寛一郎、「役者向いてない」と苦悩もつかんだ転機 父・佐藤浩市、祖父・三國連太郎さんも「自分は自分」
俳優・寛一郎が、福地桃子主演の映画『そこにきみはいて』(竹馬靖具監督、公開中)に出演した。原案を務める中川龍太郎監督とは10代から縁があり、今回のオファーは「点と点が線になったようだった」と振り返り、節目となったと位置づける。その理由とは――。

映画『そこにきみはいて』が「心の節目」に
俳優・寛一郎が、福地桃子主演の映画『そこにきみはいて』(竹馬靖具監督、公開中)に出演した。原案を務める中川龍太郎監督とは10代から縁があり、今回のオファーは「点と点が線になったようだった」と振り返り、節目となったと位置づける。その理由とは――。(取材・文=平辻哲也)
撮影は2024年1月。その直前、寛一郎は事務所の移籍、初の舞台主演(『カスパー』23年)など環境が大きく動いた時期だった。
「その頃、ずっと“俺、役者向いてないな”って考えてました。ちょうど2~3か月前に『ナミビアの砂漠』を撮っていて、“俺ほんとに向いてないかもな”って。でもこの作品の撮影中に、“変わろう”と決めたんです。だから、この映画は自分の中での節目だったと思います。心の節目ですね」
河合優実主演の『ナミビアの砂漠』(山中瑶子監督)は24年のカンヌ国際映画祭監督週間に出品され、国際映画批評家連盟賞などを受賞。寛一郎はヒロインの恋人役を好演しているが、その手応えと世間の評価とは、まったく別のものだった。
『そこにきみはいて』には縁のつながりもあった。
「19歳の頃、『菊とギロチン』で共演した小水大雅さんから“竹馬さんがやばい”と聞いていたので、竹馬監督の名前はずっと認識していました。20~21歳の頃には、中川さんとご飯に行って、“映画をやりましょう”という話にもなったんですけど、いろいろあって頓挫してしまった。それが6~7年ぶりに今回つながって、“これやんなきゃ”という義務感に近い気持ちがありました」
本作は、海沿いの町で暮らす香里(福地桃子)と健流(寛一郎)の関係を起点に、彼らと香里の前に現れる慎吾(中川龍太郎)の3人が抱える“すれ違い”を描く物語。入籍を控えるなか、健流は突然命を絶ち、香里はその理由を探すように慎吾を訪ねていく。
作品のテーマに惹かれた理由について、寛一郎は「本を読む前から“やってみたい”と思える設定だった」と語る。「原案は友人を亡くした中川さんの話で、中川さん自身からも話を聞いていましたし、『走れ、絶望に追いつかれない速さで』にも惹かれていました。いろんな縁が重なっていた。脚本にも竹馬さんの節が入っていて、自分が寄り添えるキャラクターでした」。
健流はクィアの要素を持つキャラクターで、親友の男性のことを忘れられないでいた。しかし、恋愛感情を抱かない指向「アロマンティック」で、性的に惹かれない指向「アセクシュアル」の香里を“自分を理解してくれる存在”だと思い、結婚を決める。
「難しかったですね。知り合いに当事者の方がいて、話を聞きました。僕には“分かる”より“分からない”が確かなんですけど、共通する部分はあったんですよね」
共通点を問われると、「人との距離感や、香里と慎吾の中でレイヤーが違う場所にいる感覚、孤独みたいなものですね」と語る。「役と自分が乖離していないので、自分に寄せるというか、自分から寄りにいくし、役も寄せてくる感じです」。

続いた“縁”「不思議なつながりです」
福地とは初共演となった。「福地桃子さんとは初めてでしたが、温かくて、声も柔らかいし、色っぽい印象でした。でも香里と同じように冷たさもあるというか」。
本業は監督・詩人の中川とは“俳優”として初共演となった。
「中川さんって俳優っぽいというか、常に演じている感じがある印象でした。浜松で部屋が隣で、撮影後に2人でタバコを吸って一杯飲んで寝るのが日課だったんですけど、部屋に俳優の入門書が5冊くらい置いてあって、“こんなん読んでるんですか?”と聞いたら“そうだよ”って」
『そこにきみはいて』で始まった縁はその後の仕事にもつながっていく。河瀨直美監督の『たしかにあった幻』(26年2月6日公開)ではメインキャストで出演。中川監督の『恒星の向こう側』(第38回東京国際映画祭コンペティション部門出品作)では福地と夫婦役を演じ、福地の母親役を、河瀨監督が演じた。
「『恒星の向こう側』への出演は、中川監督と過ごした夜があって、出ることになったんだと思います。東京国際映画祭では福地さん、河瀨さんがそろって最優秀女優賞を取って、うれしかったです。それにしても、不思議なつながりです」
役者として8年。父・佐藤浩市、祖父・三國連太郎さんという系譜を持ちながらも、寛一郎は「自分は自分」としての道を歩んできた。それでも、この作品に携わった時間は、改めて俳優という職業を見つめ直すきっかけになった。
「今も、“俺、やっぱり俳優に向いてないな”って思うこともあるんですよ。でもそれがネガティブじゃなくて、“向いてないから頑張ろう”って思えるようになった。たぶん、その気持ちが成長に繋がってるんだと思います」。こうした実感が寛一郎の言う「節目」の正体なのだろう。
□寛一郎(かんいちろう)1996年8月16日、東京都出身。2017年にデビュー後、同年に出演した映画『ナミヤ雑貨店の奇蹟』で第27回日本映画批評家大賞の新人男優賞を受賞。翌年に公開された『菊とギロチン』では多数の新人賞を受賞した。近年の主な出演作に、映画『ナミビアの砂漠』(24年、山中瑶子監督)、FODドラマ『HEART ATTACK』(25年)、NHK大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』(同)、NHK連続テレビ小説『ばけばけ』(同)ほか、12月13日スタートのNHK放送100周年ドラマ『火星の女王』に出演。映画では『爆弾』(10月31日公開)、『ラストマン -FIRST LOVE-』(12月24日公開)。26年2月には『たしかにあった幻』(河瀨直美監督)、同年に『恒星の向こう側』(中川龍太郎監督)も待機している。
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