防水スプレーで救急搬送、誤った使用法に医師が警鐘 患者から漂っていた「シンナーのような臭い」
救急外来に運び込まれた38歳の男性。激しい咳と咽頭痛、そして動くのさえつらい呼吸困難を訴える。指導医(lung-dr|呼吸器内科医 @lungdrnote、ブログ『呼吸器内科医のブログ LungDr Note』)が「風邪か肺炎か?」と首をかしげる中、対応にあたった研修医が患者の「ある異変」に気づき、診断を導き出した。その原因は、身近な生活用品である「防水スプレー」だった。SNSやブログで呼吸器疾患に関する発信を行っている呼吸器内科医が、実際の症例をモデルに、意外と知られていない「防水スプレーによる肺障害」の恐怖と、そのメカニズムについて明かした。

研修医が見抜いた「急性肺障害」の原因は防水スプレー
救急外来に運び込まれた38歳の男性。激しい咳と咽頭痛、そして動くのさえつらい呼吸困難を訴える。指導医(lung-dr|呼吸器内科医 @lungdrnote、ブログ『呼吸器内科医のブログ LungDr Note』)が「風邪か肺炎か?」と首をかしげる中、対応にあたった研修医が患者の「ある異変」に気づき、診断を導き出した。その原因は、身近な生活用品である「防水スプレー」だった。SNSやブログで呼吸器疾患に関する発信を行っている呼吸器内科医が、実際の症例をモデルに、意外と知られていない「防水スプレーによる肺障害」の恐怖と、そのメカニズムについて明かした。
救急外来での緊迫した一幕。指導医から最初の診察を任された研修医は、数分後、慌てた様子で戻ってきた。
「先生、大変です! 防水スプレーによる肺障害かもしれません!」
決め手となったのは、患者から漂っていた「シンナーのような臭い」。詳しく聞き取ると、男性は閉め切った物置の中で登山グッズに防水スプレーを大量に使用していたことが判明。胸部CT検査の結果、肺には特徴的な影が広がっており、診断は「防水スプレー吸入による急性肺障害」となった。
なぜ、靴や服をコーティングするためのスプレーが、人間の肺に致命的なダメージを与えるのか。投稿者の医師によると、その原因は成分に含まれる「フッ素樹脂」にある。
肺の奥にある「肺胞」という小さな袋は、風船のように膨らんだりしぼんだりして酸素を取り込んでいる。しかし、強い「水を弾く性質」を持つフッ素樹脂が霧状になって肺の奥まで届くと、この働きを邪魔してしまう。たとえるなら、「膨らむはずの風船が、強力な撥水成分によってしぼんだまま固まってしまう」ような状態になってしまうという。さらに、成分が肺の細胞を直接傷つける「化学やけど」のような状態も引き起こし、炎症によって肺に水が溜まることで、深刻な酸素不足に陥る。
肺が炎症状態に。喫煙習慣が被害を深刻化させるワケ
さらに、「現時点では一つの確立した原因があるわけではなく、複数の可能性が考えられている段階」と前置きしたうえで、状況を悪化さえた原因として喫煙との関係に言及した。
1)防水スプレー使用後に空気中に残留している成分を、喫煙によって再び深く吸い込んでしまい、体内に取り込まれる総量が増える可能性。
2)喫煙時の深い吸気や息を止める動作によって、スプレー成分が肺の奥、より広範囲の肺胞まで行き渡ってしまう可能性。
3)喫煙そのものが肺胞や気道に一時的な炎症や傷害を起こすことが知られており、その状態に防水スプレー成分が加わることで、傷害が増幅される可能性。
これらのことが考えられるという。喫煙時の高温やタバコ煙に含まれる活性物質によって、防水スプレー成分が熱分解し、刺激性や毒性が高まる可能性も指摘されている。加えて、喫煙習慣のある人では、もともと肺胞や気道に慢性的な炎症や肺気腫などの変化が存在することがあり、その場合、防水スプレーの影響がより強く出やすいことが分かっている。
医師は次のように注意を呼びかける。
「喫煙習慣のあるなしに関わらず、防水スプレーを使用する際には、製品の説明書に従い、できるだけ屋外や換気のよい環境で使用し、狭く換気の悪い空間での使用は避けていただくことが重要です。また、使用後すぐに喫煙することは避け、時間をあけ、別の場所で行うことが望ましいと考えられます。なお、私は呼吸器内科医ですので、医学的な立場から言えば、禁煙を検討していただくことが、肺の健康を守るうえで最も確実な対策であるとも付け加えたいと思います」
重症化すれば人工呼吸器も。傷ついた肺の治療とは
重症例では呼吸不全に至ることもあるが、適切な治療を行えば肺機能は元どおりに回復するのか。
「防水スプレーによる肺障害は、成分そのものが肺胞や気道の上皮を、物理的・化学的に傷つけることで起こります。吸い込まれたフッ素樹脂などは、皮膚でいえば、かさぶたがはがれるような過程を経て、徐々に肺から除去されていきます。スプレー成分そのものが、体内に長く残り続けることは多くありません。その後、傷ついた肺胞や気道の上皮は、創傷治癒の過程として再生し、状態は改善していきます。この経過は、けがややけどをした皮膚が、かさぶたを作ってはがれ、元の状態に戻っていく過程に似ています」
一方で、皮膚のけがややけどと同じように、傷害が強かった場合には、治癒しても傷跡が残ることがあるという。
治療の基本は「傷ついた肺が自然に回復するのを支えること」。特異的な薬物治療はない。酸素の取り込みが低下している場合は酸素投与を行い、必要に応じて人工呼吸器で呼吸を補助する。多くの症例では、経過観察と支持療法のみで改善する。
ただし、ARDS(急性呼吸窮迫症候群)に至るほどの重症例では、過剰な炎症反応を抑える目的でステロイド治療が行われることも。また、治療経過中に肺炎などの感染症を合併した場合、回復が遅れたり後遺症が残ったりすることがあるという。
今回の投稿は、単なる注意喚起にとどまらず、学生や研修医、看護師など、若手医療者に向けて、「診療の現場で大切なポイント」を伝えたいという思いで発信した。
「具体的には、患者さんから丁寧に病歴を聴き取ることの大切さや、珍しい疾患・経験頻度の低い病態であっても、日頃から学会や研究会、症例報告に触れておくことで、実臨床でそうした病態に気づける可能性が高まる、という点を伝えたかったのです。その一例として、過去に指導した研修医との思い出もある、地方の学会などでしばしば症例報告されている『防水スプレーによる肺障害』を題材に取り上げました」
身近で便利な防水スプレーだが、使い方を間違えると命に関わる。「換気をする」「屋外で使う」という基本を守ることが、自分たちの健康を守る何よりの対策となりそうだ。
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