「あぁ、掛かってしまったか」 わなで捕らえたクマ、果樹農家「ごめんね」葛藤…現場で手を合わせた理由
「箱わなにクマが入りました」――。役場からの一本の電話。山形県内で果樹園を営む女性は、複雑な心持ちで、その一報を受け取った。今年、全国的に最悪のペースで推移しているクマ被害。人身の安全確保という重要な目的は分かっていながらも、“命のやりとり”に心が痛み、詳細を聞くことはできなかった。夫と一緒に、果樹園内のわなが置かれていた場所に手を合わせに行ったという。弔いの意味について胸中を明かした。

「樹齢100年以上になる柿の木もまた必死で生きています」
「箱わなにクマが入りました」――。役場からの一本の電話。山形県内で果樹園を営む女性は、複雑な心持ちで、その一報を受け取った。今年、全国的に最悪のペースで推移しているクマ被害。人身の安全確保という重要な目的は分かっていながらも、“命のやりとり”に心が痛み、詳細を聞くことはできなかった。夫と一緒に、果樹園内のわなが置かれていた場所に手を合わせに行ったという。弔いの意味について胸中を明かした。
東京で生まれ育ち、夫の故郷である山形・遊佐町に移住し、6年前に新規就農した女性。家族にも手伝ってもらいながら、庄内柿とイチジクを育てている。「昨年7月にあった豪雨災害で被災し、イチジクのハウス1棟と、ようやく成木になった42本のイチジクを失いました。今は新たにハウスを建て、イチジクの苗を育成中です」。困難を乗り越えながら、果樹農家としての歩みを進めている。
一時期は毎日のように、すぐそばでクマの目撃情報が入り、ゴミ捨てすら不安な日々。「近くに民家もある場所で畑を管理するにあたり、危害を加える可能性の高いクマなどの害獣に関しては、役場に目撃情報を正確に伝えることが、山と人里の境界で仕事をする自分の役目であると考えています。箱わなの設置は、自分の希望も伝えつつ、役場の判断に任せています。今回は、民家も近いほ場(農業用地)であること、収穫直前の柿も被害に遭っていること、これから収穫のために人が毎日ほ場に向かうため安全を確保したいと言うことを伝えました」。
収穫がピークを越え、終わりに近付いていた今年11月初旬。役場からわなの設置期限のため撤収するとの連絡が来た。収穫作業に来るスタッフの安全を何より心配しており、安全を最優先に、「役場には『まだ収穫が終わっていなくて、バイトさんが来ている間だけでも置いてほしいです』と延長を希望しました」。こうして庄内柿の果樹園の中に残していた箱わなに、クマが掛かった。
実は、箱わなを置いた後に恐るべき事態が発生していた。「設置のすぐ後に、真上の枝が折られて『クマ棚』が形成されました。外から仕掛けた餌を食べた形跡もあり、箱わなを設置しただけでは脅しにはならないことが分かりました」と明かす。

“その後”は聞けなかった
電話を受けた時、女性は遠出しており、帰宅前に果樹園に向かった。「箱わなに掛かってくれれば安心できるという気持ちと、できればわなが設置された異変に恐怖を感じて人里へ近付かなくなってほしいという気持ち。設置からずっと複雑な心境でいました。『あぁ、掛かってしまったか……』。これが最初の感情でした。それと同時に、誰もけがをすることなく無事に収穫を終えたことへの安堵(あんど)感がありました」。去来した思いは、言葉にできないほど複雑だった。
役場の職員も重い口調で伝えてくれた。きっと同じ気持ちだったのではないか、と感じた。ただ、成獣だったのか、駆除されたのか。その後を聞くことができなかった。「分かりました、ありがとうございました」。それだけ伝えて現場へ向かった。
女性はバイトの皆に知らせるため真っ先に現場の撮影をした。その横で、夫はおりのあった場所で手を合わせていた。「私も隣で手を合わせて、2人でごめんねと言いました」。
あの日以来、ずっと自問自答している。「動物たちが必死で生きていることは分かっています。しかし、この場所にある柿の木は古くに植えられていて、樹齢100年以上になる柿の木もまた必死で生きています。私が農家としてできることは、大切にされてきたこの木を、大切に未来へつなぐことだと思っています。その果樹を守るために、我々もまた必死なのです。『クマの生息するような場所にいる人間が悪い』という意見もありますが、山と人里の境界にいる我々が、野生動物たちにお返しして、ここを捨てていなくなったらどうなるのか、問題は解決するのか。クマの出没範囲が広がって対岸の火事ではなくなっている今、本当の意味で自然を守ることについて思いを巡らせてほしいと思うと同時に、自らも学び直したいと思いました」。真摯(しんし)な思いを語る。
女性はSNSで今回の出来事を報告。「安心のために捕まってほしいような、わなを置くことで警戒して山へ逃げてほしいような。複雑な気持ち。とにかくここに働きに来てくれている仲間を危険にさらしたくなかった」と、悩ましい思いを吐露した。
投稿は反響を呼び、「熊のいるところに住んでいます。状況によって駆除は絶対必要なことだと考えています。大切に育てた作物をやられた腹立ちやおつらさ、人的被害がでなかったことの安堵、それでも、罠にかかった熊の末路も思われて、今日合掌されたというご夫婦のお気持ちを思うと涙がでそうです」「殺したい訳でも殺されたい訳でもない。心中さまざまとお辛いですよね」「今年は改めて考えさせられた。農作物が手に入るのって農家さんたちが命がけで守ってくれたおかげなんだなーって。いただきますのありがたみと大切さ」「物ではなくてお互い命ですからね 仕方がないんですよね 手を合わせる心って大事だと思います」など、共感の声が寄せられた。
「動物たちの脅威となるドローン開発」の提案
一方で、「クマがかわいそう」など駆除への批判も聞こえてくる。女性はまだ“答え”を探している途中でもある。
「まだ不勉強な私が言えることはないのですが……。『かわいそう』と思う気持ちは人として大切であるけれども、かわいそうだからこそ、これ以上野生動物を増やさないことが大切かと考えます。野生動物を思いやることができる人ならば、不運にも野生動物により被害に遭った方への思いやりを同時に持っていてほしいと願っています。命懸けで駆除に当たる人たちがいるからこそ生活ができているのであって、感謝することはあっても批判することはあってはならないとも思います。人間がかわいそうだからと逃しても、その思いやりはクマには通じないのではないでしょうか」。言葉を選びながら、自身の考えを教えてくれた。
12月になって冬眠が本格化する時期に入ってきた。「人里へ下りてきたクマは、人里にあるものの味を知り、簡単に手に入れることができて、今や『人間は全く恐くない』と認識しているなと日々感じます。子グマを連れた母グマは、人里を餌場として教えている、とも聞きました。今年はもう12月になるというのに妙に暖かい日もあって、眠れないクマも多いだろうと思います。ドローンやロボットの研究が進んでいる今、人間の代わりに追い払うなど、動物たちの脅威となるドローンなどの開発を進めてほしいなとも思います」。今年の冬に、一抹の不安がよぎる。
自然の恵みに感謝し、果樹を育て、守り続ける。クマの命に思いをはせながら、山についても学びを深めていく。女性は「駆除の話だけでなく、誰もやりたがらないような仕事を誰かが担ってくれていることで、間接的に自分の生活が支えられていることを、未来を生きていく子どもたちに優しい言葉で伝えられる大人でありたいと自分は考えます。まだ私は山で何が起きているのかを正確には分かっていません。人里と山の境界で仕事をする者として、今後はもっと勉強をして正しい発信ができるようになりたいと感じています」と結んだ。
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