「羊文学が好き」―塩塚モエカと河西ゆりか、真逆な2人が見る景色 怒涛の1年を駆け抜けて感じた成長

オルタナティブロックバンド・羊文学にとって2025年はチャレンジングな1年となった。アメリカ、アジア、ヨーロッパとツアーで世界を周り、初の日本武道館公演も成功させた。さらには、5枚目となるフルアルバム『D o n’ t L a u g h I t O f f』もリリースするなど、まさに充実した日々となった。メンバーの塩塚モエカと河西ゆりかに激動の1年を振り返ってもらった。

初の日本武道館のステージに立った羊文学【写真:Daiki Miura、Asami Nobuoka】
初の日本武道館のステージに立った羊文学【写真:Daiki Miura、Asami Nobuoka】

初の武道館ライブで感じたアットホームな空気「すごくいい場所」

 オルタナティブロックバンド・羊文学にとって2025年はチャレンジングな1年となった。アメリカ、アジア、ヨーロッパとツアーで世界を周り、初の日本武道館公演も成功させた。さらには、5枚目となるフルアルバム『D o n’ t L a u g h I t O f f』もリリースするなど、まさに充実した日々となった。メンバーの塩塚モエカと河西ゆりかに激動の1年を振り返ってもらった。(取材・文=中村彰洋)

――アルバム『D o n’ t L a u g h I t O f f』を10月8日にリリースされてからしばらくたちましたが、反響はいかがですか。

塩塚「日本にいる時間が少なかったり、実際に声を聞く機会は少ないのですが、褒めてもらうことが多いです。自分的にも良いものができたと思っています。この前ラジオでファンの方の音声コメントを聞く機会があって、肉声で聞けてすごくうれしかったんです」

――4月のUSツアーから始まって、世界を回られていく中で、印象が変わっていった楽曲などはございましたか。

塩塚「『未来地図2025』は曲も長いので、レコーディングした時はどうやって演奏しようかなと思っていたのですが、ライブを締めくくるような曲になってくれました。打ち込みの音から徐々にバンドサウンドになっていく過程でお客さんの顔がパッと変わる感じも面白かったです」

――アジアとヨーロッパツアーはセトリは異なりましたが、『そのとき』から始めて、『光るとき』で終える構成となっていました。何か意図があったのでしょうか。

河西「アジアとヨーロッパのツアーは別のものとして発表はされていますが、最初は一緒のツアーの予定だったので、そのように捉えていたのかもしれません」

塩塚「アジアは武道館に向けてどんどん完成させていきたい気持ちがありましたね。2回目のアジアツアーなので、自分たちが見せたいものを見せたいとも考えていました。ヨーロッパはお客さんの反応が予想できなかったので、みんなが聞きやすかったり、コミュニケーションの取りやすい楽曲を取り入れました」

――アルバム収録曲の『doll』はヨーロッパツアーで初出しとなりました。

塩塚「アジアツアーでは新曲をたくさんやっていましたが、ヨーロッパでは新曲を減らしていたので、『ちょっとやってみようか』って。ヨーロッパだからこそということではなかったです」

――初の武道館公演はとてもアットホームな空気を感じました。

塩塚「いや、緊張してましたよ。『もう帰りたい!』とか楽屋で言ってました(笑)。1曲目の歌い出しが私1人なので、緊張でした」

河西「初日は特に緊張してたんじゃない?」

塩塚「『新曲多くてやばい!』みたいな感じでした」

――武道館という場所への特別な思いなどはありましたか。

河西「あまりなかったです。私は観に行ったことも1回しかなくて。歴史があって有名で、立てたことはもちろんうれしかったですが、特別な目標にしていたとかはないです。でもすごくいい場所でした」

塩塚「分かる。すごいいいところだったよね。また武道館でやりたいです。すごい大きな体育館みたいな感じが、アジアを回ったからこそ、よりホームに感じたのかもしれないです。めっちゃ温かくて、すごく好きな場所になりました」

ボーカル・ギターの塩塚モエカ【写真:Daiki Miura、Asami Nobuoka】
ボーカル・ギターの塩塚モエカ【写真:Daiki Miura、Asami Nobuoka】

