爆破、仕掛け、退団騒動のGLEAT…社長自ら「一生のお願い」 直近の後楽園大会に向け動いた真意
新日本プロレスでゴールデンルーキーのウルフ アロンがデビューしたかと思えば、棚橋弘至が引退し、EVILや高橋ヒロムの退団が公になるなど、出会いと別れが話題になる昨今、GLEATにおいては年末に退団騒動が注目された。今回はGLEATを運営する鈴木裕之社長を直撃。真相を聞いてみた。

開催9日前の段階で300枚しか売れていないとの報告
新日本プロレスでゴールデンルーキーのウルフ アロンがデビューしたかと思えば、棚橋弘至が引退し、EVILや高橋ヒロムの退団が公になるなど、出会いと別れが話題になる昨今、GLEATにおいては年末に退団騒動が注目された。今回はGLEATを運営する鈴木裕之社長を直撃。真相を聞いてみた。(取材・文=“Show”大谷泰顕)
本題に入る前に、現在はGLEATのチケット担当を務める林和広(2024年7月にプロレスラーを引退したカズ・ハヤシ)が2月11日に開催される後楽園ホール大会のチケット状況を、大会9日前になる2月2日に投稿したXのポストを紹介したい。
そこにはスーツにネクタイを絞めた林が鈴木社長を数多くの車が行き交う幹線道路の側道に呼び出し、状況を報告する3分弱の動画が貼り付けてあるのだが、林は鈴木社長に対し、「300枚ぐらいです」と口にするのだ。思わず「嘘でしょ!」と返す鈴木社長。たしかに会場の収容人数を考えると、さらに900枚はチケットを上乗せして売らないといけないことが明かされている。
結局、動画の最後は「私たちにできることはあれしかない」と口にした鈴木社長が林とともに手を合わせ、「皆様、2月11日、後楽園ホール大会、是非とも会場にお越しください。一生のお願いです」と視聴者に向かって懇願するのだ。
たしかに不況にあえぐ日本列島とはいえ、このシュールすぎるポストには、現在6万以上の再生数が記録されている。
そんな一風変わったというか斬新すぎるチケット戦略をも駆使しながら、2026年7月で旗揚げから丸5年を迎えるGLEAT。だが、5年前を振り返ると、まずは長州力と田村潔司の両名がGLEATを運営するリデットエンターテインメントの役員に名を連ね、ともに膝を突き合わせて会議を行っていたことが業界を仰天させた。
長州と田村といえば、その因縁は1995年にまでさかのぼる。日本プロレス界における伝説的な大会に「10・9」と呼ばれる東京ドーム大会(1995年10月9日)があり、そこで新日本プロレスとUWFインターナショナルによる全面対抗戦が実施された。会場はかつてないほどの観客で埋め尽くされたが、ここに一人背を向けたのが、Uインターに所属していた田村だった。田村は、対抗戦は否定しなかったものの、それに対する踏み切り方が気に入らなかった。結果、Uインターは対抗戦に敗れたが、この時、新日本を率いていたのが長州力現場監督だった。これにより両者の関係は、因縁浅からぬものとなっていく。
「(プライベートで両者が会っていなければ)あれ最初で最後ですよ。2人が会って話すっていうのは」
最初にこの話を鈴木社長に向けると、そんな言葉が返ってきた。

旗揚げ当初のイメージは、GLEAT=ビックリ箱
実際、年末でエグゼクティブディレクター(ED)を退任した田村の写真はすでに取り外されていたものの、会社の入口には今もなお長州の写真が飾ってある。
鈴木社長いわく、「長州さんに関しましては、ウチの会社の顧問としてスタートして、広告事業の営業フォローをずっといただいていたんです。やっぱり長州力が顧問ですってクライアントさんのところに行くと、『じゃあお仕事をお願いしましょうか』みたいなふうにはなるので、そういったところではものすごく貢献をしていただいた」と話す。
また田村EDの退任に関しては、「5年前から選手としてリングに上がってもらいたかった」ため、「今後は選手として正式にオファーをさせていただきたい」という理由があったが、それ以外には「ウチもビッグネーム頼りというよりは、若者たちに託してやっていこう」という思惑があったという。
