前田敦子、芸歴20年で「挫折はない」 AKB48卒業で変化した仕事への向き合い方

俳優の前田敦子が、3年ぶりの写真集『Beste』(ベステ、講談社)を2月13日に発売する。昨年12月には、『AKB48 20th Year Live Tour 2025 in 日本武道館』でのパフォーマンス、『第76回NHK紅白歌合戦』出演でも話題になった34歳。この機に本人を取材し、アイドル卒業、独立、出産をへて、現在はどんなマインドで仕事をしているのかを聞いた。

インタビューに応じた前田敦子【写真:藤岡雅樹】
インタビューに応じた前田敦子【写真:藤岡雅樹】

妊娠・出産で立ち止まることに「恐怖」も

 俳優の前田敦子が、3年ぶりの写真集『Beste』(ベステ、講談社)を2月13日に発売する。昨年12月には、『AKB48 20th Year Live Tour 2025 in 日本武道館』でのパフォーマンス、『第76回NHK紅白歌合戦』出演でも話題になった34歳。この機に本人を取材し、アイドル卒業、独立、出産をへて、現在はどんなマインドで仕事をしているのかを聞いた。(取材・文=島田将斗)

「心に素直に生きると楽ですよ」

 そうほほ笑む前田は、仕事に追われていたアイドル時代とは違っていた。忙しさは変わっていない。自分で仕事を選んで活動しているその姿は、あの頃よりも生き生きとして見えた。

 AKB48は、2010年代のアイドル戦国時代で他を寄せ付けないほどの知名度を誇った。前田はそんなトップオブトップでセンターを務め、アイドル界をけん引してきた。クシャっとした笑顔でファンを魅了した“絶対的エース”の裏側は、過酷そのものだった。休みは3か月に1日あるかどうか。前田は当時を「ちょっと無茶でしたよね」と振り返った。

「今もあの頃と同じようには忙しいです。何が違うかというと、仕事を選べなかったので、気づいたらスケジュールが決まって、組まれていて。本当に明日何があるかも分からなくて、前日夜にギリギリ分かる。それがアイドルの忙しさだったので、疲弊しましたね」

 当時、よくブログにアップされていたのが移動中のバスや電車で眠っているメンバーたちだった。ハードスケジュールで「覚えていない」ほど。テレビ番組への露出だけでなく、劇場でのライブに全国ツアー、握手会とさまざまな活動をしていた。

 疲弊しているのはファンも分かっていた。ライブ中に過呼吸になってしまうこともしばしば。超がつくほど人気メンバーのため握手会では長蛇の列ができる。その人数はとても数えられたものではなく、列に並んだファンが前田の姿がなかなか見えずで不安になるほどだった。

 どのようにして、「あの忙しさ」を乗り越えたのか。

「私たちには卒業制度があったので、自分の中で『あと数年かな』は明確にありました。忙しさを乗り切るために、『最後』っていう引き時を決めて働いていた部分はあったかもしれないですね」

 05年にデビューも、AKB48がブレイクしたのは5年後の10年。下積み時代が長いメンバーだったが、2年後には卒業している。前田にとってはその2年間が濃厚だった。

「あまりにも濃い時間を過ごしていたので、すぐに限界が見えてしまったのも事実なんですよ。客観的に見れば『なんで? まだやればいいのに』と思うかもしれない。長く続けてくれるアイドルもたくさんいる。でも、私の中でアイドルって短い時間に『パン』ってなるものだと思うので、これで良かったかな」

立ち止まる怖さを明かした前田敦子【写真:藤岡雅樹】
立ち止まる怖さを明かした前田敦子【写真:藤岡雅樹】

「自分の実力でここまで来たわけではない」卒業後には仕事をストップ

 前田は12年8月24日から26日に行われた東京ドーム3DAYSコンサート「AKB48 in TOKYO DOME ~1830mの夢~」をへて、翌27日に秋葉原のAKB48劇場で激動のアイドル人生を終えた。卒業後は、AKB48時代の知名度を利用することなく、あえて仕事から距離を取り、休んだ。