USツアー前にはプレッシャーで胃腸炎に「不安になりすぎて」

――海外ツアーでは小さめのライブハウスにも立ちましたが、ステージの大小で意識に変化はありますか。

塩塚「それはあるかもしれないです。ヨーロッパでは、3人乗っていっぱいくらいのステージ、キャパも200人くらいの場所もあって、その時はセットリストをそこでやりたいものに変えましたね」

――会場の実際の雰囲気を感じ取ってから変更したんですね。

塩塚「大きいとお客さんとの物理的な距離が遠いですが、近いと緊張しちゃうというか、ちょっと照れくさくなっちゃったりする時があります。ずっと近いところでやっていた頃はあまり気にならなかったですが、遠い距離が続いて急に近いと、『どこを見たらいいのでしょうか』みたいな気持ちになったりする時があります(笑)」

河西「大きいほうがやりやすいかもしれないです。距離も遠いので、自分の感情みたいなものをそこらへんにポンポンって投げられるんですけど、近いと……戦いみたいな気持ちになります(笑)」

――ライブハウスでたくさんのライブをやってきたと思いますが、恋しくなったりはしないのでしょうか。

河西「恋しくなるとかはないけど、やったらすごく楽しいし、お客さん側の立場としても、そういうサイズの箱に見に行きたいですよね」

――ツアーを回り続けた1年でした。無事に終えての率直な思いをお聞かせください。

塩塚「健康に回れて本当に良かったです。去年は体調崩したり、USツアーの時も、『家を2週間空けるんて……』とか、『向こうでちゃんと体調をキープできるかな』みたいにいろいろ不安になりすぎて、行く前に胃腸炎になったんですよ(笑)」

――プレッシャーで行く前にですか!

塩塚「到着する頃には治ったんですけどね。私はメンタルから体調を崩すことが多かったので、今回のツアーではそうなりたくないと思って、年始からジムに行ったり、栄養を摂るように心がけていたので、それが活きたのかもしれないです。どの都市でも楽しめたし、体調もキープできたということが成長だと思います」

――河西さんはいかがでしたか?

河西「あ、終わったなって感じでした(笑)。単純に知らないところに行くことは、人間として成長できますし、すごく価値があるものだなと感じました」

ベースの河西ゆりか【写真:Daiki Miura、Asami Nobuoka】
ベースの河西ゆりか【写真:Daiki Miura、Asami Nobuoka】

2016年に経験した初海外、塩塚モエカの心境の変化「昔の方が単純に憧れが」

――タイトなスケジュールだったかとは思いますが、各国を満喫する時間はあったのでしょうか。

河西「ライブが始まるのが午後8時とかだったので、その前に観光していました」

塩塚「遊びすぎて眠いみたいなね(笑)」

――印象的な場所はありましたか。

塩塚「ウィーンで室内楽のようなコンサートを観に行ったんです。ステージから近いところに席が取れて、自分が見る側になって、演奏している人の顔とかをじっくり見ることができました。カジュアルな雰囲気の中でニコニコしながら演奏していて、こんな文化が身近にあるなんていいなって思いましたね」

河西「ウィーン楽しかったよね」

塩塚「1日オフがあったので、みんなでチョコケーキ食べたりしたよね。名前は……ザッハトルテ!」

河西「いろんな大聖堂にも行きましたね」

塩塚「あとはなぜか変なテンションになって、やたらとお土産屋さんに入ったよね。日本でいうキオスクみたいな」

河西「いや、でもあれは私は狙いに行ってたよ! “へたかわ”なマグネットを集めているので、いろいろ買いました」

――ライブはもちろんですが、旅行的な満喫もできたみたいですね。

塩塚&河西「できました(笑)」

――ヨーロッパでのワンマンは初めてでしたが、お客さんの熱気はいかがでしたか。

河西「ヨーロッパやアメリカでは熱狂的なファンの人たちが、どんな曲でもすごい反応してくれるので、『次めっちゃ静かな曲だけど大丈夫そう?』みたいな感じになったりもしました(笑)」

塩塚「アルペジオとか鳴らして、『ちょっと静かに!』みたいなね(笑)。でもうれしいです。どの国だったかは忘れてしまったのですが、私のチューニングをめっちゃ応援してくれた時もありました(笑)。掛け声とか手拍子で、間を全部埋めてくれて」

――逆に焦っちゃいせんか?

