元プロレスラー安田忠夫さん急死 勝負も人生も規格外 ギャンブルと人情に愛された“借金王”の素顔
元プロレスラーの安田忠夫さんが8日、亡くなった。62歳だった。大相撲では孝乃富士のしこ名で小結まで昇進した実力の持ち主であった一方、「借金王」と呼ばれるほどギャンブルにのめり込んだ破天荒な一面で知られた。長年親交のあった田山正雄レフェリーが、その素顔を明かす。

表に出せない話ばかりだが…
元プロレスラーの安田忠夫さんが8日、亡くなった。62歳だった。大相撲では孝乃富士のしこ名で小結まで昇進した実力の持ち主であった一方、「借金王」と呼ばれるほどギャンブルにのめり込んだ破天荒な一面で知られた。長年親交のあった田山正雄レフェリーが、その素顔を明かす。
「とてつもなくダメな人間だったけど、いい人だった。それは間違いない。ちょくちょく優しさがあったんです」
田山さんは、そう前置きして思い出を語り始めた。
「自分の息子が車の中で吐いてしまったことがあって、僕は『なんで吐くんだ』と怒ってしまった。そしたら安田さんが『吐くのはわざとじゃないし、そんな怒っちゃダメだよ』って言ってくれた。人の良さが、そういうところに表れていました」
ただ、思い返されるのは、ほとんどが表に出せない話ばかり。「不謹慎な話しかない。山ほどあります」と苦笑した。
人生そのものがギャンブルだった。賭け事は安田さんの生きがいであり、同時に生活を狂わせた元凶でもあった。
「家族が安田さんを呼んで、『あなた、私たちとギャンブル、どっちを取るの?』と問い詰めたことがあった。すると安田さんは激高して立ち上がり、『お前らに決まってるだろ!』と涙を流しながら怒った。そこで『お父さん、信用していいのね?』と念を押すと、『バカ野郎、俺は賭けてもいい!』と言い切ったとか。本当かどうか分からないような話もある」
笑い話のようだが、安田さんらしさがにじむエピソードでもある。
巨額の借金を抱え、プロレス団体にまで借金取りが押しかけたこともあった。レスラー仲間や後輩から金を借り、返せなかったことは一度や二度ではない。
「お金を持っていないのに、僕が落ち込んでいたら『飯でも食え』ってごちそうしてくれた。でも、よく考えたら、それ僕の金じゃねえかって話なんですけどね」
それでも、なぜか憎めなかった。根は明るく、裏表が嫌いなまっすぐな男。不思議な魅力に引きつけられた。
甘い飲み物が好きだった一面も印象に残っている。
「お酒はほとんど飲まなかった。コーヒー牛乳が大好きで、コンビニにある甘いミルクコーヒーみたいなものばかり飲んでいた。甘い、子どもが飲むのようなやつ。千葉に行くと、千葉にしか売っていない缶コーヒーがある。あれを自販機で見つけると、売り切れるまで買っていました。それしか飲まないんです」
プロレスデビューは30歳。田山さんにとって、最も印象に残る試合でもある。
「デビュー戦が一番ピークだったレスラーは後にも先にも安田さんだけでしょう。リングサイドの若手も、お客さんも、みんな安田さんを応援していた。本当に涙を流しながら。30歳を過ぎて、年下の後輩にしごかれながら必死に頑張っていた。その姿をみんな見ていたんです。伝説ですよ、あの試合は。会場が『返せ、返せ!』って一体になっていました」
数々の逸話とともに、安田さんの型破りな人生は幕を閉じた。
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