「あっちの世界でもギャンブルに行くんだろうな」小川直也、62歳で亡くなった安田忠夫さんを偲ぶ
“暴走王”小川直也が11日、自身のYouTubeチャンネル「暴走王ch」を更新し、8日に亡くなったとされる、“平成の借金王”と呼ばれた安田忠夫さんを偲ぶ動画を公開した。動画の冒頭で小川は「ヤッさんが亡くなったのは哀しい。落ち込んだね」と話すと、小川いわく「人生100年時代」に、62歳という若すぎる年齢で旅立った安田さんとの思い出話を口にした。

「小川の頼みじゃ、行くか」と師匠・猪木の追悼大会に参加
“暴走王”小川直也が11日、自身のYouTubeチャンネル「暴走王ch」を更新し、8日に亡くなったとされる、“平成の借金王”と呼ばれた安田忠夫さんを偲ぶ動画を公開した。動画の冒頭で小川は「ヤッさんが亡くなったのは哀しい。落ち込んだね」と話すと、小川いわく「人生100年時代」に、62歳という若すぎる年齢で旅立った安田さんとの思い出話を口にした。(取材・文=“Show”大谷泰顕)
まず小川は、安田さんが亡くなったことを「10日の昼過ぎに知った」と話し、最後に会ったのは、2022年12月28日に両国国技館で開催された、「INOKI BOM-BA-YE×巌流島」だったと話した。
同大会は、師匠であるアントニオ猪木の追悼大会として開催されたが、この大会で小川は、令和猪木軍の総監督を務めていた。
「(師匠・猪木の追悼大会だけに)ヤッさんもいなきゃな」と小川が安田さんにも声をかけてほしい旨を主催者側に伝えたところ、主催者側から安田さんに連絡が入り、「小川の頼みじゃ、行くか」という雰囲気で「(会場に)ヤッさんも来てくれたんだよね。あれは嬉しかったな」「本当に恩義を大切にする人なんだなってあったね。ああいうふうに見えてもね」と振り返る。
さらに安田さん本人から「俺にはその日暮らしが合っているんだよ、って話していたけど、稼いだカネは全部、競馬に使っちゃったり、パチンコに使っちゃったりとかさ。そんなことばっかり言っているから、そんな生活をして楽しんでいるのかなと思っていた」と話すと、「だけど、まさかねえ。62歳でしょ。ホント残念だよ」と続けた。小川からすると、「人生100年時代に、62歳は早すぎる。まだ半分すぎたくらい」と故人の死を悼んだ。
亡くなる直前の安田さんは、現在、京成立石駅周辺が再開発に入っているため、夜勤で踏切の監視員をしていたとされるが、小川は「ヤッさんは憎めないね。でも、俺も結構ヤッさんにはやられたよ」と明かし、2000年代に開催されていた「ハッスル」のリング上での攻防について話し始めた。
安田さんがイスを使って攻撃した際、「鉄パイプの部分を思いっきし(小川の)頭に当てやがってさ。わざわざご丁寧にダメージのある部分を頭に当てられて。あの時は俺も、5、6針はぬったんじゃねえかな。頭だよ、テッペンだよ、ヤバかったよ」と話すと、「最悪だよ、ホントに…!!」と思ったという。
また、小川と安田さんといえば、「INOKI BOM-BA-YE 2001」(2001年大みそか、さいたまスーパーアリーナ)。小川に参戦オファーがあったものの、条件が合わずに断ったため、その穴埋めを安田さん出場した。その結果、“K-1の番長”ジェロム・レ・バンナに激勝し、日本国中を熱狂させたことがあった。
これに関して「あの後、猪木さんに連れられて(安田さんがラスベガスの)カジノにいた話も聞いたよ」と話すと、その時の話を披露する。
安田さんから直接、「お前のお陰で、俺に出番が回ってきて、俺、勝った後、猪木さんに呼ばれて、ラスベガスのカジノに行ってきたよ。ありがとう」との会話を交わしたという。

安田VSバンナ戦後のラスベガスでも一瞬にして猪木にもらったカネを溶かす
ただし、小川は「俺が断ったギャラの値段(小川の条件は1億円だった)を聞いて、ヤッさんが怒っちゃってさ。俺(安田さん)もそのくらいもらえると思っていたら、ちっとももらえなかったよ」と安田さんは愚痴をこぼしたそうだ。
ちなみに小川はその際、安田さんに「当時、新日本の社員だったじゃん(※正確に社員でなくとも月々のサラリーを新日本から払われていたの意)。だから、『それは社員だったからしょうがないんじゃないですかね』とは言ったけどね」と語ったが、たしかに月々の給料以外に1億円をせしめようとしたのであれば、なかなか面の皮が厚すぎる話だったかもしれない。
なお、小川は安田VSバンナ戦のあった日は国外におり、リアルタイムでその試合を見てはいなかったと話した。
しかも安田さんは小川に対し、バンナ戦後に師匠・猪木に誘われたラスベガスのカジノで、「猪木さんにもらったお金も一瞬にしてなくなった(溶かした)って赤裸々に語ってましたよ。そうやって包み隠さずに話す人だから面白かったよ」と故人を偲んだ。
その上で安田さんとの思い出を振り返り、「相撲取りってデケエんだなってあの人と試合して思ったからね。突っ張りしてもぶっ飛ぶわけよ。だから相撲取りをナメちゃいけねえなと思って。あの突っ張りも、普通に受けていたらヤバかったからさ。なにしろ、動かないよ。だから相撲取りのすごさを教えてもらったのはヤッさんだったなあ……」と話した。
最後に師匠・猪木と、安田さんが付き人でもあった“破壊王”橋本真也とのあの世での再会について思いを巡らせながらこう語った。
「あっちの世界でヤッさんは“破壊王”にも会って、猪木さんにも会って、『やっちまいました』って感じで言いに行くんだろうな」「そしたらまた、猪木さんや橋本真也に叱られながら、向こうの世界でも生きていくんだろうな」
小川からそんな話が出ると、たしかにその光景が自然と目に浮かんでくる。
「(いろんな意味で)偉大なプロレスラーがいなくなっちゃったけど、(ああいう選手が)一人欠けるって大きいよな。寂しい! そのひと言に尽きるよ。プロレスに関してはいろんな功績を残してくれた人なんで、ただただ、ご冥福を祈ることしかできないけどな。安らかにあっちの世界でも楽しくやってほしいよな」と話すと、「あっちの世界でもギャンブル場があればギャンブルに行くんだろうな」と続けた。
最後の最後に小川は、「なんて言っていいか分からないから、今日はこの辺にしとくけど、ホントにお疲れ様でしたってことを言ってあげたいよ」と天を仰いだ。
「残念だよなあ……」
動画内で、何度も小川はそう口にした。それだけ安田さんの存在感と人柄を失ったことは小川にとって大きかった、という証拠だった。改めてご冥福を祈りたい。合掌。
(一部敬称略)
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