塩塚「いや、『助かる~!』って。日本でも採用してほしいくらいです(笑)。あまり焦らないようにはしていますが、そういう音で埋めてくれると、よりゆっくりやってもいいかなって気持ちになれます」

――河西さんの加入前にはなりますが、初海外は2016年のカナダでのライブだったかと思います。当時から海外志向のようなものがあったのでしょうか。

塩塚「昔の方が今よりも海外に行きたいと思っていたかもしれないです」

――何かきっかけがあって心境が変化していったのでしょうか。

塩塚「日本がちょっと好きになったのかも(笑)。昔の方が単純に憧れがいっぱいあったのかもしれないです」

――当時はまだ大学生でしたね。

塩塚「あれは楽しかったですね。ツアーもほとんどしたことがなかったですし、自分がミュージシャンを仕事にした初めての1週間みたいな感じでうれしかったことを覚えています」

アットホームな空気感に包まれた羊文学の武道館公演【写真:Daiki Miura、Asami Nobuoka】
アットホームな空気感に包まれた羊文学の武道館公演【写真:Daiki Miura、Asami Nobuoka】

河西ゆりかの原動力は「『羊文学が好き』というモチベーション」

――ここ数年は怒涛の日々かとは思いますが、お互いに成長を感じるポイントなどはございますか。

塩塚「私が見えていなかっただけかもしれないけど、こっそり努力する人なんだなと感じています。どんどんブラッシュアップしていって、演奏も歌もどんどん上手になって、変わっているなって(笑)」

河西「ふーん。そうなんだ(笑)」

――河西さんから見て塩塚さんはどうですか?

河西「やっぱりマインドが成長しましたね。“いろんな人が世の中にはいる”ということを受け入れられるようになった感じがします」

塩塚「今までは『もっと社会がいい方になったらいいのに』とか思っていましたが、『まぁ関係ないかな』と思えるようになって、もっと自分が集中すべきものを見つけたんだと思います。普通にごはんがおいしいとか。自分のやりたいことが重要だなって思っています。世直しって気持ちは大きすぎましたね(笑)」

――羊文学をやっていく中で、自分のやりたいこととのバランスはどのように取っているのでしょうか。

塩塚「まずは来た球をしっかりと打ち返していきたいと思っています。その中で打ち返す精度を上げていきたいですし、そこから好きなことをやっていけたらいいのかなと思っています」

河西「その部分は難しいですよね。沼にハマって抜け出せないというか……」

塩塚「結局は何が欲しいのかだと思います。私の中では自分の芸術を作りたいというよりも、音楽を仕事にしたいという思いが今は重要になっています。自立できているという自信をつけたいみたいなことなのかもしれないです」

――音楽以外の表現手法を考えたこともあるのでしょうか。

塩塚「占いで『小説家になったほうが良い』と言われたことはありました(笑)。やってみたいなと思うことはいろいろありますが、まだ根気が足りないです。根気がないことが、自分の生きたい人生を選べないことの根源なのではないかと、最近はずっと考えています(笑)。『本当にこの人生でいいのだろうか』っていうのは、ずっと思っているところではありますが、今は働くということが多分好きなんだと思います。

 ゆりかちゃんとは真逆ですが、休みがあっても、私は強欲なので、あれもこれもできるようになりたいからどんどん働きたいし、前に進みたいんです。芸術的なものを作るという意味では、立ち止まって考える時間も大事だとは思います。だからこそ、仕事としてやる方が私には向いているんだと思います。でも芸術的なものにも憧れるし、その中で何をやったらいいんだろうっていうのをずっと考えている感じですね」

河西「私は本当は働きたくないです(笑)。でも、『羊文学が好き』というモチベーションで活動しています。自分のスキルアップとかではなくて、単純にすごくいいバンドだと思うからやっている感じなんですかね。本当は『忙しいね』と言われて、『はい、忙しいです!』ってめっちゃ思います。でも、モエカは『そんなことないです』って言うんです(笑)」

インタビューでは来年への思いも語った【写真:Daiki Miura、Asami Nobuoka】
インタビューでは来年への思いも語った【写真:Daiki Miura、Asami Nobuoka】

