伝説ドラマ『俺たちの旅』50年目の再集結 中村雅俊・田中健・秋野太作・岡田奈々が語る「不変の絆」
日本テレビ系名作ドラマ『俺たちの旅』(1975年)に登場した3人の50年後を描いた映画『五十年目の俺たちの旅』が、今月9日に公開される。カースケ(中村雅俊)、オメダ(田中健)、グズ六(秋野太作)が、悩みながら「生きることの意味」を見い出す物語は、多くの視聴者から共感を呼んだ。主演の中村が担当した主題歌『俺たちの旅』も大ヒットした。長い時を経て、本作ではオメダの妹・真弓を演じた岡田奈々も含め、オリジナルキャストが結集。中村自身の初映画監督作品にもなった。この機に、ENCOUNTは4人をインタビュー。「前編」では、映画化の経緯や撮影秘話を聞いている。

初の映画化『五十年目の俺たちの旅』 9日公開
日本テレビ系名作ドラマ『俺たちの旅』(1975年)に登場した3人の50年後を描いた映画『五十年目の俺たちの旅』が、今月9日に公開される。カースケ(中村雅俊)、オメダ(田中健)、グズ六(秋野太作)が、悩みながら「生きることの意味」を見い出す物語は、多くの視聴者から共感を呼んだ。主演の中村が担当した主題歌『俺たちの旅』も大ヒットした。長い時を経て、本作ではオメダの妹・真弓を演じた岡田奈々も含め、オリジナルキャストが結集。中村自身の初映画監督作品にもなった。この機に、ENCOUNTは4人をインタビュー。「前編」では、映画化の経緯や撮影秘話を聞いている。(構成=Miki D‘Angelo Yamashita)
過去10年ごとにスペシャルドラマとして3度制作されてきた『俺たちの旅』。40年目は、チーフディレクターを務めた斎藤光正監督が亡くなり、「この物語の世界観が作れない」と断念された。そして、50周年の今年、「もう一度、あの3人に会いたい」の声が高まり、『五十年目の俺たちの旅』として、主演の中村が監督、ドラマシリーズから作品に携わってきた鎌田敏夫氏が企画・脚本で初めての映画制作が決まった。
中村「30年目の後、40年目ができなかったので、待望論が強くて、『次回作の話が浮かんでは沈んで』といった状態だったんです。今回は、脚本家の鎌田さんの強い意志があって実現しました。映画化されると決まった時は、うれしかったですね」
田中「鎌田さんの熱い思いを聞いていたら、『ぜひ、やりたい』と思いました。鎌田さんは、他にも多数のヒット作を手掛けたのに、『俺たちの旅』に対する思い入れが並々ならぬものなんですよね」
秋野「映画化の話を聞いた時は『えっ、またやるの?』と驚きました。夢を見ているようですね。この3人は、もう一蓮托生ですから、できれば死ぬ時も一緒にお墓にいきたい(笑)。1人も欠けないように頑張って生きていきたいですね」
岡田「3人のその後の人生がどうなっているのか、私も興味があったので『実現すればいいな』と期待しました。最初は半信半疑の気持ちでしたけど」
中村自身が監督を務めることは、鎌田氏の発想だった。
中村「鎌田さんとプロデューサーに『雅俊、お前が監督をやれ』と言われて、素直に『はい』と引き受けてしまったのですが、初の映画監督でしたから苦労しました。脚本を作る作業から始まって、衣装合わせや、ロケハン、撮影許可取り、撮影が終わってからもポストプロダクションで完成させる。通しを初めて見た時は感激もひとしおでした」
秋野「僕が初めて見た試写会の時には、雅俊くんが熱を出して顔がほてっていたんです。合格結果を待つ受験生みたいな顔して、ひどく緊張していました。われわれ3人の評価が最後だったから、怖くて知恵熱が出たんでしょうね(笑)」
田中「僕らが見てどう思うのか、その反応が一番心配でしょうから」
岡田「でも、試写を見て泣いていらっしゃる方もいて」
中村「それはうれしかったのですが、グズ六(秋野)の感想が特に気になっていました。『悪くはないね』と言ってもらえたので、ホッとしました」
田中「今でも再放送をやっていますけど、やっぱり面白いですよ。感動しますね」
秋野「何回も再放送していただいていますが、リアルタイムで見ていらっしゃらなかった方にも、共感を持ってもらえるんでしょうね。やはり、あのころのドラマには力がありますね」
