『会社がつぶれてしまったんや。今までのような暮らしはできなくなるけど、みんな協力してくれるか?』と言われました。私たちきょうだいはそれを『琵琶湖会議』と呼んでいました」

――お父さまの告白から、どのような生活になりましたか。

「その日から生活が変わりました。でも、『倒産して貧乏だ』という事実は一つですけど、それをどう捉えるかだと思います。両親はいつもポジティブに明るく捉えてくれたので、悲壮感というものは思い出として一切ないんです。母の口ぐせはいつも『何とかなる。全部ギフト。エピソードになる』と。『いつか笑って話す時のためのネタ』みたいな感じで」

――借金返済をしていた時の思いは。

「31歳で完済したのですが、借金返済がモチベーションでした。それがなかったら、こんなに頑張れなかったかも。『とにかく借金を返すんだ』という明確な目標に集中していたので『人を蹴落としてでも売れてやる!』みたいな気持ちは生まれなかったです。お金がないので飲みにも行かない。ただただ純粋に仕事だけ頑張れて、変な闇の世界に誘われることもなく(笑)、シンプルにお仕事ができました」

――その間に闘病も経験されています。苦しさは感じなかったですか。

「治療を続けながら映画の撮影をしていました。大変なはずなのに現場で『やりたかった役ができて幸せ』と思えていたんです。だから、健康への感謝、生きられていることへの感謝がすごく芽生えましたね。そこを経て、病も乗り越えさらに進化した自分になれたと思っています」

――人生を振り返って、生きていく上で大切にしていることはありますか。

「『自分の心の声を聞いてあげること』です。借金を返し終わった時に、『これから一番したいことって何だろう』と思いました。その時に初めて、『自分の心の声を聞こう』と思い、めい想をしました。そうしたら、『私ってこんなに旅がしたい人なの』と気づき、『スペインに行きたい』と思いました」

高橋メアリージュン取締役CPROの名刺
高橋メアリージュン取締役CPROの名刺

思い立ってスペインに一人旅

――なぜ、スペインが思い浮かんだのですか。

「私のルーツがフィリピンとスペインだからです。めい想が終わった直後にスペイン行きのチケットを取って、一人で行きました。そうやって行動に移したことで、自分を信じられるようになったし、自分のことを好きだと思えました。そして、『自分のことが好きって、こんなに幸せなんだ』と気づけました。そうなるには、まずは『自分の心の声』を聞いてあげること。何をしたいかを知ってあげることが大事です」

――では、『JAANE -じゃあね-』を使ってご家族に残したい言葉はありますか。

「『ありがとう』『愛してる』ですね。『あなたたちの家族として生まれてこれて、本当に世界一幸せです』と。1回きりの人生なので、悔いなく自分らしく生きたい人にこのアプリを使っていただいて、本当に大切にしたい人に言葉を届けてほしいです」

□高橋メアリージュン 1987年11月8日、京都府生まれ。滋賀県で育ち、2003年8月、『横浜・湘南オーディション』でグランプリを獲得し、芸能界入り。06年3月からファッション誌『CanCam』の専属モデルを務める。12年、NHK連続テレビ小説『純と愛』で俳優デビュー。主な出演作品に映画『闇金ウシジマくん』『るろうに剣心』、ドラマはテレビ朝日系『奪い愛、真夏』、カンテレ・フジテレビ系『アバランチ』、TBS系『マイファミリー』など。血液型A。

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