「このままだとやばい」日本の自動車業界に猛烈な危機感…たった9か月で車を完成させたワケ

世界的なEV(電気自動車)時代の到来で、日本を取り巻く状況は厳しさを増している。トヨタ、日産、ホンダ……かつて成功の象徴だった企業も、グローバルでの競争激化で明暗が分かれている。そんな日本の現状に危機感を感じているのは、自動車メーカーだけではない。「ジャパンモビリティショー2025」(9日まで、東京ビッグサイト)で話題を集めたのは、IT企業がたった9か月で完成させたという最新鋭の車だった。

20代、30代の力で完成したこだわりの内装
20代、30代の力で完成したこだわりの内装

自動車業界に新風…従来法とは異なるアプローチ

 世界的なEV(電気自動車)時代の到来で、日本を取り巻く状況は厳しさを増している。トヨタ、日産、ホンダ……かつて成功の象徴だった企業も、グローバルでの競争激化で明暗が分かれている。そんな日本の現状に危機感を感じているのは、自動車メーカーだけではない。「ジャパンモビリティショー2025」(9日まで、東京ビッグサイト)で話題を集めたのは、IT企業がたった9か月で完成させたという最新鋭の車だった。

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 ジャパンモビリティショー開催中、ネット上でひそかに話題を集めた車があった。

「車作っててビックリした」「たった9ヶ月で作ったの?」「コンセプトカーとあったけど自走しそうだったので不思議」「全部オリジナルとは思えない完成度」「システム屋が物理の世界に染み出していくことは嬉しく思います」と驚きの声。

 日産ブースの横に展開したのは、住友商事グループのIT企業SCSKのブース。自動車メーカーでないにもかかわらず、わずか9か月でEVのSUVタイプのコンセプト車を製作し、公開した。

 ソフトウェアの力で自動車産業を変革しようとする異色の挑戦。その背景には、日本の自動車産業に対する強い危機感があった。SCSKでモビリティ事業を手がける三谷明弘さんに詳しい話を聞いた。

 自動車メーカーではなく、IT企業が車を作る。一見突飛に見える挑戦だが、三谷さんは明確な問題意識を持っていた。

「自動車メーカーはこれまで走る、曲がる、止まる、燃費といった自動車の主力の部分に価値がありました。一方、グローバルで見ると、車のニーズが多様化してきていて、エンターテインメント空間やサービスといった付加価値のゾーンが非常に増えてきている。ソフトウェアの規模が10年ぐらい前に比べると、2桁から3桁、4桁ぐらい増えてきている」

 ソフトウェアの重要性が飛躍的に高まる中、自動車メーカーだけでは対応しきれない状況が生まれている。三谷さんは続ける。

「日本の自動車メーカーの産業をさらに良くしていくためには、ソフトウェアから考える車作りが必要。それらを世の中に問うてみたり、いろんな自動車メーカーと競争したりするためにも、ソフトウェア主導型の車が必要だと思って、車を作りました」

 プロジェクトの開発期間は約9か月。最初の3か月で要件を詰め、仕様設計を行い、実際のものづくりを始めてから約半年で完成させた。

「今回、認可、認証も通る形で全て設計しました。水平分業体制という新しいやり方をすることによって、開発期間をぐっと短縮しながら開発を終えました」

 車検を通せば、公道デビューも果たせる状態にあると明かした。

 従来の垂直統合型のサプライチェーンとは異なり、さまざまな企業や個人が得意分野で協力し合う水平分業のエコシステムを構築。関わった企業は数十社から3桁規模に上るが、トップランナーとして組んだメーカーは5社程度だという。社内でこの車に深く関わったのは20人に満たない規模だった。

 既存の自動車メーカーと大きく異なる特徴は、若い力が主力になったことだ。「ある意味、年が上の人の考え方を持ち込んでいない仕様になっています。もう割り切りました、そこは」。設計者の多くは20代から30代前半で、ターゲットも明確にZ世代に絞った。

「他の自動車メーカーはマス層を売りにしているので、購買層が少し高めなんですね。これは明確にZ世代向けなので、見た目から中身も含めてITライクになっている。車内にはまるでスマホのような世界観が広がっていると思っていただければ」

