38歳・扇久保博正「僕意外とメンヘラですよ」 恩師に「辞めます」弱音はいた10年前、たどり着いた境地
格闘技ファンが待ち望んでいた大みそか恒例のビッグイベント「Yogibo presents RIZIN師走の超強者祭り」(埼玉・さいたまスーパーアリーナ/ABEMA PPV ONLINE LIVEで全試合生中継)が目前に近づいてきた。RIZIN旗揚げから今年で10周年のメモリアル大会。ENCOUNTでは出場選手を直撃し、ファイターの10年前、そして今に迫る。第3回は扇久保博正。

10年前に米国格闘技ファンの盛り上がりを見て奮起「お酒飲んで肩車して」
格闘技ファンが待ち望んでいた大みそか恒例のビッグイベント「Yogibo presents RIZIN師走の超強者祭り」(埼玉・さいたまスーパーアリーナ/ABEMA PPV ONLINE LIVEで全試合生中継)が目前に近づいてきた。RIZIN旗揚げから今年で10周年のメモリアル大会。ENCOUNTでは出場選手を直撃し、ファイターの10年前、そして今に迫る。第3回は扇久保博正。(取材・文=島田将斗)
「UFCってすげぇな」。米国の地で試合前からお祭り騒ぎのアイルランド人を見て、奮起した。
RIZIN旗揚げ当時、戦いの舞台としていたのVTJや修斗。2015年は自身にとって“最悪”の年でもあった。
「まだRIZINには出ていなかったです。肩の脱臼をして半年ぐらい休んでいた年でした。。VTJでチャンピオンになって、そのまま修斗王者と試合が決まっていたんですけど、流しちゃって……結構落ち込んだ記憶があります」
連勝街道を走っていたなかでの大きなけが。「どうしようかな」と沈んでいたところ、「Road to UFC: Japan」に参加していた先輩・DJ.taikiに連れられ、米・ラスベガスを訪れた。
「ちょうど(コナー・)マクレガー対チャド・メンデスの試合があった日でした。会場には行けなかったんですが、ホテルのパブリックビューイングみたいな場所へ見に行って。街の盛り上がりがすごくて……アイルランドのファンの人たちが、まだ試合始まってないのにお酒飲んで肩車して、そこら中で『オレ、オレ、オレ』って歌っていて」
まさに分岐点だ。日本では見たことがない光景に出てきた言葉は「UFCってすげぇ」。本場の熱でモチベーションを取り戻した。

TUFへの参加が自信に「俺って強いんだ」
先輩の米国での戦いを目に焼き付けた翌年、今度は自らが米国のリアリティー番組『The Ultimate Fighter』(TUF)に参加した。そこで戦った相手は、昨年からRIZINに参戦したエンカジムーロ・ズールー、のちのUFCフライ級王者・アレッシャンドリ・パントージャに、今年朝倉海を下したティム・エリオット。世界の猛者たちとしのぎを削りあった。
「あの時は言葉も分からず、携帯も没収されて何もない。そんな状態で1回戦を戦わなきゃいけなくてめちゃくちゃ怖かったんです」
それでも「自分を信じるしかない」と覚悟を決めると、一回戦でズールーに一本勝ち、パントージャには判定勝ちを収めた。決勝の舞台でエリオットに敗れ、準優勝だった。
「一番得られたのは、自分の強さに対する自信ですね。それまでは、どこか自分に100%の自信がなかった。『このスタイルどうなのかな』という疑問がずっとあったんです。でも、全然通用して。『俺って強いんだ』と初めて思えた大会でした」
いまでこそ「打・投・極・根性」のキャッチコピーで知られるが、若手時代は「根性」の部分は持ち合わせてはいなかった。「僕意外とメンヘラですよ(笑)」と笑い「思い入れが強すぎて、『負けたら人生終わる』みたいなイメージでやっていました」と振り返る。
いまでも覚えているのは、1度目の修斗世界バンタム級タイトル戦。追い込み練習をし、疲労が溜まるなかで「もうこんな仕事をやりたくない」と鶴屋浩総帥に弱音を吐いた。
「『もうこんなことやりたくないので辞めます』って(笑)。鶴屋さんには『分かった、じゃあ辞めていい。ただこの試合だけやれ』って言ってくれて。結果的に勝ってチャンピオンになって続けられたんですけど。あの時の鶴屋さんの一言がなかったら終わってましたね」
キャリアを積み重ねるに連れて、格闘技が人生の全てではないと悟った。自分がやっていることはあくまでも「仕事」。そう思うことにより、「任務を遂行する」意識へと変わり、心が軽くなった。
過度なプレッシャーから解き放たれ、18年からはRIZINに継続参戦。2021年大みそかのRIZINバンタム級グランプリでは朝倉を破って優勝。若手の壁として立ちはだかるだけではなく、フライ級グランプリ決勝の舞台にも駒を進めている。38歳、まさに成熟したベテランファイターだ。
そんな扇久保のRIZINファイターとしての転機は19年の大みそか、石渡伸太郎とのバンタム級王座挑戦者決定戦だ。「大みそかに試合をしたのが初めてでしたし、やっと大舞台の選手になれたなという感じがしました」としみじみとする。
ベストバウトをあえて挙げるとすれば、21年大みそかの井上直樹戦。UFCへの思いなど自分なりにストーリーを作って挑んだ。今回の元谷友貴戦にも意味を込めている。
「1回目にやったのは6年前ですよね。当時自分は、修斗のフライ級王者で元谷選手はDEEPのフライ級王者だと、『フライ級の一番を決めたい』と思っていたんですが、あれバンタム級の試合なんですよ(笑)。結局勝てたんですけど、ひとつ心残りがあったとすれば『バンタム級だった』こと。お互いの適正のフライじゃないんです」
大けがで落ち込んだ10年前、ラスベガスの熱狂に憧れ、数々の修羅場をくぐり抜けてきた。「メンヘラ」だった男はもういない。心身ともに成熟した38歳は淡々と相手を制圧する。
「あの時の続きをもう一度。今回勝てたら本当に一番になれた気持ちになります」。適正階級での完全決着。大みそかのリングで、扇久保は自らの強さを改めて証明する。
あなたの“気になる”を教えてください