慶大理工→大手損保→地方局アナ→TBS NEWSキャスターからの気象予報士 30歳・三上萌々を動かした「能登地震」での悔い

癒やし系の笑顔の裏には、すさまじい「気力と体力」が潜んでいた。フリーアナウンサーの三上萌々(みかみ・もも)が、昨年10月、合格率5.2%の気象予報士試験に合格した。慶応大理工学部を卒業後、就職した大手損保の資産運用部から地方局アナに転身。異色の経歴を持つ彼女を突き動かしたのは、2024年元日、能登半島地震の発生直後にキャスター席で抱いた“後悔”だった。持ち前の行動力で、「報道」「スポーツ」「気象」の伝え手になった30歳の素顔に迫った。

異色キャリアを歩んできた三上萌々アナウンサー【写真:増田美咲】
異色キャリアを歩んできた三上萌々アナウンサー【写真:増田美咲】

新卒就活時の第一志望はパイロット

 癒やし系の笑顔の裏には、すさまじい「気力と体力」が潜んでいた。フリーアナウンサーの三上萌々(みかみ・もも)が、昨年10月、合格率5.2%の気象予報士試験に合格した。慶応大理工学部を卒業後、就職した大手損保の資産運用部から地方局アナに転身。異色の経歴を持つ彼女を突き動かしたのは、2024年元日、能登半島地震の発生直後にキャスター席で抱いた“後悔”だった。持ち前の行動力で、「報道」「スポーツ」「気象」の伝え手になった30歳の素顔に迫った。(取材・文=柳田通斉)

 三上は記者を前にすると、「今日はお伝えしたいことをメモにしてきました」と言った。アナウンサーとして「準備が大事」とたたき込まれてきたからだろう。ただ、記者が「かしこまらずに進めていきましょう」と言うと、柔らかな笑みを浮かべて「はい」と返答。メモを取り出さないまま、受け答えを始めた。

 慶大理工学部応用化学科卒。新卒の就職活動では、パイロットが第一志望だったという。

「父も姉も航空関係の仕事をしている影響もありました」

 現実に日本航空の自社養成採用で最終段階の身体測定まで進んだ。最終的には東京海上日動火災保険に入社。資産運用部に配属された。

「主にいただいた保険料を債券や社債、株式で運用して増やす仕事でした。理系出身が半数以上いるような部署で、毎日数字と向き合っていました」

 大手損保の勤務で生活は安定し、職場環境にも恵まれていた。だが、入社2年目に訪れた被災地応援が人生を変えた。関西の豪雨災害の現場だった。

「保険会社は災害が起きた『後』に、金銭的な補償をすることはできます。でも、床下浸水の深さで支払い額が決まるなど規定があり、目の前で困っている方の役に立ち切れていないもどかしさを感じました。一方でメディアなら、被災を少なくする『減災』ができるかもしれない。現場に行って伝えて『心が震えるような仕事をしたい』と思い、初めてアナウンサーを志しました」

 20年でコロナ禍も重なり、2回目の就活は容易ではなかった。当時25歳。キー局、準キー局は受けられず、地方局でも「受験可能」な局は限られていた。それでも、セント・フォースのスクールに通いながら5社を受験し、テレビ高知への内定を勝ち取った。

「奇跡だと思いました。両親は『せっかく、いい会社で働いているのに』と転職を心配していましたが、私自身は翌年の4月から高知で働くことにワクワクしていました」

 会社側に退職の意思を伝えた後、上司から当時の東京海上ホールディングス取締役会長・永野毅氏に会長室を訪ねるように伝えられた。「怒られるのか」と身構えたが、永野氏からかけられたのは意外な言葉だった。

「『高知のアナウンサーになるんだよね。高知は僕の故郷なんだよ』と。そして、おいしいお店やお世話になった方がいい方々を教えてくださいました。本当にありがたくて、『私はなんて恵まれているんだ』と思いました」

 21年4月、TBS系列のテレビ高知に入社。アナウンサー業務だけでなく、記者、カメラ、編集、ディレクターまで全てをこなす日々が始まった。それでも、「ご飯がおいしくて12キロ太りました」という。2年目には、夕方の情報番組『からふる』のメインキャスターに抜てきされた。だが、23年6月には退職に至った。

