喉の違和感で受診したら…緊急手術で“首全体”を切除 「呼吸は首に開いた穴から」それでも取り戻した“日常”

突然の予期せぬ病は誰の身にも起こり得るもの。東京海洋大で食品生産科学を研究する57歳の大迫一史教授は、ある日突然、喉頭がんと診断され、声帯、嗅覚、聴力の一部を喪失する大手術を経験した。度重なる再発に悩まされながらも、現在は大学に復帰。壮絶な手術と現在の生活を聞いた。

東京海洋大の大迫一史教授【写真:ENCOUNT編集部】
東京海洋大の大迫一史教授【写真:ENCOUNT編集部】

音楽プロデューサーのつんく♂氏が受けたのと同じ大手術の末、首の骨と皮を除くすべての箇所を除去

 突然の予期せぬ病は誰の身にも起こり得るもの。東京海洋大で食品生産科学を研究する57歳の大迫一史教授は、ある日突然、喉頭がんと診断され、声帯、嗅覚、聴力の一部を喪失する大手術を経験した。度重なる再発に悩まされながらも、現在は大学に復帰。壮絶な手術と現在の生活を聞いた。

 幼い頃から魚やカニやエビなどの甲殻類を見るのが好きだったという大迫教授。九州大では水産学科を専攻、修士課程修了後は長崎県庁に入庁し、水産試験場に10年間赴任したのち、研究者の道へ進んだ。

「ザリガニやサワガニが好きな子どもでした。今いる食品生産科学科は、水産物をいかにおいしく加工して食べるかを研究するところ。廃棄部位の活用など、SDGsにつながる取り組みを行っています」

 研究室での対面取材では、電気喉頭(でんきこうとう)と呼ばれる専用の発声機器を喉元に当て、流ちょうに思い出話を語り始めた。やや聞き取りづらさこそあるものの、日常生活には支障がないそうで、大勢の学生を前にした大学での講義も同様の方法で行っているという。

 研究者として順風満帆な日々を送っていた大迫教授を病魔が襲ったのは、2024年の春のこと。3月頃から喉に違和感を感じ、徐々に食欲が減退していった。近所のクリニックでは蓄のう症と診断されたが、治療を続けても症状は悪化するばかり。痛み止めを服用しても食べ物が喉を通らず、3か月が経過したころ、受け持っていた学生からセカンドオピニオンの受診を強く勧められた。

「専門の耳鼻咽喉科を受診したところ、これは大変な状態だとすぐに大学病院への紹介状を書いてもらいました。その日のうちに行った大学病院でも、『うちでは見れない。最悪の事態も覚悟してください』と、有明のがん研究センターを紹介された。結果は喉頭がんのステージ3。首の組織全体ががんに侵され、リンパにも転移していた。骨を除くほぼすべての箇所を切除する手術が必要と言われ、『1%でも生きる確率が上がるのであれば、お願いします』と伝えました」

 音楽プロデューサーのつんく♂氏が行ったものと同じ、12時間にも及ぶ大手術の末、首の骨と皮を除くすべての箇所が除去された。当然、声帯も失い、術後はまったく発声ができない状態に。通常、半年以上かかるというリハビリを懸命にこなし、1週間ほどで電気喉頭による機械の“声”を取り戻した。

「もう二度と話せなかったらどうしようという不安はありましたが、それ以外はあまり絶望感はなかった。そうなったら、それはそれで仕方がないと」。妻と23歳になる長女、14歳の長男は、大迫教授の前では動揺する様子を見せなかったといい、「それが本当にありがたかった。家族は私以上にショックが大きかったと思いますが、私の前では弱ったところは見せなかったので」と感謝の思いを口にする。

 しかし、その後も苦難の日々は続く。わずか2か月後の検査では、再発が確認され再手術を行うことに。体力の消耗から、前回のような大手術は行えず、抗がん剤と放射線治療を並行。年明けの2月には食道に別のがんが見つかり、3度目の手術を受けた。治療開始から1年あまりが過ぎた昨年8月にようやく退院。9月に行った精密検査では、がんが完全に消えていることが確認された。再発の可能性はゼロではないものの、現在は大学にも復帰し、以前の日常を取り戻している。

「呼吸は首に開いた穴からしています。麺をすするのは難しいですが、食事はラーメンからとんかつまで、普通の物を食べられるようになりました。切除した食道の代わりに自分の大腸を接合しているので、接合部に詰まったものを水で流し込む必要はありますが、それも最近では慣れてきた。息が鼻腔を通っていかないので、匂いは一切分からず、逆に大葉やレタス、セロリなど、鼻ではなく胃から匂いが上がってくる食べ物はどうしても受け付けなくなってしまいましたが、変わったことと言えばそれくらい。電気喉頭ではハヒフヘホの『H』の音が発音できないので、なるべくその音を避けた表現をするよう心掛けています」

 退院後も電気喉頭を用い、以前と同様に講演会を積極的に開催。海外向けに日本の食品テクノロジーを紹介する講演会では、英語でのスピーチも披露した。「英語の発音はまた違いますが、何とか伝わるように話せた。これならまた1人で海外出張に行けるなと手応えをつかんでいます」と前向きに語る。

「死ぬかもしれないくらい大変な状況からでも、何も変わらない日常を取り戻せた。似たような境遇の人たちにも、あれこれ悩まず、勇気を持って一歩を踏み出してほしい。5年先、10年先のことは分かりませんが、考えていても仕方がない。前を向いて生きていけることを伝えていきたい」

 最後まで朗らかな口調で、大迫教授はそう結んだ。

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