カニは「生きたままゆでた方が美味」 欧州の“釜ゆで禁止法”に専門家が反論「まさしく人間のエゴ」
年末年始のごちそうの中でも、縁起物として特に人気が高いカニ。日本人が大好きな冬の味覚の王様だが、そんな食文化に冷や水を浴びせるような報道が話題を呼んでいる。イギリス政府が、ロブスターなどの甲殻類を生きたままゆでることを禁じる方針を示したのだ。実際のところ、甲殻類の苦痛の感じ方とはどのようなものなのか。また、調理方法の変更に伴う味への影響はあるのか。専門家に見解を聞いた。

イギリス政府が動物愛護の観点から、甲殻類を生きたままゆでることを禁じる方針を明示
年末年始のごちそうの中でも、縁起物として特に人気が高いカニ。日本人が大好きな冬の味覚の王様だが、そんな食文化に冷や水を浴びせるような報道が話題を呼んでいる。イギリス政府が、ロブスターなどの甲殻類を生きたままゆでることを禁じる方針を示したのだ。実際のところ、甲殻類の苦痛の感じ方とはどのようなものなのか。また、調理方法の変更に伴う味への影響はあるのか。専門家に見解を聞いた。(取材・文=佐藤佑輔)
時事通信などの報道によると、イギリス政府は今月22日、「動物愛護に関する戦略」を策定。「動物は感覚を持ち、痛みや恐怖、楽しみ、喜びを感じることができる」と明記した上で、動物の福祉を考えることは「国民の責任」として、動物愛護政策を進めていく重要性を強調している。同国の法律では、ロブスターやカニ、エビなどの一部甲殻類や、イカやタコなどの軟体動物は「痛みを感じる能力を持つ」とされ、今回の戦略では「生きたままゆでるのは容認できない処分方法」との認識を明示。すでにスイスなどの諸外国も、生きたままロブスターをゆでることを禁じている。
この報道に、日本国内では「どうせ食べるのに?」「行き過ぎた動物愛護では」といった疑問の声や、「いずれはいけ造りや躍り食いなどの食文化が失われるかも」といった懸念の声が広がっている。
「近年、アニマルウェルフェア(動物福祉)のみならず、フィッシュウェルフェア(魚の福祉)の動きも活発になってきており、国内外を問わず、できるだけ魚介類を安楽死させる形で食糧として提供する潮流があります」と語るのは、東京海洋大で食品生産科学を研究する大迫一史教授。食品生産科学とは、水産物をいかにおいしく、余すところなく食用とするかを研究する学問で、加工による廃棄部位の活用など、SDGsにつながる取り組みを行っている。
食用としての観点から、カニを生きたままゆでることに合理的な理由はあるのだろうか。大迫教授の研究チームと冷凍食品大手のニチレイが共同で行った研究では、「カニはいきのいい状態でゆでた方が、弱った状態よりも身が締まっておいしくなる」という結果が得られたという。
「食べ物という観点から言えば、生きたままゆでた方が確実に美味です。ヨーロッパではゆでる前に電気ショックや氷漬けをして弱らせているようですが、一度衰弱させるとゆでるときに暴れないので、見た目は苦しまないように見えます。しかし、実際にはすごく寒い思いをして、徐々に体が動かなくなっているだけ。見た目が苦しんでいないように見えるだけで、カニが安楽死しているとは到底思えません」

甲殻類が「苦痛を感じる能力がある」という前提も、研究者の間で見解に相違
そもそも、カニなどの甲殻類が「苦痛を感じる能力がある」という前提も、研究者の間で見解が別れるところだという。
「カニが脳で苦痛を感知しているのか、それとも単なる反射なのか。例えば、カニは外敵から襲われたとき、本体を守るために自ら足を切り離しますが、切り離した後の行動はそれまでと全く変わるところがありません。もちろん、表情はないので実際のところは分かりませんが、少なくとも行動から苦痛を感じているようには見えない。甲羅など、足以外の部分は痛みを感じることができるのかもしれません」
今回、イギリス政府が示した方針を巡っては、イギリス国内の飲食業界においても、装置の導入コストなどから反発の声が上がっている。
「今のヨーロッパの方針は、甲殻類が苦しまないよう安楽死させてゆでるのではなく、ゆでてもがく様子を見て、人間が嫌な気持ちにならないように弱らせているだけ。まさしく人間のエゴですが、実際の苦痛の有無は別として、安楽死して調理したとされるカニの方が消費者からのイメージはいいのでしょう。宣伝材料、あるいはブランド化の一端として『安楽死カニ』がトレンドとなることはあるかもしれません」
豊かな食文化を誇る日本でも、“安楽死調理”が推奨される日は来るのか、果たして。
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