注目集める25歳・茉ひるの“数字”にとらわれない哲学 社会人の陸上女子400m選手、楽曲が海外拡散→音楽一本へ
2026年1月28日、1人のアーティストが大きな節目を迎える。シンガー・ソングライターの茉ひる。彼女がメジャーデビュー曲として放つ『百日草』は、冷ややかな世界に灯る体温のような温もりを宿したバラードだ。アジアツアーを経て国境を越えた愛を受け取った彼女が、今、偽りのない自分をさらけ出し、聴く者の心を包み込もうとしている。

アジアで熱狂的人気に…きっかけは車の走行動画
2026年1月28日、1人のアーティストが大きな節目を迎える。シンガー・ソングライターの茉ひる。彼女がメジャーデビュー曲として放つ『百日草』は、冷ややかな世界に灯る体温のような温もりを宿したバラードだ。アジアツアーを経て国境を越えた愛を受け取った彼女が、今、偽りのない自分をさらけ出し、聴く者の心を包み込もうとしている。(取材・文=磯部正和)
茉ひるの名は今、台北、香港、韓国、タイなどアジア諸国で熱狂的に受け入れられている。21年の活動開始当初、路上ライブから歩み出した彼女にとって、現在の光景は決して計算されたものではなかった。SNSという大海原で、彼女の楽曲は独自の視覚情報と結びつき、世界中へ拡散されていった。
「ファンの方が車の走行動画に私の曲を使ってくださったのがきっかけです。私も自分の曲を車の走行動画に使うようになると、海外からのコメントが増えました。毎日投稿をする中で、『次は中国語を載せてみよう』『英語を載せてアップするとどうなるだろう』と試行錯誤を続けた結果、どんどん海外に広がっていったのだと思います」
言葉の壁も軽やかに乗り越え、現地の言葉を丸暗記してステージに立つひたむきさは、ファンの心に深く突き刺さった。今年5月に開催される台北ライブのチケットが30分で完売した事実が、その勢いを物語る。だが、熱狂の中にいても彼女は驚くほど冷静だ。
「私はライブの規模に執着していなくて。完売させたい気持ちより、来てくれる一人ひとりに伝えたいという思いが強いんです。どこへ行ってもその気持ちは変わらない。メジャーデビューしても、会場が大きくなっても、私自身の心に大きな変化はないのだと思います」
彼女のキャリアを語る上で欠かせないのが、音楽の世界へ飛び込む以前の、ストイックなアスリートとしての過去だ。学生時代から社会人まで、彼女は陸上競技、それも最も過酷とされる400メートル走に心血を注いできた。コンマ1秒の差が全てを決する勝負の世界。そこで彼女が学んだのは、目標を達成することの喜び以上に、数字という制約に縛られることの危うさだったのかもしれない。
「これは私の経験なのですが、学生時代から社会人まで陸上を続けていた時、数字にすごくとらわれていた時期がありました。それが日々楽しいことかと言われると、そうは思えなくて。表彰台に乗りたい、数字が欲しいという気持ちで、達成した時は楽しいのですが、その過程ですごく落ち込むこともありました。達成した後に脱力してしまうくらいなら、果てしないほうがいいのではないかと。音楽を始めてから、どんどんそういう気持ちに切り替わっていきました」
夢に上限を設けない美学は、コロナ禍という停滞期にさらに強固となった。競技場が閉ざされた日々、生きた心地を求めて手を伸ばしたのが音楽だった。ピアノは独学、バンド経験もなし。専門教育を受けていない彼女が短期間で支持を得た背景には、天性の感性がある。
「父がバンドのボーカルだったらしく、音楽の感性はあったのかもしれません。コロナ禍で将来を模索していた時、路上ライブを見て『私もやってみたい』と思ったのが大きなきっかけでした」

音楽でつかんだ喜びと目標「いつか世界陸上のテーマソングを」
幼少期にテレビから流れた大塚愛や西野カナ、そして懐メロ。その音楽的血脈は、彼女の楽曲の端々に宿る。特にメロディーラインへのこだわりは強く、日常のふとした瞬間に言葉と旋律が降りてくるという。
「日常の気づきをメモしておき、集中したい時にそれを引っ張り出します。歌詞が浮かんでくるのは、常にアンテナを張って生活しているから。言葉がこぼれ落ちないように意識しています」
社会人として働きながら路上に立ち、23年末に意を決して音楽一本の道を選んだ。その背中を押したのは、彼女の情熱を間近で見てきた職場の上司の言葉だった。多くの支えに報いるためにも、彼女は自身の表現に対して一切の妥協を許さない。同世代の女性たちの心を揺さぶる失恋ソングの数々。それは単なる自己表現を超え、聴き手の人生にそっと寄り添う、ささやかな光となっている。
「曲を作る際、生きていく上では妥協しなければならない部分もたくさんありますが、曲作りだけは妥協したくないんです。歌詞もメロディーも最後までこだわりたい。そうして出来上がった曲は自分でも好きでいられますし、好きだからこそ皆さんと『共有したい』という気持ちが強いです。誰かに寄り添いたいという思いはもちろん、それ以上に自分の好きなものを共有したいという思いがあります」
メジャーデビューという門出にも、「実感がない」とほほ笑む。かつて数字を追い求めた少女は今、数字では測れない「想い」を歌に乗せ、さらなる高みを見つめている。
「映像作品に寄り添った楽曲を作ってみたいですし、陸上選手が私の曲を使ってくれた時は本当にうれしかった。いつか世界陸上のテーマソングまでたどり着けたら最高ですね(笑)」
挫折も孤独も、全てはアーティスト「茉ひる」を形成する不可欠なピースだった。デビュー曲『百日草』の花言葉は「いつまでも変わらぬ心」。茉ひるの歌声は、時代や国境の境界線を鮮やかに溶かしていく。
「『あなたらしく』ではなく、あなたが偽りない自分でいられるように、歌で包み込みたい。世界に向けて表現していく第一歩として、素晴らしい楽曲ができたと思います」
音楽経験がほとんどないままに駆け上がった、この驚異的な現在地。しかし、これは茉ひるにとってゴールではない。限界を定めない彼女の旅路は、このメジャーデビューを機に、いよいよ果てなき広がりを見せていくことになる。
□茉ひる(まひる)2000年6月9日、三重県生まれ。SNSの総フォロワー数は90万人を超える。24年にはSpotifyの台北バイラルチャートで1位を獲得するなど海外からの支持も厚い。26年1月28日にデビュー曲『百日草』でワーナーミュージック・ジャパンからメジャーデビューを果たす。
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