岡田「3人の生き方に憧れる人が多いからでしょうね。色あせることなく、皆さんが支持してくださっているんですね」
20年ぶりの撮影だったが、それぞれが違和感なく役に入り込んだという。
田中「不思議なことに3人集まれば、初演の時に戻っている。あらためて役作りをしなくても、役が体に入り込んでいるんです」
岡田「今回は映画公開に先立って、『The 50th Anniversary 俺たちの旅スペシャルコンサート』にも出させていただいたのですが、少し体調が悪そうな時にはお互い察して、『大丈夫?』と自然に声をかけ合える。外から見ていると、ドラマの『俺たちの旅』を彷彿とさせる雰囲気があり、普段から深い絆が感じられるんです。それが画面に反映されているから、感動していただけるのかと思います」

記念コンサートのチケットは即完売「驚いた」
『俺たちの旅』のファンは今でも多く存在する。その証しが、昨年9月に開催した記念コンサート(4都市、5公演)チケットの売れ行きだ。
中村「『俺たちの旅』で1年間培った絆や友情は確かなものなんです。この3人が集まったからこそ生まれた世界、不変なものがある。『五十年目の俺たちの旅を映画でやるよ』と言ったら、見ていた人たちが、昔の感覚で会いに来てくれるような気がします。コンサートのチケットも『誰が買うんだろう』と思っていたけど即完売。今月には追加公演が東京、大阪で予定されているのですが、驚いたことにもう売り切れなんです。このまま映画の公開に向けて、お客さまがいらしてくれたら夢のようです」
田中「確かに集まると、すさまじいエネルギーですよね。僕なんか50年間、『オメダ』と言われ続けていますから(笑)」
中村「このメンバーでこの作品に携わることができたということが、とても幸せです。ただ、ここに至るまでは、亡くなっている方もいるし、脚本の鎌田さんも書きづらかったのではないでしょうか。そういう中で最高の台本を書いていただいたことに対して応えなければならないし、この作品をみんなが愛しているからこそ、結果を出したいですね」
□中村雅俊(なかむら・まさとし)1951年2月1日、宮城県生まれ。 慶応大卒業後の74年、日本テレビ系連続ドラマ『われら青春!』の主役に抜てきされてデビュー。同作の挿入歌『ふれあい』は売り上げ100万枚超。以後、数多くの作品に出演。
□田中健(たなか・けん)1951年3月6日、福岡県生まれ。72年に歌手デビュー。74年には、映画『サンダカン八番娼館 望郷』で俳優デビュー後、多くの作品に出演。83年の南米旅行中にケーナと出会い、90年9月からはケーナ奏者としても活動。
□秋野太作(あきの・たいさく)1943年2月14日、東京都生まれ。俳優座養成所第15期生で、66年のTBS連続ドラマ木下恵介劇場『記念樹』で俳優デビュー。 フジテレビ系連続ドラマ『男はつらいよ』での好演でブレイクし、数多くの作品に出演。
□岡田奈々(おかだ・なな)1959年2月12日、岐阜県生まれ。75年5月10日、シングル『ひとりごと』が発売され、16歳で歌手デビュー。ポッキーの初代CMガールを務め、人気アイドルに。20歳で俳優に転身し、多くのドラマ、映画に出演。
<ドラマ『俺たちの旅』と映画『五十年目の俺たちの旅』>
日本テレビ系連続ドラマ『俺たちの旅』は、日曜午後8時枠で1975年10月5日から76年10月10日まで放送された(全46話)。三流私学・修学院大の学生・津村浩介“カースケ”(中村雅俊)、その同級生の神崎隆夫“オメダ”(田中健)と、同郷の先輩で早稲田大OB・熊沢伸六“グズ六”(秋野太作)を中心に友情と青春群像を描き続けた。生きることの意味、悩み、喜びなどについて問いかけ、視聴者の共感を呼んだ。
3人の50年後、映画『五十年目の俺たちの旅』では、カースケが従業員10人ほどの小さな町工場を経営。オメダは鳥取県の米子市長を務め、グズ六は妻のおかげで介護施設の理事長の座に収まり、それぞれが平穏な日々を過ごしていた。
そんなある日、カースケの工場にオメダがやってくる。カースケは米子市長のオメダを誇らしい気持ちで従業員に紹介するが、オメダは思いつめた様子ですぐにその場を後にしてしまう。
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