「あなたの血液で娘は1か月生きられた」 希少な血液型の男性、40年続けた献血の理由

人には、特別な血液型を持つ人が一定数いる。そうした血液が、とりわけ貴重になるのが輸血の現場だ。Rh-(マイナス)O型で、40年以上にわたり献血を続けてきた男性がこのほど、感謝状を贈られた。男性の運命を変えたのは、1通の手紙だった。希少な血液を持つ人の、献血の裏側にある努力と思いに迫った。

感謝状を贈られた(一部加工処理しています)【写真:本人提供】
感謝状を贈られた(一部加工処理しています)【写真:本人提供】

酒、たばこ、海外渡航、手術歴無し…献血備え40年の体調管理

 人には、特別な血液型を持つ人が一定数いる。そうした血液が、とりわけ貴重になるのが輸血の現場だ。Rh-(マイナス)O型で、40年以上にわたり献血を続けてきた男性がこのほど、感謝状を贈られた。男性の運命を変えたのは、1通の手紙だった。希少な血液を持つ人の、献血の裏側にある努力と思いに迫った。

 Xユーザーのもーりー(@morrie_kiss)さんが、自身の血液型の希少性を認識したのは16歳のときだった。

「16歳になった際、献血出来るようになりましたので、献血を行ったところ、保健所から連絡がありました。不思議に思いながらうかがった際に『貴方はO型と献血されましたが、調べたところRh-のOです』と説明がありました。そこで、自分の血液型が希少なものと知り、事故や手術の時は心配だなと思いましたが、その時に-O型は同じ-O型からしか輸血できませんが、他の血液型には提供できますので、ぜひ献血をお願いしますと言われました」

 厚生労働省の資料によると、日本人のうちO型は約30%を占める。一方、Rh陰性(-)は極めて少なく、血液型全体の約0.15%前後と推計されている。そのため、献血の現場では特に重要視されており、地域によっては当事者によるコミュニティーも存在する。

 家族の中でも同じ血液型は1人だけだったため、もーりーさんはその事実を頭の片隅にとどめていた。だが、20歳のときに転機が訪れる。

「その後は、学校に献血車が来たときに協力する程度でしたが、20歳のとき、何気なくテレビを見ていたらRh-型の献血要請のテロップが流れてきました」

 当時は、緊急時にテレビやラジオを通じて献血が呼びかけられていた。たまたま時間に余裕があったもーりーさんは、その要請に応じ、献血センターへ向かった。

 約1か月後、もーりーさんのもとに1通の手紙が届いた。差出人に心当たりはなかった。

 封を開けて読んでみると、そこには、1か月前に献血し輸血を受けた患者の父親からの言葉がつづられていた。

「献血する際、(輸血を必要としている相手は)同世代のお嬢さんとは聞いていたので、読み進めると、『献血に協力されたおかげで娘は手術できました。しかし、その後容態は悪化し、先日亡くなりました。亡くなりましたが、献血してくださったおかげで1か月ほど一緒に過ごせました』という感謝の言葉とともに、『今後も娘のような方のためにもぜひ献血をお続けください』と書かれていました」

 思いもよらない内容に、もーりーさんは強く心を揺さぶられた。

「お嬢さんの命を救えなかったことは悲しかったですが、自分の血液が他人を救えるものなんだと思い、このお父様に献血を続けますと約束の返信をしました」

 献血は誰もができるものではない。対象は16~69歳までの健康な人で、体重、血圧などの基準を満たす必要がある。もーりーさんは体調管理を徹底し、生活習慣にも気を配ってきた。

「社会人になってからも、ずっと営業職で連絡は取りやすいし、幸いにも中肉中背、海外渡航、手術歴無し、酒、たばこやらず。禁己薬品服用無しと条件が揃っていますので、赤十字に登録してもらい、献血が必要な際は要請をいただきましたら即日献血を行うようにしております」

 その態勢を、40年にわたり続けてきた。

献血は「いいことづくめ」 還暦まで健康体維持「逆に感謝」

 手元に届いた感謝状には、長年にわたる献血への貢献に、「そのご努力に対し、厚く感謝の意を表します」と記されていた。もーりーさんがSNSに投稿すると、「なんて素晴らしい」「家族や親戚がRh-型。本当に貴重」「脱帽です」「神様みたいな人ですね」といった声が相次いだ。

 現在も、3か月に1回ほどの頻度で要請を受けている。還暦を迎えているもーりーさんは、献血について「いいことづくめ」だと振り返る。

「要請がある時は自分の血液が必要な時ですので、いつでも要請に対応できるよう、飲酒や薬の服用、体調には気をつけるようになりましたので、逆に献血に感謝しております」

 手紙から始まった約束は、40年たった今も、変わらず続いている。

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