一世風靡も年収70万円「生きていかれへん」 ギャラ交渉で急上昇…大平サブロー「芸の腕が上がったんちゃうねん」
芸歴50周年を迎えた元太平サブロー・シローの大平サブローが27日、関西テレビ『モモコのOH!ソレ!み~よ!』(土曜午後1時59分)に出演。相方の故・太平シローさんとのコンビで一世を風靡(ふうび)し、漫才ブームをけん引したサブローが、かつてのギャラ事情を明かした。

『モモコのOH!ソレ!み~よ!』に出演
芸歴50周年を迎えた元太平サブロー・シローの大平サブローが27日、関西テレビ『モモコのOH!ソレ!み~よ!』(土曜午後1時59分)に出演。相方の故・太平シローさんとのコンビで一世を風靡(ふうび)し、漫才ブームをけん引したサブローが、かつてのギャラ事情を明かした。
19歳でデビューしたサブローは、20代半ばで1980年代前半の漫才ブームを体感。全国的な知名度はなかったサブロー・シローは、フジテレビ系『THE MANZAI』出演で、一夜にして人生が一変したという。
そんなサブローは超多忙時代について「劇場の出番の連続日数が180日。1回あった年末年始が12月28日から1月2日まで布団で寝たことがない。(移動の)新幹線か楽屋で横になるぐらい」と告白。直後に「ぶわ~って忙しくなって、正月、寝る間なく仕事して」というと、矢野・兵動の兵動大樹が「(年収)70万(円)やったんですか?」と確認。サブローは「確定申告に行ったんですね。そうしたら、(担当者から)『どうもどうも、いつも見てますよ……、えっ?』って言われたんですよ。紙見て。年収載ってて。『どうやって生活してるんですか?』って聞かれたから『気合』って言った」と明かして笑わせた。
サブローは結婚時に「このままやったら生きていかれへん。『ちょっと真剣に話聞いてもらえませんか?』」と吉本興業とギャラ交渉を行ったところ、「『ああ? 結婚したんか。分かった。上げたろう』言うて、初めて(月収)50万(円)超えたの」と打ち明けた。子どもができるときに「『ダメ元で行こう』と。『子どもできました』って言いに行ったら、(月)100万(超)になってん」と再度の交渉も実ったという。
サブローは「次、3年たって『ちょっと子ども育てんのに家が……』(って言うと)、『住友銀行(を)紹介したらあ』って言うて。いま仕事やってる現状を(資料で)出してくれて。担保はスケジュール。(当時は)真っ黒やん。(銀行側が)『わかりました。お貸ししましょう』言うて、家を買えることになって、そこから急に月200万(超)」と昇給の歴史を説明。「芸の腕が上がったんちゃうねん。生活環境が変わったって言うたら上がったんですよ」と回想すると、兵動は「そういう時代もあったんですね」と反応した。
その後、コンビで吉本をやめて東京へ進出する際、引き留めとして「『ギャラ倍増』を提示されたという。サブローは「オレは『残りた~』って思ったけど、シローちゃんが『ギャラじゃないんです』って。そのまま勢いでやめて」と述懐した。コンビは92年に解散し、サブローは93年に吉本に復帰した。
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