 フロントにはLEDアレイのディスプレーを搭載し、映像を流すこともできる。内装も車という感覚よりも、「中に入ったら、シアターに来たような空間」を目指した。

“EV後進国”日本の問題点…世界で取り残される

 最も苦労したのは、水平分業型の開発スタイルだった。

「シリアル開発(開発工程を順番に進めること)じゃないんですね。これが終わったら次これをやってというのではなくて、同時並行で100個のプロジェクトが走るような感じになるので、それを統合していって1つのものに仕立て上げていくやり方はすごく苦労しました」

 さらに、車室内空間作りに関しては、国内にプレイヤーがほとんどいないという問題もあった。世界の最先端とニーズを調べることが、開発そのものと同じくらい大変だったという。

 三谷さんがこの挑戦に踏み切った背景には、日本の自動車産業に対する強い危機感がある。

「グローバルで見ると、日本の市場のシェアがどんどん落ちていっているんですね。この5年ぐらいの数字を見ると、2桁パーセントぐらいはグローバルのシェアを落としている状態。グローバルの販売台数が伸びているのに、日本の販売台数は伸びていませんので、グローバルとしては衰退している状態に近くなってきている」

 とりわけEVの普及は低迷し、“EV後進国”“ガラパゴス化”の状態となっている。

「グローバルでEVがどんどん伸びていっていて、欧州でも今年の1月から7月だと40%ぐらい伸びています。中国とか新興国はもっと大きな比率でEVになってきている。このまま行くとどこかで損益分岐点が逆転するだろうと思っていて、そうすると自動車メーカーは窮地に立つのではないか。新たな付加価値がないとサステナブルで行けなくなってしまうという危機感を強く感じています」

 だからこそ、三谷さんは「このままの自動車産業だとやばい」と断言する。

「一緒にやって、さらにもう1度そういうところを作っていこうと。高市さん(首相)のセリフじゃないけど、ジャパン・イズ・バックのクルマ版をやらなきゃいけないんじゃないかと思っています」

「ジャパン・イズ・バック」を体現した1台だ
「ジャパン・イズ・バック」を体現した1台だ

市販化の計画は? 気になる製作コストも聞いた

 市販化については明言を避けたが、SCSKの狙いはハードウェアで稼ぐことではない。

「我々はソフトウェアのカンパニーなので、直接OEM(他社製品を受託すること)になって成長していこうとは思っていません。ハードウェアでもうけるという予定はないんです。これらの車を気に入っていただけるようなメーカーさんと一緒にやっていく形になるのではないかと思っています」

 三谷さんが目指すのは、自動車業界のエコシステムの変革だ。

「これまではどちらかというと抱え込み戦略が多くて、各企業が自分たちの強みを追求していました。やっぱり一緒にできることは一緒にやる、差別化するところは差別化するというところを上手に組み分けられるような形になりたい」

 ライバルについて問うと、三谷さんは意外な答えを返した。

「今、少なくとも国内でこういうふうなアプローチをしているメーカーを、私は見聞きしたことがないので、あんまり考えていないですね。もしライバルがどこという話なのであれば、グローバルにいるかなと思います。ただ、すごくストレートに言うと、ライバルと思っている時点でみんな作れてないんだと思うんです」

 開発費については煙幕を張ったが、「自動車メーカーが作る1台の開発費からすると桁が違うぐらい安い」と自信を見せる。エコシステムでやることでウィンウィンの味方が増え、開発費も分散される構造になっているそうだ。

 三谷さんの目標は明確だ。

「ソフトウェア主導型の車が1年後、2年後、3年後には世の中にある一定量あふれていて、Z世代の方々が喜んで車に乗っている状態を作りたい。Z世代がなかなか今買えない世の中ですし、車に魅力も感じない人がいるので、Z世代の人が寄ってたかってこの車に乗っているようになるとうれしい」

 IT企業による自動車開発という異色の挑戦。それは単なる新規参入ではなく、日本の自動車産業全体を活性化させようという壮大な試みだった。

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