「いつかは沖縄支社を」 地元移住でジム経営…パッション屋良がマセキ所属を選択する理由

パッション屋良といえば、「んー!」の叫び声で胸を強打する一発ギャグで大ブレイクを果たしたお笑い芸人だ。2000年代前半のブレイクから約20年。49歳になった現在は、地元・沖縄を拠点にパーソナルトレーニングジムを経営している。さらには、別会社を構え、イベント司会や介護施設訪問など幅広く活動。そのかたわらで、ローカルタレントとして芸人活動を継続し、今も変わらずマセキ芸能社に所属し続けている。フリーという選択肢もあったはずだが、なぜ事務所所属を継続するという道を選んだのだろうか。

沖縄・名護のパーソナルジム内でインタビューに応じたパッション屋良【写真:ENCOUNT編集部】
沖縄・名護のパーソナルジム内でインタビューに応じたパッション屋良【写真:ENCOUNT編集部】

パッション屋良が沖縄で奔走する理由とは

 パッション屋良といえば、「んー!」の叫び声で胸を強打する一発ギャグで大ブレイクを果たしたお笑い芸人だ。2000年代前半のブレイクから約20年。49歳になった現在は、地元・沖縄を拠点にパーソナルトレーニングジムを経営している。さらには、別会社を構え、イベント司会や介護施設訪問など幅広く活動。そのかたわらで、ローカルタレントとして芸人活動を継続し、今も変わらずマセキ芸能社に所属し続けている。フリーという選択肢もあったはずだが、なぜ事務所所属を継続するという道を選んだのだろうか。(取材・文=中村彰洋)

 体育教師になるための大学進学を機に沖縄から上京したが、何気なくテレビで目にした『爆笑オンエアバトル』をきっかけに芸人への思いがあふれてきた。無事に教員免許は取得したものの、卒業後は、親に猛反対されながらも、芸人という進路を選択した。同じく芸人を志していた幼なじみと「サミット75」というコンビを結成。マセキ芸能社への所属も決まった。

 コンビ活動は4年で終止符を打ち、04年から“パッション屋良”としてピン活動をスタートさせた。そこからブレイクまではあっという間だった。しかし、その栄光も長くは続かなかった。徐々に仕事が減少していく中で、11年には沖縄への帰郷を決断した。

 拠点を沖縄に移してからは、ローカルタレントとしてメディア出演を継続させながらも、マネジメント業に注力すべく「オフィスパッション」を起業。さらには、17年からはパーソナルトレーニングジム「Passion’s Fitness PPP」をオープンさせた。

「マセキだからやらさせていただけていると思っています。他の事務所だったら絶対にできていなかったでしょうね。マセキとは縁があって、ここまでご一緒させてもらっていますし、僕からは本当に感謝しかありません」

 東京での活動は年に数えるほど。フリーという選択肢もあったが、「自分からマセキを辞めようと思ったことは1度もありません」と口にする。

「むしろ沖縄に戻ると言った時に『辞めさせられたらどうしよう』と思っていたくらいです。マセキは本当にいろんなことをやらせてくれます。お笑い以外の事業をヨシとしてくれる事務所ってあまりないですよね」

エンタメに携わる人たちへの思い、老人ホームを新たな場として提供へ

 タレント仕事、ジム経営、イベント司会、講演会登壇、老人ホーム訪問……。多岐にわたる活動を行っているが、マセキ芸能社への“恩”を忘れたことはない。「いつかマセキの沖縄支社を作りたいと思っているんです」と壮大なビジョンも口にする。

「マセキに何か恩返しができたらと思いますし、エンターテインメントの仕事にはずっと携わりたいと考えています。僕がプレイヤーとして出るという部分では、昔ほどの熱量はありませんが、みんなでチームを組んでご飯を食べられるような環境を作っていきたいです。僕がメディアに出ることで、そういった活動の名刺代わりになれば良いなと思っています」

 吉本興業やサンミュージックなど沖縄に支社を持つ事務所も多い。それだけの可能性を屋良も感じている。

「沖縄には、日本人のみではなく、海外の人をお客さんとするエンタメもあります。そういった魅力にあふれている地域だと思っています。言葉いらずで喜んでもらえるようなエンタメを提供できたらいいですよね」

 事務所スタッフとも、沖縄支社の実現に向けて話し合うこともあるという。根底にはエンタメに携わる人たちを応援したいう気持ちがあふれていた。

「沖縄は、人口割合でいえば“芸能人”が非常に多い地域だと思います。お笑いなどだけではなく、三線や民謡などを仕事にしている人もいらっしゃいます。でも、それだけでご飯を食べるとなると、沖縄は厳しい環境だと思います。福岡ぐらいの規模であれば、どうにかなるかとは思いますが、沖縄だとローカルでは愛されているものの、他の事業をしながらでないと生活できない人が多いと思います」

 屋良はそういった人たちが芸事で対価を得られるような場所を提供したいと考えている。中でも、今後力を入れていきたい場として掲げるのが「老人ホーム」だ。

「僕は今、老人ホーム3か所を週5で訪問していて、“パッション体操”といったレクリエーションをしたりしています。こういった場所をエンタメの場として広げていきたいです。エンターテイナーの人が、お年寄りの前で楽器を弾いたり、歌ったり、お笑いをしてみたり。

 本来だったら芸事で稼ぎたいけれど、まだお客さんを呼べない人もいると思います。でも老人ホームでやることによって、『ありがとう』と感謝してもらえながら、パフォーマンスの対価としてお金をもらえる。理想のお客さんではないかもしれませんが、自分のやりたいものを表現しながら、対価をいただけるような環境を作ることができたら、辞めてしまう人も減らせると思っています。それに、そこでの出会いが次につながる営業の場にもなると思うんです」

思い描く“マッチョ軍団”構想「マッチョは世界共通」

 さらには、パッション屋良が率いる“マッチョ軍団”構想も練っているという。

「大量のマッチョを集めたマッチョユニットを計画しています。『自分の体を駆使して笑いを届けたい人集まれ!』みたいな形で呼びかけています。単体でのマッチョ芸人さんはいますが、AKB48のようなマッチョ集団も面白いんじゃないかなと思っています。

 その中に1人だけ痩せた人か太った人を入れて、ザ・ドリフターズでいういかりや長介さんのようなポジションをやってもらって、マッチョが『なんでガリガリの言うこと聞かなきゃいけないんだ!』みたいな構図です(笑)。分かりやすいですし、マッチョは世界共通なので、外国の方にもウケるんじゃないかなと思っています」

 根底には、マセキ芸能社への感謝とエンタメに携わる人たちの幸せを願う気持ちがあった。

「沖縄支社を作って、マセキに恩返しもしたいですし、エンタメに関わる人たちが本職でご飯を食べられるようになってほしいです。回転寿司に行っても皿の色を気にせずに好きなだけ食べることができて、車のローンが通るぐらいは稼げるような環境を作りたいですね」

 第一線の表舞台からは退いてしまったかもしれないが、屋良のエンタメへの“パッション”はまだまだ消えていない。

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