虚構と輪廻が世界を動かす、ロマンチックな物語 『崩壊:スターレイル』オンパロス編を振り返る

HoYoverseはスペースファンタジーRPG『崩壊:スターレイル』(PC / PlayStation 5 / iOS / Android)について、愉悦の運命を司る星神「アッハ」をフィーチャーした新舞台「二相楽園」に関する情報を公開した。ファンたちは新たな開拓に胸を躍らせているタイミングだが、2025年は事前に“『崩壊:スターレイル』史上最大スケールのストーリー”と予告されていた、Ver.3.0からVer.3.7までの合計8バージョンにわたる「オンパロス」での冒険が完結を迎えている。

『崩壊:スターレイル』オンパロス編が完結を迎えた【画像:(C)COGNOSPHERE】
『崩壊:スターレイル』オンパロス編が完結を迎えた【画像:(C)COGNOSPHERE】

プレイヤーから賛否のあったオンパロス編

 HoYoverseはスペースファンタジーRPG『崩壊:スターレイル』(PC / PlayStation 5 / iOS / Android)について、愉悦の運命を司る星神「アッハ」をフィーチャーした新舞台「二相楽園」に関する情報を公開した。ファンたちは新たな開拓に胸を躍らせているタイミングだが、2025年は事前に“『崩壊:スターレイル』史上最大スケールのストーリー”と予告されていた、Ver.3.0からVer.3.7までの合計8バージョンにわたる「オンパロス」での冒険が完結を迎えている。

 筆者の周囲を見渡してみると「オンパロス」編は、読み応えがあって1年を通して楽しめたという「賛」と、冗長な展開でゲームから離れてしまったという「否」の評価に二分しているように思う。そもそも哲学的な問答や独白も多く、“何となくストーリーの輪郭しか追えなかった”人もいるのではないか。筆者も全てを理解できたわけではないが、本作と共に1年間歩んできたファンとして、オンパロス編の振り返りをしていきたい。なお、オンパロス編に大きく関わりがある『崩壊3rd』は未プレイのため、同作を下地とした感想ではないことを最初に留意してほしい。

(※以下、作品のネタバレを含む記述があります)

ストーリーの中でSF的な側面も徐々に強調されていった【画像:(C)COGNOSPHERE】
ストーリーの中でSF的な側面も徐々に強調されていった【画像:(C)COGNOSPHERE】

『崩壊:スターレイル』にとっての「オンパロス」

 まず、オンパロス編についてあらためて軽く紹介したい。「ヤリーロ-VI」「仙舟“羅浮”」「ピノコニー」を開拓してきた主人公たちは、開拓の燃料補給のためメモキーパー「ブラックスワン」の提案で、永遠の地「オンパロス」を訪れることに。主人公はオンパロスで信仰される「タイタン」の存在を知り、終末(エスカトン)を迎えるオンパロス救済のため、神を討ち再創世を目指す「黄金裔」と協力することになる。古代ギリシャや古代ローマの文化が下地となっており、これまでのSF的世界観から離れた純粋なファンタジー……というのがオンパロス編序盤の趣だった。

 ただ、Ver.3.7までプレイしてみると、物語は「純粋なファンタジー」という言葉だけでは到底括れない、異質なSF体験へと変貌していった。中盤以降、物語の焦点は「タイタンとの戦い」から「オンパロスという円環構造の叙事詩の解明」へとシフト。実は壊滅の使令「絶滅大君・鉄墓」を生むために用意された仮想世界であり、ループを繰り返す箱庭だったことが明かされる。この神話とSFが融合した作風こそが、オンパロス編の真髄だったと言えるだろう。
 

 オンパロス編を通して「善と悪」を区別しない、「負の側面」が切り捨てられるのではなく、意味を持ったものとして扱われているというテーマも感じ取れた。たとえば「詭術」のタイタン・ザグレウスの神権を受け継いだサフェルが「世界を救う嘘」でオンパロス全体を騙したように、憎悪を原動力とするファイノンが烈日としてオンパロスを守りナヌークに一撃を加えたように。一般的に「悪」として受け取られやすい、怒りや破壊衝動といった感情も単なる否定対象ではなく、世界や人を動かす契機として位置づけられている。オンパロス編のタイタンの中でも、ニカドリー、ザグレウス、タナトスら「災厄の三タイタン」は、間違いなく影の功労者だと言って相違ないだろう。

オンパロス編の後半を象徴する存在だったキュレネ【画像:(C)COGNOSPHERE】
オンパロス編の後半を象徴する存在だったキュレネ【画像:(C)COGNOSPHERE】

 そもそもオンパロスという舞台自体が、ライコスことザンダー・ワン・クワバラによって整えられた実験場であり、黄金裔の特徴である黄金の血もナヌーク由来のものだ。だが、オンパロスに住まう全ての生命が壊滅を志していたかというと、そうではない。オンパロスに住まう人々は根本に壊滅を設定されながらも、苦難を乗り越え自らの役割を超えて英雄となり、自らの手で「生命の第一原因」が愛だと証明した。キュレネから物語を語り継がれたデミウルゴスが3000万回の輪廻の中で心を育み、ライコスは最終的にザンダーとの接続を断ち「リュクルゴス」として自立した。

クライマックスの展開は論理以上に情緒が押し出されるものだった【画像:(C)COGNOSPHERE】
クライマックスの展開は論理以上に情緒が押し出されるものだった【画像:(C)COGNOSPHERE】

オンパロス編における虚構の描かれ方

 オンパロス編が描いたのは「“虚構”は世界を変えられるか」「肯定されてもいいのか」という視点だろう。「オンパロス」という虚構の世界は単なるシミュレーションの舞台ではなく、存在の生々しさを直接感じさせる場であり、約1年というスパンで描かれたボリュームたっぷりの物語は、重みを描ききるために必要だったのだろう。

 本エピソードのクライマックスではオンパロスで芽吹き、蓄積されてきたキャラクターたちの行動が鉄墓誕生を防ぐ鍵となった。言い換えると架空世界という設定が用意されながらも、設定を論理的に解き明かすことに重きを置かず、あくまで情緒の積み重ねによって収束していく語り口と言えるかもしれない。そのため重厚な舞台設定と抽象的なシナリオの剥離を感じ、冗長だと捉えたプレイヤーもいたかもしれない。ただ、ロジックを飛び越えた感情のダイナミズムと行動こそが世界を変える、それがオンパロス編のテーマであり、魅力だと感じたため、筆者としては大いに「賛」だったと伝えたい。

オンパロスのストーリーでは壮大な輪廻が描かれた【画像:(C)COGNOSPHERE】
オンパロスのストーリーでは壮大な輪廻が描かれた【画像:(C)COGNOSPHERE】

 私たちが生きていくうえで不可欠な仕事や人間関係、時には自分自身の習慣といった日常の中で、ファイノンやキュレネが経験したオンパロスの輪廻のように出口が見えないと感じる瞬間がある。オンパロス編が教えてくれたのは、徒労に見える繰り返しの中にこそ、変化の芽が潜んでいるのではないかということだ。現実の私たちも、同じ失敗を繰り返したり、同じ後悔を抱え続けたりする。だが、オンパロス編を経て、筆者は日常の小さな繰り返しも少し違う目で見られるようになった。徒労だと思っていた時間と結果が、いつか自分の、あるいは誰かの心を動かす火種になるかもしれない。そんな可能性をオンパロスは確かに示してくれた。

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