「あなたが教えることは1つもない」高校を“自主不登校”した型破りの少女、コロンビア大卒の准教授になるまで
金髪、日焼けした肌、長いネイル。SNSで話題の信州大准教授BossB(ぼすびー)さん。その異彩を放つ外見から「ギャル学者」とも呼ばれるが、彼女は「何も変わってない。そのままです」と笑う。名前の由来は英語のスラング「Boss Bitch」。上下関係のない、自分の人生は自分で決める独立した女性を意味する。淵から攻める、パンクでヒップホップなバイブス。それが彼女の生き方だ。高校卒業後、単身渡米し、コロンビア大卒業という経歴を持つBossBさんはどのように誕生したのだろうか。

大学受験など考えもせず…高校3年時は“不登校”に
金髪、日焼けした肌、長いネイル。SNSで話題の信州大准教授BossB(ぼすびー)さん。その異彩を放つ外見から「ギャル学者」とも呼ばれるが、彼女は「何も変わってない。そのままです」と笑う。名前の由来は英語のスラング「Boss Bitch」。上下関係のない、自分の人生は自分で決める独立した女性を意味する。淵から攻める、パンクでヒップホップなバイブス。それが彼女の生き方だ。高校卒業後、単身渡米し、コロンビア大卒業という経歴を持つBossBさんはどのように誕生したのだろうか。
「お母さん、かわいそうだな」
父親は子育てに一切関与しない、昭和の典型的な男性だった。山と酒を愛し、家に帰らないのが当たり前。一方、母親はかつて夫の10倍を稼ぐ腕利きの美容師だった。だが3人の子どもを産み、夫の協力も得られないまま、その才能を封印せざるを得なかった。
「小学校4年生の頃から、お母さんかわいそうだなと思ってた。絶対そんなふうにはなりたくないなと」
母親は「大学行きなさい」とも「勉強しなさい」とも言わなかった。ただ、娘がやりたいと言ったことには経済的サポートを惜しまなかった。ピアノ、バレエ、日本舞踊、そろばん、習字……さまざまな習い事に挑戦したが、唯一続いたのがバレーボール。県で2位になるほどの腕前だった。
学業面でも成績は優秀で、特に数学と物理に秀でていた。だが、大学進学など考えもしなかった。「周りはひどいですよ。みんな東大の赤本とか持って、頭も洗わずに毎日高校来てる人とかいましたから。若いのになんで楽しまないんだろうって思っていた」
転機は中学1年でのアメリカへのホームステイだった。マイケル・ジャクソンやマドンナのミュージックビデオが飛び出してきたような世界。ローラースケート・ディスコ、転んだら手を差し伸べてくれるかっこいい男の子。「日本はちっちゃいな、私は飛び出て弾けるぞ」。そう思った。
高校1年の後期、進路面談で言った。「世界中を旅したい。5か国語しゃべれたら世界のいろんなところに行ける」。目指すは外国語大。だが担任の女性教師は一蹴した。
「そんなものやめなさい。言語を学んだって、よくてあなたがなれるのは私みたいな高校の先生ですよ」
その教師は続けた。
「言語っていうのはね、何か自分の専門があって当たり前にできることであって、それを専門にすることではない」
そして彼女は言った。
「あなたは女の子だけど数学とか物理がすごくよくできる。これは珍しいことだ。だからぜひ理系に行ったほうがいい」
模試を受ければ県でトップ5に入ることも。
「私、先生は基本大嫌いだったのですが、この先生の言ったことだけは、私のためになった。自分が女で自分が言語の先生なのに、自分みたいになるなって言っていたのは偉いなと思う」
卒業への出席日数足りず、何度も電話をかけた担任
理系コースを選んだBossBさんは、高校3年になると突然、不登校を宣言する。ただし、それは「自主的不登校」だった。
勉強ができる分、授業に価値を見いだせず、教師に対してもとがりまくっていた。
「あなたたちに教えてもらうことは1つもありません。あなたたちが教えることは全部教科書に書いてあるので、行く必要ないので行きません」
