「機内で急病人が発生」偶然乗り合わせた4人の医師が連携 10時間の空の上で命をつないだ“奇跡の救護”

国際線の機内で急病人が発生した。まだ目的地までは10時間――。そんな極限の状況下で行われた“空の上の救護活動”が、ネット上で大きな反響を呼んでいる。治療に当たったのは、偶然同じ便に乗り合わせた国籍も異なる複数の医師たち。後日、ANAからは感謝の手紙が届いた。心温まるエピソードをSNSに投稿した大阪掖済(えきさい)会病院麻酔科の西原秀信さんに詳しい話を聞いた。

ANA機内が緊迫した(写真はイメージ)【写真:写真AC】
ANA機内が緊迫した(写真はイメージ)【写真:写真AC】

日本人医師たちの奮闘…ネットも感動「心が洗われる思い」

 国際線の機内で急病人が発生した。まだ目的地までは10時間――。そんな極限の状況下で行われた“空の上の救護活動”が、ネット上で大きな反響を呼んでいる。治療に当たったのは、偶然同じ便に乗り合わせた国籍も異なる複数の医師たち。後日、ANAからは感謝の手紙が届いた。心温まるエピソードをSNSに投稿した大阪掖済(えきさい)会病院麻酔科の西原秀信さんに詳しい話を聞いた。

 西原さんが搭乗したのは、フランクフルト発羽田行きのANA224便。スペイン旅行の帰路だった。消灯後の機内で体を休めていたところ、客室乗務員(CA)から声をかけられた。

 CAの言葉を聞き、西原さんはすぐに状況を理解した。

 西原さんは数年前に、ANAとJALで医師登録を済ませていた。機内で急病人が出た場合、“乗客の中の医師”として応急措置を行う役割を担う。「何かあれば、よろしくお願いします」。これまでJALの機内では、あらかじめチーフCAからあいさつを受けることもあった。万一に備え、使命感がなければ務まらない、医師ならではの活動だ。

「機内食を食べて消灯後しばらくして、のタイミングだったので、完全にスイッチoffだったんですが、CAさんが突如前に現れて、すぐに、スイッチonしました」

 ただちに指定された座席に向かい、診察を始めた。

 急病人の容態は深刻だった。傍らには機内に常備されている医療用救急キットが置かれた。中には点滴、注射液など乗り合わせた医師が使用できる医療品が入っている。

 自分だけでは手に負えないと判断した西原さんは、CAにドクターコールをするようお願いした。

「最初は一人だったのですが、思いのほか重症だったので、すぐに機内アナウンスで“ドクターコール”を依頼したら、3人も来てくれて、他のDr、特に同年代の外科の先生と相談しながら、あれやこれやとすすめていきました」

 集まったのは、同じ便に偶然搭乗していた医師たち。外国人の女医、日本とベルギーにルーツを持つバイリンガルの女医、日本の外科医だった。

 それぞれの専門だけでなく、国籍や言葉も違う4人の医師。限られた医療機器と薬を頼りに、懸命に治療に当たった。

 聴診器と自動血圧計は故障していた。

「呼吸音が聴けず。サチュレーション(動脈血酸素飽和度)の値が88~90だったので、呼吸疾患の鑑別に困った。特に、自動血圧計が壊れていたので、手動血圧計での測定(聴診器必要)にも苦慮しました」

 一時は人命優先のため、緊急着陸を行うことも検討された。

「患者さんを診た時、羽田まで約10時間ってくらいで、“今なら、アゼルバイジャンに緊急着陸可能です”ってCAさんから伝えられたのですが、その時、4人の医師の心がひとつになった気がします」

 酸素投与、末梢ルート留置、輸液……。得られる情報も少ない中、4人は互いに相談しながら、刻一刻と変化する患者の状態を確認し、適切な処置を施した。

「今回に関しては、外国人の神経内科の先生が、執拗に問診してくださって、病因の核心に迫る言質を得るに至り、緊急着陸を回避できました。4人いたので、なんとかなりました」

 患者の症状は経過観察を経て軽快に向かい、一大事を回避することができた。

「ANAでかつ羽田行きということで、患者さんも日本人だったので幸いだったかもしれません」

機内にあった救急キットで対応した【写真提供:西原秀信さん】
機内にあった救急キットで対応した【写真提供:西原秀信さん】

投稿で伝えたい思い 「専門外の先生たちであっても役に立つ」

 西原さんは機内の医療物品についても詳しく確認した。

「興味津々で、隅から隅まで探りました。アナフィラキシー、心筋梗塞、てんかん発作、心不全、喘息発作に対する薬剤は一通りそろってました。局麻、縫合セットもあって、簡単な手術もできそうでした」

 ただし、聴診器と自動血圧計が使えなかったことについては、帰国後すぐにANAへフィードバックした。

 後日、西原さんのもとにANAから感謝の手紙が届いた。手紙には、酸素吸入や点滴の処置、経過観察など様々な対応への感謝が記されていた。

 11月29日、西原さんは、この経験を自身のSNS(@osaka_nissy_japan)に投稿した。

「スペイン旅行後、ANAから手紙が届いた。医師として、またひとつ、完成形に近づけた気がする」

「完成形」という言葉の真意を聞くと、西原さんは「今回、スペイン旅行の帰りで、いまだに未完成の“サグラダ・ファミリア”にかけたシャレです。“まだまだ未完成”と解釈ください。医師としての完成形とは? 謎です」と答えた。

 一方で、今回の投稿については3つの思いがあったことを明かした。

「30年近く麻酔科医として勤務医をしてますが、患者から感謝の手紙をいただくことは、ほとんどありません。“縁の下の力持ち”と思いながらやってきましたが、やはり、こうやってANAから手紙をいただいて、純粋にうれしかったこと」

「機内にある医療物品について、これほど吟味された薬剤、物品があることに感心しまして、写真を撮りました。そして、公開情報と知ったので、他の医師にいちはやく共有したいと思いました」

「精神科や眼科とか、乗り合わせても“専門外”だと躊躇(ちゅうちょ)すると聞いてます。ですが、今回、3年目の先生が通訳してくれたり、外国人の神経内科の先生が執拗に問診してくださって、病因をつきとめてくれたこと、外科の先生が、点滴の介助をしてくれたこと、専門外の先生たちであっても、全然役に立ちますよ、と感じたから、この思いを伝えたいと思いました」

 投稿は大きな反響を呼び、「先生の行動を心から尊敬します」「父が飛行機内で急変し、ドクターに助けてもらったことを今でも思い出します」「乗員乗客、この投稿を見た人全てが医師がいてくれる事のありがたみを再認識したと思います」「私も困った人を助けられる人になろうと心が洗われる思いです」などの声が寄せられた。

 中には、「これは給与は発生しますか?」との問いもあったが、西原さんは、こう返した。

「それは、今後もないと思います。プライスレス、という考え方でいいんじゃないでしょうか?」

 空の上で発生した緊急事態に、休暇中にもかかわらず立ち上がった4人の医師たち。その見事な連携と献身が一人の命をつなぎ、多くの人の心を動かす出来事となった。

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