元プロレスラーの安田忠夫さん死去 藤波辰爾が偲ぶ「根はさみしがり屋」「レスラーの枠にはまらない」

プロレスラーの藤波辰爾が、8日に亡くなった元プロレスラーの安田忠夫さん(享年62)を悼んだ。

藤波辰爾【写真:ENCOUNT編集部】
藤波辰爾【写真:ENCOUNT編集部】

早すぎる死を悼む 「本当に残念です」

 プロレスラーの藤波辰爾が、8日に亡くなった元プロレスラーの安田忠夫さん(享年62)を悼んだ。

 安田さんは大相撲で孝乃富士のしこ名を名乗り、小結まで昇進。その後、プロレスに転向し、1994年2月24日、東京・日本武道館で行われた馳浩戦でデビューした。藤波は新日本プロレスの社長としても、安田さんの闘いぶりを長く見守ってきた。

 藤波は安田さんについて、「レスラーとしては体も大きく、新日本の中では目立つ存在だった。時折、隠し玉のように猪木さんが起用していた。選手の中でも、何かにつけて話題になる存在だった。本当に残念です」と語り、突然の訃報を惜しんだ。

 無類のバクチ好きで、「借金王」と呼ばれるほど型破りな人生を歩んだ一方で、その人柄はどこか憎めなかったという。

「相撲からプロレスに来て、破天荒というか、そういう姿しか頭に浮かんでこない。ただ、根はさみしがり屋。いろいろありましたが、そのたびに坂口(征二)さんが叱りつけて、言うことを聞いていましたね」

 さらに「レスラーとしての物差しでは測れない。本人も、レスラーという枠にはまることを好まなかった。我が道を行くタイプだった」と、安田さんの素顔を振り返った。

 とりわけ忘れられない試合として挙げたのが、“世紀の番狂わせ”と呼ばれた2001年大みそかのジェロム・レ・バンナ戦だ。

「世間に対して一番、大手を振って勝ち名乗りを受けたのはバンナ戦でしょう。彼の人生の中で、あの時が一番華やかに見えた。猪木さんが、いろいろなチャンスを与えて日の当たる場所をつくってくれていた」と回想した。

 近年は警備員として働いていた安田さん。8日は出勤予定だったが職場に姿を見せず、心配した同僚が自宅を訪ねたところ、室内で倒れているのが見つかった。

 安田さんの最近の様子について、元レースクイーンで娘の彩美さんは、「特に変わった様子はなかったです。いつも通りと言えば、いつも通り」と話している。

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