来春には日本ツアーを開催「とにかく来年も駆け抜けたいです!」

――今は何をしている瞬間に一番楽しいと感じますか。

塩塚「結果が数字になって表れた時です(笑)。ちゃんと数字で前回よりも成長していると見えることがなんだかうれしいんです。でも、さっきも話題にしたファンの方からの音声コメントを聞いた時は久々に心から『うれしい!』と思えたんです。私と同い年くらいであろう人たちが、ちょっと照れくさそうに話してくれていて、私が音楽を聴いて思うようなことを、自分の音楽に対して思っていてくれているんだなと伝わってきました」

――河西さんはいかがですか。

河西「移動は嫌いなんですけど、見たことのない景色を見たりすることが楽しいです。ライブしている時も見えているものが、全部違うんです」

――年明けには初めてのファンクラブライブ『猫が好き』を開催しますが、このタイミングで開催した理由はありますか。

河西「ずっとやりたかったんです。お金を払ってまでファンクラブに入るって、本当に好きでいてくれている人たちだと思うので、そういった人たちとやるライブなら、セットリストもいろいろ変えられそうですし、楽しみです」

――先程の音声の話ではないですが、FCライブだと声を聞ける機会も増えそうですね。

塩塚「でも私が直接聞くのはダメなんですよ(笑)。ラジオは取材したスタッフさんがファンの方を突然呼び止めて、話してもらっていたから良かったんです。ラジオがすごく好きなので、人の声だけを聞くということが好きなのかもしれないです」

河西「そしたらボイスメッセージボックスとか作る?」

塩塚「確かに! でもそれだと絶対私たちに届くって思っちゃうじゃん。いろいろそこでやっぱり人って考えるじゃん!」

――難しいですね(笑)。唐突に出てきた本当の言葉が聞きたいんですね。

塩塚「この前のラジオでの音声はその点がすごくリアルだったんです。急だったからの本心を聞けた感じがして、良かったのかもしれないです」

――これまでバンドとして、今後の目標のようなものを語られているイメージがあまりありませんでした。今までは意識的に触れてこなかったのでしょうか。

塩塚「最初はないほうが良いのかなと思っていただけだったのですが、今は本当にないんです。働きたいという思いと、自分のものづくりとしてやりたいこと、その両極にあるようなものが合わさった中間地点に“羊文学”というアウトプットがあると思っています。

 自分のやりたいようにやってしまうと、それがいつでき上がるかも分からないし、全然違うものになっていく気がしています。だから今は流されるくらいがちょうどいいのかもしれません。その両極があるから、できたものがこうやって皆さんに聞いてもらえているんだろうなと思っています」

河西「目標って難しいですよね(笑)」

塩塚「チームが大きくなっていく上で、あった方がいいとは思っているんですけどね。毎年同じような1年だと飽きてしまうので、なにか違うこともしたいですし……。来年の『SPRING TOUR 2026』は、日本の空気感の中で作っていくツアーになると思うので楽しみです。とにかく来年も駆け抜けたいです!」

□羊文学(ひつじぶんがく)Vo.Gt.塩塚モエカ、Ba.河西ゆりか、Dr.フクダヒロアからなるオルタナティブロックバンド。2020年にF.C.L.S.(ソニー・ミュージックレーベルズ)よりメジャーデビュー。23年、メジャー2ndフルアルバム『our hope』が、第15回CDショップ大賞2023 大賞<青>を受賞。TVアニメ『呪術廻戦』「渋谷事変」エンディングテーマ『more than words』が国内ストリーミング1億再生を突破し、日本レコード協会プラチナ認定作品に選定されるなど大ヒットを記録。25年5月には日本最大規模の国際音楽賞MUSIC AWARDS JAPANにて、最優秀国内オルタナティブアーティスト賞と『more than words』が最優秀国内オルタナティブ楽曲賞の2部門で最優秀賞を受賞した。同年10月8日にはバンドとして5枚目となる、フルアルバム『D o n’ t L a u g h I t O f f』をリリース。ライブ活動においては、初のUSツアー「Hitsujibungaku US West Coast Tour 2025」、日本武道館2daysと大阪城ホールを含む過去最大規模のツアー「Hitsujibungaku Asia Tour 2025“いま、ここ(Right now, right here.)”」、そして欧州6か国7都市を回る初のヨーロッパツアー「Hitsujibungaku Europe Tour 2025」を完走。12月19日・25日には毎年恒例のクリスマスライブ「まほうがつかえる2025」、26年1月7日・11日には初のFCライブ「猫が好き」を開催。2月24日からは「SPRING TOUR 2026」で5都市を巡る。

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