“伝説の営業マン”年収6000万円からの転落 離婚、娘との絶縁、心肺停止…死の淵で見つけた「本当の愛」

住宅販売で“伝説の営業マン”として名をとどろかせ、大手生命保険にヘッドハンティング、独立後は年収6000万。稼ぎまくったビジネスマンが、突然の病に襲われた。事業の行き詰まり、離婚、娘からの絶縁宣告。48歳の時に狭心症で倒れ、4日間意識不明になり、生死の境をさまよった。57歳になる今、心臓の突然死を防ぐ医療機器を体に埋め込みながら、新たな家族との充実した日々を送っている。大病からの再起、壮絶の半生を聞いた。

狭心症の意識不明からカムバックした中元大さん【写真:本人提供】
狭心症の意識不明からカムバックした中元大さん【写真:本人提供】

大手生保への転職は「入ってすぐ後悔」

 住宅販売で“伝説の営業マン”として名をとどろかせ、大手生命保険にヘッドハンティング、独立後は年収6000万。稼ぎまくったビジネスマンが、突然の病に襲われた。事業の行き詰まり、離婚、娘からの絶縁宣告。48歳の時に狭心症で倒れ、4日間意識不明になり、生死の境をさまよった。57歳になる今、心臓の突然死を防ぐ医療機器を体に埋め込みながら、新たな家族との充実した日々を送っている。大病からの再起、壮絶の半生を聞いた。

「自分が満たされる人生を送ることで、パートナーや家族、周囲を幸せにすることができていると思っています」。現在、投資家として活動する中元大さん。人生観について優しい口調で語る。

 仙台出身。大学卒業後、理系にもかかわらず営業に抜てき。大手ハウスメーカーに入社後、めきめきと頭角を現した。「(仙台の繁華街)国分町で、夜のクラブ活動のキャプテンと呼ばれていました」。“最年少店長”として20代で年収1200万円を突破した。

 大手生保に誘われて29歳で華麗なる転職。次々と同僚が辞めていく過酷なノルマ主義の中で、好成績を残し続けた。「正直、入ってすぐ『やってしまったな』と後悔しましたが、後戻りできないと覚悟を決めました」。ひたすら契約獲得に明け暮れ、5年間、走り続けた。その後独立して起業。「年収6000万を稼いでいた頃はフェラーリやポルシェ、ベンツを何台も乗り換え、自慢して見せて回っていました。もともと車は大好きなのですが、ステータスを誇示するために見栄を張っていた面もあります。実はフルローンの自転車操業だったんです」と打ち明ける。

 40代中盤になり、人生の歯車が崩れ始める。長年連れ添った妻との離婚、仕事は人間関係も悪化して頓挫。さらに追い打ちをかけたのは、当時高校生だった娘からの強烈な一言だった。「パパ大嫌い」。そのまま連絡が途絶えた。「家も車も手放し、すっからかんになりました」。転落の一途をたどった。

 かろうじてつかんだ新生活で、最悪の事態が訪れる。「自分はどんなつらいことも耐えられると思っていたのですが、やっぱりすごいストレスで、体が無理だったんですね。離婚後にもともと知り合いだった女性と親しくなりました。彼女も離婚経験者で岐阜に娘2人と住んでいたのですが、そこに住まわせてもらうことになりました。春の季節、彼女の友人夫婦とホームパーティーをしたんです。お酒を飲んで気分よく寝て、その翌朝5時に心臓が止まりました。彼女がすぐに119番してくれました」。突然の出来事だった。

 狭心症で心肺停止。泊っていて居合わせた友人夫婦が心臓マッサージを施し、救急隊が蘇生処置を行った。救急搬送され、一命を取り留めたものの、4日間意識不明の状態が続いた。両親は医師から「意識が戻らなくなることを覚悟してほしい」と告げられた。

 ここで、奇跡が起きる。48歳の誕生日の朝に目を覚ましたのだ。その後1か月ほどで退院し、新たな人生を歩み出すことになった。

奇跡の復活を遂げた【写真:本人提供】
奇跡の復活を遂げた【写真:本人提供】

「我慢しないで、自分らしく生きてほしいです」

 後から聞かされたエピソードがある。両親、医師が集まった緊迫の病床での場面だ。「当時まだ籍も入れていなかった現在の妻が、『私はこの状態のままでも、大さんと一生添い遂げることを決めています』と言ったそうです。なんでそんなに人のことを思えるんだろうって。人生で初めて、本当の意味での愛を知りました」。

 投資ビジネスを立ち上げて一念発起。湘南に新たな自宅を手に入れた。仕事の付き合いのお酒はやめられないが、日々の体調管理と健康第一を考え抜いた愛妻の食事のおかげで、大きな病気をすることなく暮らしている。ただ、左胸にはICD(植え込み型除細動器)が入っている。「これが僕にとってのお守りみたいなものです。今年、電池交換の手術を予定しています。いつ死ぬか分からないからこそ、今、自分が選べる中でベストな時間を大切に生きたいと思っています」と実感を込める。

 現在の妻の2人の連れ子には、気後れすることなく我が子のように自然体で接した。叱る時は叱り、信頼関係を築いていった。それに、男の子をもうけた。そして、前妻の2人の子との関係。「今はもう解消しています。7歳になった男の子をみんなが面倒見てかわいがってくれて。でも、彼はちやほやされて王様みたいに育っちゃってますね」とほほ笑む。

 営業マン時代、自分を押し殺して、相手の機嫌ばかりうかがっていた。売上に執着し、数字だけを追い求め、人のつながりの大事さを忘れてしまった。

「家庭で仕事で、自分を演じることばかり。やっぱり頑張り過ぎちゃうと、体に負担がかかって、ある日突然にダウンしてしまいます。我慢しないで、自分らしく生きてほしいです。僕は小学校の時にいじめられた経験があるのですが、それ以来、人の目を気にする人生を送ってきました。今は、他人がどう見ようとどう思おうと、気にしない。いつ人生が終わるか分からない。だから毎日を幸せに生きたいと思っています。食べ物でも、旅行でも、趣味でも、自分が楽しいことに熱中すること。今の僕は、かつての年収だけを追い求めていた僕より、ずっと豊かで幸せです」と笑顔を見せた。

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