「どなた様ですか?」友達も言葉を失った性別移行 美容に月8万、難航した両親へのカミングアウト
40代後半で、人生を大きく変える決断。就職氷河期を「男性」として生き抜き、ITエンジニアとして25年以上働いてきたトランスジェンダー女性のまやさん(@maya_seekers)は、コロナ禍で在宅勤務が増えたことをきっかけに、長年抱えてきた違和感と向き合い始めた。心療内科の受診、ホルモン療法の開始、外見や声の変化、そして社会や家族へのカミングアウト。インタビュー第2回では、性別移行の現実と、その裏にある葛藤に迫る。

「今ならできる」コロナ禍がもたらした転機
40代後半で、人生を大きく変える決断。就職氷河期を「男性」として生き抜き、ITエンジニアとして25年以上働いてきたトランスジェンダー女性のまやさん(@maya_seekers)は、コロナ禍で在宅勤務が増えたことをきっかけに、長年抱えてきた違和感と向き合い始めた。心療内科の受診、ホルモン療法の開始、外見や声の変化、そして社会や家族へのカミングアウト。インタビュー第2回では、性別移行の現実と、その裏にある葛藤に迫る。(取材・文=幸田彩華)
転機が訪れたのは、3年前。世界を揺るがした新型コロナウイルスのパンデミックだった。仕事がテレワーク中心へと切り替わり、自宅にこもる時間が増えた。皮肉にも、他人の目を気にせずに済む環境が整ったことが、深層心理に眠っていた「自分」を呼び覚ました。
まやさんは勇気を出して心療内科を受診。半年間に及ぶ丁寧なヒアリングを経て、ようやく「性同一性障害」の診断書を手にした。そして、ホルモン療法を開始した。
外見の変化が追いつくまでの間、自認と他者からの見え方のギャップに苦しむ時期があったという。
「すごく時間をかけて、ちょっとずつ変わっていく。その途中の時期って、本当に男性が女装しているように見えてしまう、外に出れない状態でした。みんな経験することだと思うんですけど、そこが一番つらい時期。でも、コロナ禍で外に出ないようにとか在宅勤務になったことで、『今ならできるかもしれない』と背中を押されました」
しかし、待ち受けていたのは「変化」という言葉だけでは片付けられない。
「私の場合は、治療開始2か月から半年間、ずっと乗り物酔いの中にいるような感覚でした。いすに座っていても船酔いしているようで、電車に乗るとすぐに気分が悪くなってしまう。もし在宅勤務じゃなかったら、具合が悪くて会社に行けず、移行を諦めていたかもしれません」
ホルモン療法の副作用だった。
美容と自己研鑽に月8万円「女性の大変さが身に染みた」
身体の変化は徐々に現れた。筋肉が落ち、胸やお尻に脂肪がつきやすくなる。それと並行して、まやさんは徹底的な「自分磨き」に乗り出した。スキンケア、メイク、ヘアケアなどに投じる費用は月に約8万円にのぼる。
「男性の時も軽くはやっていましたが、本格的にメイクをするようになって、初めて女性の皆さんの大変さがよく分かりました。ヒゲの脱毛は、すごいですよ。見た目が全然変わって、若返ります。それからAGA(男性型脱毛症)の治療も行いました。内服薬とダーマペンによる頭皮注入を組み合わせることで、髪の密度が戻ってきたんです」
外見だけでなく、「声」の壁にも挑んだ。
「声については、訓練するんです。ホルモン治療では変わりません。男性でも女性の声になるし、女性でも男性の声になるんですよ。声って、声帯周りの筋肉。女性の声と男性の声の違いって、口の中の響き。口の中をどういう形にするかっていうのは、筋肉がそれを決めるので、発声練習して筋トレをします。ちゃんと筋肉が動くように訓練をしていくと、いろんな声が出せるようになってくる。声優さんと同じことですよね」
努力を重ねるにつれ、周囲の反応も劇的に変わっていった。
「気づいてもらえないです。数年ぶりに会う友達からは『どなた様ですか?』と言われることがよくあります。みんな目が点になって、開いた口が塞がらないみたいな。自分で昔の写真を見比べても『全然違うな』と思うので、その驚きを見るのはちょっと面白いですね」
トランスジェンダーや女装する人、さらに自信が持てない女性を対象に、理想の自分に近づくことへの手助けをする学びの場・乙女塾のレッスンも受け、女性らしい所作、話し方、さらには下着の選び方に至るまで、徹底的に学んだ。
また、弁護士からは誹謗中傷への対策など助言を受けている。
「法律家の観点からいろいろ話を教えてくれます。ただ、『誹謗中傷に負けない心を持つことが一番重要』と話してくれました」
会社へのカミングアウト、そして「あえて見られる場所」へ
性別移行開始から約半年後、身体の変化が隠せなくなったタイミングで、25年以上勤める会社に報告した。
「もう男性の姿に戻ることはないなと思って、会社にもカミングアウトしました。まあ気づかれてましたけどね。『あ、そうだと思ってた』と言われました。驚きはされましたが、結構ドライっていうか、だから何? みたいな。別にそれで仕事に支障が出るんだったら困るけど、別にそうじゃないし、別にいいんじゃない? みたいな感じで。割とあっさりしてました」
そんな中、ある意外な一歩を踏み出す。スナックでの「お手伝い」だ。
「自分からやりたいと言ったんです。スナックって、ルッキズム(外見至上主義)が非常に強い世界。あえて『見られる場所』に自分を置くことで、性別移行を促し、自分を強くしたいと思いました。チヤホヤされることもあれば、心無い言葉をかけられることもあります」
しかし、客観的に投げかけられるその言葉こそが必要だった。
「悪意のないポロッと出た言葉が、自分の現在地を教えてくれる。客観的な視点を受け入れることで、これから自分がどうあるべきかが見えてくる。どんな声も大切にしたと思っています」
一方で、70代の両親には、移行を始めてから1年後に意を決して自身のことを打ち明けた。
「あまり良くは思われていません。違和感を抱えててってことはカミングアウトしました。一緒にいない時期もありますけど、突然そう言われても困るっていうのはあると思います。結婚について、どう思ってたのか実際にわからないですけど、『お嫁さんはまだなの?』とかそういうことは言われてこなかったですね。実家に帰るのは今もつらいですが、育ててくれた恩はある。親の面倒は見ていこうと思っています」
現在は、年内の実施を目標に、性別適合手術に向けた調整を続けている。
「今後するつもりではいます。そこが一番の違和感。私たちからすると腫瘍みたいなものにしか見えない。あとは仕事との兼ね合いですね。仕事を休まなきゃならないので。いつ休めるかっていうタイミングと、あと経済的なもの。でも、今年中にできればしたいなとは思ってますけど、できるかどうかわからないです」
40代後半からの再出発。治療と仕事、家族との関係を抱え込みながらも、自分らしく生きるための道を選び取っている。全4回にわたるインタビュー。第3回ではトランスジェンダーを取り巻く社会の現状と、SNSで発信を続ける理由を深掘りする。
あなたの“気になる”を教えてください