クマ事故遺族に「自業自得」 動物愛護の暴走はなぜ起こる? 「根底に人間不信」精神科医が分析
全国各地でクマによる被害が相次いでいる。今年度のクマ被害による死者数は全国で13人と、統計を取り始めた2006年以降で過去最悪に。人を食べる目的で襲った食害のケースも複数報告されている。人身被害とともに深刻な問題となっているのが、動物愛護のもとに行われる駆除への抗議活動だ。過度な動物愛護思想はなぜ生まれるのか。「イヌネコにしか心を開けない人たち」などの著書がある精神科医の香山リカ氏に、その心理を聞いた。

被害が深刻な地域に対し、地域差別をあおったり、不買運動を呼び掛ける投稿も
全国各地でクマによる被害が相次いでいる。今年度のクマ被害による死者数は全国で13人と、統計を取り始めた2006年以降で過去最悪に。人を食べる目的で襲った食害のケースも複数報告されている。人身被害とともに深刻な問題となっているのが、動物愛護のもとに行われる駆除への抗議活動だ。過度な動物愛護思想はなぜ生まれるのか。「イヌネコにしか心を開けない人たち」などの著書がある精神科医の香山リカ氏に、その心理を聞いた。(取材・文=佐藤佑輔)
「クマの住処と食べ物を奪ったのは人間」「母熊と幼い子熊は空腹のまま鬼に惨殺された」「猟友会は犯罪者集団」「一番絶滅すべきは人間」「熊殺しは神殺し」
これらは実際にネット上に書き込まれた、クマ擁護派のものと思われる投稿の数々だ。中にはクマ被害が深刻な一部地域を名指しして「どうせ消滅する地域」「県民の民度も残念」などと地域差別をあおったり、不買運動を呼び掛けたりする声や、クマに襲われ亡くなった人やその遺族に対する「自業自得」といった誹謗(ひぼう)中傷の言葉もある。
なぜ襲われた人間よりも、クマの方に感情移入してしまうのか。香山氏は「動物愛護の本質は人間憎悪」と、その思考回路について解説する。
「行き過ぎた動物愛護の根底には、動物への愛だけではなく、人間不信や人間憎悪があります。人間は利己的で、金儲けのために環境破壊したり動物を殺したりしていると思い込む反面、動物はピュアで神聖な存在として理想化・神格化する。人間不信が動物愛護に至る理由は、動物たちが言葉を持たないから。人間社会で批判されたり、誰も自分のことを理解してくれないという環境でも、動物だけは自分のことを分かってくれて、否定せず寄り添ってくれるはずだというファンタジーに走ってしまうんです。
実際には動物が何を考えているかなんて分からないし、餌がもらえるから懐くという本能に根ざした行動かもしれません。しかし、猫は甘えん坊、クマは優しいなど、まるでおとぎ話ように人間と同じような感情や喜怒哀楽があるものだと擬人化して、そこに感情移入してしまう。実生活でうまくいっていない、心に何らかの傷を抱えている人ほど、過度な動物愛護に陥りやすい側面はあると思います」
動物愛護が魚や昆虫の命に比較的関心を持たないのは、擬人化により感情移入ができる要素が少ないため。その点、クマは哺乳類の中でもことさら感情移入しやすい動物にあたるという。
「一言でいうと、かわいいからです。モフモフした手触り、ずんぐりとした体型、子育ての習慣や、立ち上がった際のユーモラスな姿も擬人化されやすい。現実のヒグマやツキノワグマは恐ろしいものですが、テディベアやプーさんなど、古今東西、多くの国でデフォルメされたキャラクターがいます。
この『かわいい』という価値が、とりわけ日本では大きな意味を持ちます。議論によるコミュニケーションよりも同調圧力を重視する日本文化の中では、成熟したものは怖い、未成熟なものほどかわいい、優れているという価値観が強い。環境問題に根差した欧米のアニマルライツ活動とは少し異なり、日本の動物愛護ではかわいいことがすごく重要。理屈よりも『あんなかわいいものが殺されるなんて』という感情が先に来るわけです」

香山氏自身、過去には動物愛護に傾倒しそうになった時期も
動物への感情移入自体は、ペットを飼っていたり、ある程度動物が好きな人なら誰でも起こりうるものだが、問題はそれが自分と全く無関係な野生動物や、実害をもたらす害獣にまで向いてしまうことだ。かくいう香山氏も幼い頃から動物が好きで、犬や猫、小鳥などこれまでさまざまなペットを飼育。過去には動物愛護に傾倒しそうになった時期もあると振り返る。
「今は北海道にいて、猟銃免許の取得・更新に必要な診断書を書くこともあるんです。私自身、以前ハンターの方に『なぜ犬を大事に飼っているのに、クマやタヌキは殺すのですか?』と聞いてしまい、『先生、何言ってんの? 同じ動物でもペットと害獣は全然違うよ』と言われてハッとしたことがあります。人は感情に流されやすく、かわいそうとか、撃たれたクマにも家族がいたとか、勝手なストーリーを作りがちですが、なぜ見ず知らずのクマには感情移入するのに、目の前の住民の生活には目が向かないのかと。それからは意識的に理性を働かせ、自分で自分に言い聞かせるようにしています」
被害が相次ぐ状況の中、被害者の心情を逆なでするような動物愛護の言説に対し、ネット上では「クマは絶滅させるべき」「擁護派がクマに食われればいい」などの極端な反論もあり、分断が深刻化している。両者が分かり合うためには何が必要なのか。
「今はセンセーショナルな報道が続いていますが、あまりにもクマへの恐怖心をあおるのは逆効果。動物愛護の人たちは人間不信が根底にあるので、『マスコミがクマを悪者にして利用している』と裏を読んで反発してしまう。感情や情緒を刺激しすぎない、客観的な報道が必要です」
動物愛護の暴走は日本に限ったことではなく、欧米ではより過激な抗議活動が破壊行為や暗殺などのテロ事件に発展してしまった事例もある。人と人のいさかいがクマ以上の脅威となることのないよう、冷静な議論が求められている。
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