「ウチの所属選手に、お客様の目の前に立つべき選手たちに託そうってことで、田村EDにもそれが理由で年末に退任いただいたりとか、長州さんもこの後、オブザーバーは退任されて、顧問業務に戻っていただくって感じになりますかね」
長州の役職に関しては正式に決定次第、改めてリリースする予定とのこと。
それでも因縁浅からぬ長州と田村が運営側に名を連ねたのには理由があった。
「無名に近い我々がある程度認知力を上げるとなると、そういうところではすごく貢献していただいたのかな」
実際、長州オブザーバーには頼り切らず、「たまにベルトを渡しに来てもらったりとか、そういう仕事は初期のところではあったんですけど、田村EDに関しては、最初、ウチの所属選手をみんな見てもらって、途中で井土徹也らをお任せして、井土に関しては昨年11月くらいまで週1~2回はしっかり練習をつけてもらっていました。ですので、田村さんに関しては、プロレスラーを育てるためのご協力はいただいていました」と明かす。
旗揚げ当初こそ、長州や田村の名前、新日本や全日本といった老舗団体の協力もありながら運営を続けていったものの、裏を返すとそこには思わぬプラスとマイナスの誤算が待ち受けていた。
「次にどんなスペシャルゲストが来るのかが話題の団体になっていって、GLEATはビックリ箱みたいな発信の仕方だったんですね。あとは、何よりCIMAたち『ストロングハーツ』との出会いがあって、旗揚げこそ大きな会場(東京ドームシティホール)を押さえたものの、年に何回かできればいいかって考えていたのが、彼らと出会えたことでシリーズで月々やっていくみたいな。それはとくにCIMAの力が大きんですけど、北海道大会、九州大会、沖縄大会をすることができたおかげで、いわゆる全国で大会を開催しているスケール感が出せたんです」

河上隆一の有刺鉄線バットで爆破される鈴木社長
鈴木社長はこの流れを、「メジャーとインディペンデンスの間みたいな。ベンチャーって言ってましたけど」と口にしたものの、マイナス面は「結果的にはビッグネームが出て、ウチの選手が前に出きれないっていう状態が続いていたんです。と同時にコスト(予算)の問題も出てきた。ビッグネームを呼んでもマンネリ感が出てきてしまう。しかもファンの皆様にしても、団体の所属選手を応援したいのに……というのと、所属選手にしても、自分たちがGLEATを引っ張っていきたい気持ちがあるにも関わらず、そこまで(ビッグネームの)依存性が高くていいのか」と話した。
結果として所属選手があくまでメインだという意識の下、現在はGLEATを運営しているという。だからこそ鈴木社長は、自身のXでのポストの更新頻度を極力抑えてきた。
それに関して鈴木社長は、「結局、他団体のビッグネームが出てくるGLEAT、ストロングハーツのGLEAT、何より私、鈴木裕之のGLEATといわれることがあって、私が前に出過ぎると、非常に愛情強く団体を大きくしようとポストもいろいろするんですけど、やっぱり出過ぎちゃダメですね。だから今は一歩引いて、所属選手に託す。それも会社側からこうしてくれああしてくれじゃなく、選手たちに委ねる、みたいなところが……そうしたら面白くはなってきましたね」と語った。
その流れを否定する気はないが、例えば鈴木社長が大仁田厚にはがいじめにされ、河上隆一(現・河上“シャーマン”隆一)が有刺鉄線バットで爆破される場面(2024年6月9日、名古屋国際会議場イベントホール)は、“ここまでカラダを張れる社長なんて他にいないよなー!”という強い印象を持ったことを覚えている。
とはいえ、今現在は所属選手個々が発信するSNSにしても会社で均一化していないため、鈴木社長からすると驚くようなことを投稿する選手もいるという。