「自分の実力でここまで来たわけではないと思っていたので、『やらない』という選択肢を取っちゃいましたね。だいぶ、自分から引きました」

 仕事は自ら選ぶようになった。俳優としてさまざまな作品に出演。19年には第1子が誕生し、21年に独立した。「自分が無理なものはやらない」が、意識していることだ。

「私である必要があるかどうかはすごく考えます。代わりの人がいそうなものは、あまり受けないかもしれないです」

 AKB48時代と明らかに変わったのは、バラエティー番組での姿だ。現在は野外ロケで声を上げて笑ったりと、明るくはつらつとしている。

「今は“前田敦子”として呼んでもらっていて、自分自身を背負ってやらせていただいています。全て自分で決断して決めてやっていることだからこそ、その分、自分の必要性をすごく考えるのかもしれないですね」

 芸能界は入れ替わりが激しい。「仕事を断ることは怖くないのか」と問うと、こう返ってきた。

「20代の時は立ち止まる怖さがありました。『これを断ったら、もうないんじゃないか』って。でも、それはみんなも同じようにあると思う。みんながみんな、全部やれるわけじゃないですよね。私は妊娠したタイミングが20代後半で、そこで突然止まるしかなかった。あの時はすごい恐怖を感じましたけど、後になってみたら休むのも全然大丈夫だなと感じられました」

 だからこそ、状況判断と取捨選択ができるようになったという。

「今は自分の中で仕事とどれくらい向き合えるかどうかで、お仕事をお受けするかを決めています。どんなにいい仕事でも、気持ちがついていかない時はやるべきじゃない。すごく求めてもらった結果、『やってみよう』って思うことももちろんありますけど、それは『必要とされるからこそ頑張れた』ということ。基本的には自分の心に素直に生きるようにはなりましたね。そうあると楽ですよ」

「続けたもん勝ち」と語った前田敦子【写真:藤岡雅樹】
「続けたもん勝ち」と語った前田敦子【写真:藤岡雅樹】

人生で挫折ないと言い切るワケ

 今年で芸歴は20年。俳優としてキャリアはアイドル時代の倍以上になっているが、前田はこれまでの人生で「挫折はない」と言い切った。

「大きく落ち込んだりしたことがあまりなくて。AKB48を辞めてからはずっと自分で選択してやっているので、やったことに後悔したことはないです。その結果を人のせいにするつもりも、もちろんないですし、良かった悪かったも自分にとっては糧になっているかなと思っています」

 さらにこう続けた。

「やればやるだけ自分にちゃんと浸透していく。仕事ってそういうものだと思います。だから、『続けたもん勝ち』です。休むのは別にいいと思います。でも、辞めてしまったらそこまでだと思うので。辞めない方法を見つけながら長く続けていくと、結果として自分にプラスになるものはたくさんあるなと」

 その信念を貫いてきたことに後悔もない。

「疲れて辞めたくなっちゃう人の話も聞くし、私も『嫌だな』と思ったことはありますけど、今は『辞めなくて良かったな』って思う。どんなに嫌なことがあっても、辞めなければいいんですよ。それが結果として自信につながると思います。休み方もいろいろあると思うので、そういう工夫はできるようになりましたね」

 34歳で発売する今回の写真集は「私にとっては最後」と位置付けている。キャリアのプランは考えたことがないというが、おぼろげながら力強く未来を描いた。

「目標はないかもしれないですね。私は新しいことにどんどん挑戦して、新しいことを一緒にやりたいと思っている人と出会いたい。それと、この仕事はずっと続けていくつもりです」

「辞めない方法を見つけながら長く続けていく」。芸能活動20年の重みがにじむその言葉には、一つひとつの仕事と真剣に向き合い、無理なく続けていくための力強さと柔軟さが詰まっていた。

□前田敦子(まえだ・あつこ) 1991年7月10日、千葉県生まれ。2005年にAKB48のオープニングメンバーとしてデビューし、同グループの中心メンバーとして活躍。12年にグループを卒業後は、俳優として映画、ドラマ、舞台などで幅広く活動。現在は母親としての顔も持ちながら、俳優業を中心に精力的に活動を続けている。161センチ。血液型A。

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