久米宏さんは“生放送の天才” 『ニュースステーション』スポーツキャスター・朝岡聡が明かす「しゃべりへの覚悟」

テレビ朝日を1995年に退職し、フリーアナウンサーに転身して今年30周年の節目となる朝岡聡アナ。テレビ朝日系『ニュースステーション』の初代スポーツキャスターを務め、フリー転身後もスポーツ番組にレギュラー出演するなどスポーツの印象が強い。だが、今は意外な分野で活躍している。自称「コンサートソムリエ」。朝岡アナに近況や今後の抱負とともに1月に亡くなった久米宏さんへの思い、さらに近年、増えている局アナのフリー転身の流れに何を思うか尋ねた。

取材に応じた朝岡聡アナウンサー【写真:ENCOUNT編集部】
取材に応じた朝岡聡アナウンサー【写真:ENCOUNT編集部】

現在は「コンサートソムリエ」として活躍

 テレビ朝日を1995年に退職し、フリーアナウンサーに転身して今年30周年の節目となる朝岡聡アナ。テレビ朝日系『ニュースステーション』の初代スポーツキャスターを務め、フリー転身後もスポーツ番組にレギュラー出演するなどスポーツの印象が強い。だが、今は意外な分野で活躍している。自称「コンサートソムリエ」。朝岡アナに近況や今後の抱負とともに1月に亡くなった久米宏さんへの思い、さらに近年、増えている局アナのフリー転身の流れに何を思うか尋ねた。(取材・文=中野由喜)

 そもそもコンサートソムリエとは何か。

「ワインソムリエがブドウの産地や種類、味わい、香りなどを分かりやすく教え、飲んでみたいと思わせてくれるように、クラシック音楽のコンサートで曲の演奏前に曲の背景や作曲者のエピソード、聴きどころなどを分かりやすく、親しみやすく案内する仕事です」

 なぜ音楽の分野に足を踏み入れたのか。

「もともと音楽が好きなんです。小学生の時にリコーダーが好きになり、中、高もブラスバンド部でトランペットを担当しながら続け、大学でも古楽専門のサークルでやっていました。リコーダーはもともと王侯貴族の楽器で500年近い歴史があります。そうした音楽の歴史などを調べたりするのが好きなんです。それを生かしなりわいのトークと合体させ、コンサートソムリエと自分で名付けて活動しています(笑)」

 コンサートソムリエの道を決めた時期を尋ねると、フリーならでは事情も明かした。

「フリーになったらやりたいと確かに思っていました。ですがフリー転身直後はテレビやラジオのレギュラー番組中心の生活になりました。ですが5年ほどたった時、一部の深夜番組を除いてレギュラー番組がぱっと無くなってしまったんです。テレビの出演者には番組が無くなったらどうしよう、仕事が無くなったら…という不安感が強くあるもの。当時、子供は3歳と1歳。すごい不安に襲われました。その時、しゃべり手として生きていくには他の人がやっていないことをやらないといけないと思ったんです。そこで自分の強みは何かと考え、好きなクラシックを仕事のフィールドにと考えました」

 そこからの行動力はすさまじかった。

「米国にテレ朝時代の同期がいたのでニューヨークのメトロポリタン歌劇場に『蝶々夫人』を見に行きました。有名な悲劇でストーリーは分かっていても隣で女性が号泣しているんです。オペラはすごいと思い、これは本場で実際に見なければと、2、3泊の弾丸旅でウイーン、ロンドン、パリなどに行きました。音楽現場を体感し名所、旧跡も見て写真に撮り、おいしい物も撮って帰国し、出版社に売り込んで、毎月見開き2ページの特集を組んでもらいました。あの経験で得た知識や感覚は今でも大いなる財産です」

 現在、東京都交響楽団と一緒に都内の公立の小中学生を対象にしたオーケストラ体験コンサートの司会も担当している。クラシックになじみのない子どもたちを満足させるのは大変そうだ。

「真剣勝負です。小中学生は面白ければ前のめり、つまらないと寝ちゃいます。そこでは、いつも“しゃべりの筋トレ”をやっています。すごいエネルギーと話の材料が必要となり、話術磨きの場。音楽鑑賞教室は約20年やっていますが自分の進化に役立っています」

 仕事にやりがいを感じている様子が伝わる。話し方も相変わらずエネルギッシュ。

「66歳で年代的には定年を過ぎていますが、経験がどんどん増えていく分、今が旬という気持ちかな。積み重ねてきた経験もありますが、コンサートの司会で新たな経験ができ、知恵になり、財産になる。それを次に生かしたいと思える。まだいける。もっとできる。もっとやりたいと思えるんです」

明かした2人の“師匠”「仕事に対する覚悟を感じた」

 ここで印象的な思い出を尋ねると2人の“師匠”を紹介してくれた。

「テレビ朝日に入社した時、5つ上に古舘伊知郎さんがいて当時、プロレスの実況中継で一世を風靡していました。テレ朝入社直後の僕は、8か月間プロレス担当になったんです。その時、古館さんのしゃべりに身近に接し、鍛えてもらいました。私の師匠の一人は古館さん。2人目の師匠は久米宏さん。入社4年目に始まった『ニュースステーション』でご一緒しましたが、あの方は生放送の天才。社会、スポーツ、政治と幅広い分野ですごく視点がハッキリしていたし、ジャーナリスティックな感覚を人一倍持っていました。当然、話術は素晴らしい。何より、しゃべりに対する覚悟がありました。報道番組であれだけコメントし、政治家と話して怒らせたり。人間の本音を引き出す話術は凄かったです。覚悟がないとあのしゃべりはできません。軽妙洒脱なしゃべりと言われがちですが、しゃべる仕事に対する覚悟を感じました。2人を私は勝手に師匠と感じています」

 近年、フリーに転身するアナウンサーが多い。フリーアナの先輩としてどんな思いで見ているのだろう。

「局アナは大転換期にあると思います。昔のように有名なキー局に入社したから満足できる時代は終わっています。これからは何を自分が伝えていきたいかを考える時代。局アナであってもフリーであっても自分は何を使えたいのかを考え、伝えるならそれについてのエキスパートにならないといけない。原稿だけ読むような生活では何を伝えるか見つけにくい。何のために自分はしゃべるのか。何を伝えたいのかを考えている人が生き残っていけると思います」

 現在66歳。今後の生き方を聞いた。

「同期たちはサラリーマン生活が終わって悠々自適というか、自由な時間ができて旅に行きたいとか言っていますが、僕は今も現場に行って取材し、書いたり、伝えたりを含め、伝える仕事をますますやっていきたいと思っています。年を取るのは楽しいです。今までの経験は財産。そこを生かせたらと思います。人間は引退すると一気に老けたりすることが多いみたいです。いつかその時が来るでしょうけど、僕はまだまだ前に進みたいです」

□朝岡聡(あさおか・さとし)1959年10月26日、横浜市生まれ。慶応大卒業後、82年にテレビ朝日に入社。報道やスポーツ番組で活躍し、85年にスタートした『ニュースステーション』の初代スポーツキャスターに就任。その後も『ニュースシャトル』で星野知子とともにキャスターを務める。95年にフリーへ転身し、テレビ東京系『激生!スポーツTODAY』、TBS系『筋肉番付』などにレギュラー出演。現在はクラシック音楽やオペラ関係のコンサートの企画や司会を中心に活動。日本ロッシーニ協会副会長。日本音楽教育文化振興会理事。東京芸術大学客員教授。

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