鈴木社長はこの手法を「押してダメなら引いてみな」という父親から教わった日本に古くからある言葉を用いていると話した。
実際、鈴木社長は「僕はグイグイ行ってましたから、ポストする度に『一生のお願い!』って使ったり。そうすると熱量が一番高いのは社長じゃない? って言われたり。でもこれはウチの良さであり弱点なんですけど、ウチはよく考えている選手が多いんですよ。ただ、言語化があんまり得意じゃないというか。それでも話すと深いものを持っていて。要は、誰が一番GLEATを愛しているのか。それは私でも構わないのかもしれないけど、それが選手のなかから見えてこないと、先はないのかなって思いますね」と語った。
その上で鈴木社長は、「選手に、信じて託してみようって選手が出てきたことが大きいですね。5年も経つと短くないので、なんとなく関わりの深さも見えてくるじゃないですか。そういう意味で本当の意味での旗揚げは今年なのかもしれませんね」と自信をうかがわせる。

「コロナ融資」の返済期限が迫ってきた
鈴木社長のGLEAT愛は理解できた。だからこそ旗揚げから紆余(うよ)曲折あったGLEATにおいて、存続危機を声高に訴えたのは他の誰でもない、鈴木社長自身だった。それは昨年の頭に掲載された『週刊プロレス』誌上での鈴木社長インタビューでのこと。
そこには「このままでは続けられない」「2025年7月に、このまま続けるか判断します」と打ち上げた。しかも「会議にも一切出ないことにしたんです。さらに直接、私に選手が何かを言ってくることを控えてもらいましたね」という過去にないアプローチ法に打って出たのだ。
目的は所属選手の覚醒と自立を促すためであり、GLEATを存続させるための手段だったが、「この5年、毎年のように前年対比を超える経営をしてきたんですけど、『コロナ融資』というのがあって、元金返済を3年後、5年後というのがあったんです。それをウチも去年から大口で返済開始しないといけないものがあって、業績は悪くないけど、融資の返済額がドカンと上がってしまった。それでも選手に関しては給料を下げたことはないんですけど、横ばいか微増でやらせてもらってきたので。ただ、しばらくは緊張状態が続くよっていうのがあったんですね」。
こうした鈴木社長の発言に最も責任を感じていたのがCIMAだった。
「実際、CIMAとは長い年月をかけて話し合って、お互いの方針を理解してわかり合っていたと思うんです。ただ、財務的な会社全体の不況感というか不穏感があったのは間違いありません」
そんななか、CIMAが意味深な発言を残した。10月9日の後楽園ホール大会の試合後のことだ。これに関して鈴木社長が解説をする。
「(CIMAは)『仕掛け』と『仕打ち』っていう言い方をしたのかな。仕打ちを受けたってことだと思うんですよ、本人の(意識の)なかでは。これも、言ってしまえば誰がやったって言っても、責任は全部私にあるので会社から仕打ちを受けたってなるんですかね。ただ、その後もちゃんと話をして、本人とは(GLEATを)出るにしても残るにしてもシェイクハンドで終わらそうっていうことになって」
結局、CIMAはGLEATを辞める選択をし、CIMAのツテでGLEATと関わっていた吉野正人コミッショナーも退団することに。
他には退団した選手に愛鷹亮がいたが、これは「役者をやりたい」との希望を持っており、当初はGLEATの所属しながら、という意向もあったものの、主体をどちらにおくのかを問い正した結果、「一度、役者をやりたい」との結論に至ったという。
冒頭に書いた通り、人生には出会いがあれば別れもある。それがあるから豊かな人生を送れるという意味でもある。GLEATに関しては、直近に迫った2月11日の後楽園ホール大会をなんとか成功させてほしいし、旗揚げ丸5年の今年は、これまで以上に記念すべき爆進を遂げてほしいと願うばかりである。
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