次の模試で証明してみせると宣言し、実際に好成績を収めた。ほぼ1年間、高校には行かなかった。映画館で洋画を見て、洋楽を聴き、バクーニンやクロポトキンといったアナキズムの本も読んでみた。
「それで私は誰よりも実際に使える英語力が上がったと思っています」
担任は母親に電話をかけ続けた。出席日数が足りない、卒業できないと。最後、卒業資格を得るためだけに補講に出席した。体育の時間を満たすため、体育館で一人バスケットボールをしていた記憶がある。
高校卒業後、彼女は単身渡米した。最初はニューヨークの工科大で宇宙工学を専攻したが、「エンジニアって私じゃない」とすぐに気づいた。彼女が求めていたのは、もっと哲学的で理論的な世界だった。物理学に転向し、コロンビア大学院へ進んだ。
将来のキャリアプランなど一切考えていなかった。
「ニューヨークが楽しい。ただ、楽しかった。毎日毎日が。木曜日の夜、クラブに行って、朝まで遊んでしまった。その日論文を要約してみんなの前で話さなきゃいけない。どうする? そんな感じで生きてた」
奨学金とフェローシップを次々と獲得し、大学院では学費全額免除に加え、月2000ドルの生活費まで支給される環境を手に入れた。マンハッタンの中心部、大学所有のアパートに家賃300ドルで住み、手取り1700ドルの学生生活。
「リッチな学生生活で、だからこそ考えてなかったんだと思う。生きることは大変ことではない、と思ったんだと思う」
かつてはモヒカンも…髪色と日焼けした肌に込めた意味
現在の彼女のトレードマークである日焼けした肌と金髪。これは単なるファッションではない。
「私はすごく活発だったし、運動も大好きだったし、小学校や中学校なんかだと、毎日プール行って、何も気にせずにブルマーか水着で歩いてたような人間なんですよ。健康的に生きれば肌は焼けます。でも、生まれ持って肌が一般より『黒い』子たちは、差別的な言葉を投げかけられる。小さい頃から、肌が『黒い』ことはいけないみたいな日本文化に疑問を持っていた。私は色が『白い』ことがきれいだと思わない」
アメリカに行けば、さまざまな肌の色の人がいる。日本人よりも肌が白く生まれた白人たちは、少しでも太陽が出れば公園でビキニを着て一生懸命日焼けしようとする。「それを(日本では)差別用語に使ったり、いまだに美白がどうの。だから逆に私は黒くします。それは私の1つのステートメントでもある」。
金髪にしたのは信州大に着任してからだ。海外では初期の頃こそモヒカンや坊主にしたこともあったが、15年間、真っ黒な髪だった。
「なぜかというと、アメリカは黒髪のほうがスペシャルなんですよね。信州大に来て、周りを見渡したら、なんでみんな黒いんだと思って。やめたと思って、逆に」
周りと同じになるのを嫌うのは、BossBさんの一貫した生き方だ。
現在、彼女は全国を飛び回っている。北海道、熊本、出雲……各地で講演を行い、人々とつながり、特に女性たちのエンパワーメントに力を注ぐ。
「熊本では女性たちが『熊本から革命を起こしてやる』って集まっている。私は種まきをしていると思うんです」
BossBとして、ドバイで行われた国際的なパネルに登壇する機会もあった。
研究面では、宇宙と物理と哲学の複合領域に挑戦中だ。
「論理的に形にはなりつつあるけど、定量的にはまだ。時間をかけて形にしていきたい」
プライベートの目標は冬の登山。「雪山を制すBossBも目指そうかな」。やりたいことがありすぎて、どうしようと困っている。
「その前に死んじゃうんだよ、私は。いっぱい楽しいことがあるのに」
高校教師の「自分みたいになるな」という言葉が、一人の少女の人生を変えた。そして今、その少女は「淵から革命を起こす」異才として、次世代に種をまき続けている。
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