「週末はスポーツの現場に行かせていただきました。JFL高知ユナイテッドをメインにしたサッカーのコーナーも担当して充実した日々だったのですが、30歳が近づく中で『このまま高知で生活していくのか、地元東京に戻って可能性を広げるのか』と考えた時に『TBS NEWS』のキャスター募集を見つけて挑戦することにしました」

 そして、合格。退職が決まった際も、当時の社長(元TBSホールディングス専務)から「いつまでも三上萌々の応援団長ですよ」と背中を押されたという。

「2年間でしたが、とても貴重な経験をさせていただきました。テレビ高知の方々には感謝しても感謝しきれません」

 フリーアナウンサーとして得た初めての仕事は、24時間365日、何かが起きたらすぐにスタジオに入ってニュースを読む業務だった。基本は午後10時に出社し、午前0時にCSで、同3時45分に地上波で生放送のキャスター席に座る。昼間の勤務もあり、24年の元日午後4時10分、石川県能登地方で発生したマグニチュード7.6、震度7を観測した令和6年能登半島地震では、第一報と大津波警報を伝える重責を担った。

「カメラに向かって『東日本大震災を思い出してください! 今すぐ逃げてください!』と呼びかけました。とにかく情報を伝えるのに必死で、能登地方は古い木造家屋が多く、倒壊のリスクが高いなどの地域特性、降雪も含めて気象状況に応じた低体温への注意喚起までは頭が回りませんでした。当日は深夜1時まで勤務を続けましたが、『もっと知識があれば、救える命があったかもしれない』と思い、その悔しさが消えませんでした」

深夜勤務が続く中、難関を突破した三上萌々アナ【写真:増田美咲】
深夜勤務が続く中、難関を突破した三上萌々アナ【写真:増田美咲】

小野伸二氏らと全国で授業

 それから2か月後の同年3月、三上は気象予報士試験の勉強を開始した。TBS NEWSの深夜・早朝勤務をこなしながら、移動中の電車でもテキストを開いた。持ち前の「理系脳」も生かし、筆記試験は一発でクリア。記述式の実技試験は2度目で突破した。

「根性と体力だけはあるので、乗り越えることができました。アナウンサー試験の時に知り合ったTBS局員の友人が紹介してくれた白木愛奈さん(静岡朝日テレビアナウンサー、気象予報士)をはじめ、お世話になった方々のおかげです」

 現在、三上はキャスター業の傍ら元サッカー日本代表MF小野伸二氏、Jリーグのサステナビリティ担当執行役員・辻井隆行氏とともに全国のクラブを回り、子どもたちに「気候変動とスポーツ」をテーマにした授業を行っている。

「これまで全国60クラブの半分、30クラブを回ったところです。子どもたちや保護者の方々に地球温暖化のことを分かりやすく説明し、『このまま温暖化が進めば、当たり前にサッカーができなくなるかもしれない』ということを気象予報士としての知識を交えて伝えています」

 TBS NEWSキャスターのシフトは週4程度、週末はJリーグ業務で全国を回る日々だが、どれも自分の心に正直になって行動し、手にした仕事。だからこその思いがある。

「たくさんの方々が背中を押してくださり、送り出してくださったことにあらためて感謝し、仕事で恩返しをしていきたいです。そして、アナウンサーとして、気象予報士として、社会に貢献していきたいと思います」

 努力も重ねて「報道」「スポーツ」「気象」の3つの柱を手にした30歳。今後も「伝え手」として、さらなる高みを目指す。

□三上萌々(みかみ・もも)1995年8月15日、千葉・佐倉市生まれ。都立青山高を経て、慶応大理工学部応用化学科卒。2018年4月、東京海上日動火災保険入社。21年4月、テレビ高知にアナウンサー入社し、夕方のニュース番組『からふる』のメインキャスターなどを担当。23年6月に退職し、現在はセント・フォース所属でTBS NEWSキャスターを務めている。25年10月、気象予報士試験に合格。その他の資格は、JFAサッカー4級審判、普通自動車免許、野球知識検定、防災士。167センチ。血液型B。

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