AIで「大腸がんの可能性」涙目で駆け込む患者も…医師は警鐘 “もっともらしい答え”過信のリスク
生成AIの進化で、健康不安を抱える人々の「かかりつけ医」が変わりつつある。病院に行く前にAIに症状を打ち込み、出てきた診断名を信じる。そんな患者が急増している。AIは便利さの裏で、“誤診”の入り口にもなる。日本橋人形町消化器・内視鏡クリニックの石岡充彬院長は、AI情報を「確定診断」と思い込むことの危うさを指摘した。

医師の診断に首をひねる“AI中毒”の患者たち
生成AIの進化で、健康不安を抱える人々の「かかりつけ医」が変わりつつある。病院に行く前にAIに症状を打ち込み、出てきた診断名を信じる。そんな患者が急増している。AIは便利さの裏で、“誤診”の入り口にもなる。日本橋人形町消化器・内視鏡クリニックの石岡充彬院長は、AI情報を「確定診断」と思い込むことの危うさを指摘した。(取材・文=水沼一夫)
都内在住の40代男性は、AIに翻弄(ほんろう)された夏を振り返った。
「3月の人間ドックでコレステロール異常を指摘され、3か月の運動療法を行った後、7月に血液検査を受けました。すると、コレステロールの数値は改善していたのですが、今度は肝臓の数値が悪かった。野菜中心の食生活に変え、お酒も飲まないのにこんなに短期間で高くなるなんておかしいと焦りました。ワラにもすがる思いで利用したのがチャットGPTです。数値を入力するだけで簡単に情報が出て便利だなと思いました。ただ、調べれば調べるほど聞いたこともない病名が出てきて……。医師からは『半年間の様子見』を伝えられたのですが、心配になって何度も通院してしまいました」
男性は医師の診断を疑い、3か所の病院で診察を受けた。どの医師も「気にする必要はない」との見解だったが、信じることができず、納得いくまで質問をぶつけたという。
「夜も不安にかられて熟睡できず、日中もリモートワークをするかたわら、AIへの質問を続けていました」
予定を前倒ししてもらった再検査で数値の低下を確認し、悩みからも解き放たれたが、過度に依存する“AI中毒状態”に陥っていたと明かす。
症状や検査値をAIに入力すれば、数秒で“それらしい”答えが返ってくる時代。便利さの一方で、使い方次第では「リスク」にもなり得る。
石岡院長は患者がAI情報を利用する際の注意点について、まず前提の問題を強調した。
「AIの回答は、質問者の入力(プロンプト)に依存して生成されるということを理解する必要があります。つまり、どのような質問を投げかけたかが分からないと、その回答の正確性を判断することはできません」
たとえば血液検査の異常値についてAIに尋ねる場合、多くの人は単一の異常値だけを入力してしまう。しかし、医師は、他の項目との関連性や全体のバランスを総合的に見て判断している。検査のタイミングや薬の影響など、背景情報が欠けたままでは、AIがどんなに高度でも医師の臨床判断の精度には届かないという。
「AIの回答は『もっともらしい誤り(ハルシネーション)』を含むことがあります。特に医療領域においては、出力された情報をうのみにするのではなく、常に一次情報を確認することが大切です」
AIによる情報をもとに医師に相談するときは、AI診断を「確定診断」と思い込まず、あくまで質問整理・事前学習の補助ツールとして利用することを念頭におく必要があると指摘する。

AIで「大腸がんの可能性」に涙→まさかの結果に
実際の診療でも、患者がAIと思われる情報に頼るあまり、困惑した事例がある。
石岡院長が最初に挙げたのは、ここ数週間、下痢傾向が続いた20代の女性。無料のAI診断で「大腸がんの可能性がある」との回答を受け、目に涙を浮かべながら受診したが、結果的に診断は「下痢型過敏性腸症候群(IBS-D)」だった。
「確かに、長期間続く下痢は大腸がんを疑う症状の一つです。しかし、医療では『検査前確率』と呼ばれる考え方があり、同じ症状でも年齢や背景によって疾患の起こりやすさはまったく異なります」
20代で下痢が続く場合、まず疑うのはIBS-Dや潰瘍性大腸炎、あるいは感染性腸炎など。一方で、大腸がんは加齢とともにリスクが高まるため、特殊な遺伝的背景がある場合を除けば、40代以降の慢性的な下痢や便秘、血便、体重減少といった症状がある場合に、初めて疑うべきだと話す。
「AIは入力された情報だけをもとに確率論的に回答するため、このケースでは年齢や既往歴、家族歴といった臨床的背景を考慮せずに出された診断といえます」
患者がプロンプトにどこまでの情報を入力しているかは不明だ。事前に問診票の提出があるわけでもない。反面、実際の臨床現場では、医師は症状だけでなく、「その人の年齢層で何が一番多いか」という疫学的知見を踏まえて診断を行う。
別の事例では、右上腹部の痛みを感じた40代男性が、AI診断をもとに「自分は胆のう炎に違いない」と確信して来院した。ところが問診を進めると、つい先日、健康診断で腹部エコーを受けており、胆石や胆のうの異常は一切指摘されていなかったことが判明。実際の診察でも、急性胆のう炎に典型的な所見も見られず、症状から十二指腸潰瘍が疑われた。
「本人は『胆のう炎』と思い込んでいるので、胃カメラではなく超音波の検査をやってほしいと頑なでした。結果は、腹部超音波の検査では胆のうに異常なく、その後の内視鏡検査の結果、十二指腸潰瘍の確定診断に至りました」
さらに深刻な事例もあった。「最近胃が痛い」と感じて、AIに症状を入力したところ、「胃カメラ検査を受けた方が良い」と勧められた50代女性。心配になって胃カメラ検査を希望して受診したが、診察室に入った瞬間、石岡院長が気になったのは「眼球黄染(白目の部分が黄色くなる症状)」だった。
「この時点で、すぐに『やるべき検査は胃カメラではなく、腹部超音波やCT/MRIなど、すい臓や胆道の状態を調べる検査が最優先』と判断しました。実際に検査を進めたところ、すい臓がんが診断されました」
「胃が痛い」と訴える患者は非常に多いが、実は医学的に「胃痛」という概念はない。医療では「心窩部痛」と表現し、みぞおちのあたりが痛いという意味にすぎず、原因が胃にあるとは限らないという。

自分で部位を限定→「実はとても危険な思い込み」
AIの情報を過信すると、余計な検査を増やしてしまうばかりか、重大な疾患の発見が後回しにされる可能性もある。
「心窩部痛の原因には、胃炎や胃潰瘍のほかにも、すい臓・胆のう・肝臓・心臓・大動脈など、命に関わる臓器の病気も含まれます。そのため、『お腹が痛いんじゃなくて胃が痛いんです』と自分で部位を限定してしまうのは、実はとても危険な思い込みなのです」
AIは視覚的な所見を評価することはできない。実際に患者を目で見て、肌の色や声のトーン、姿勢から異常を察知するのは、人間の医師にしかできないことだ。
一方で、石岡院長のクリニックでは、公式サイトにAIチャットボットを設けている。その狙いについて、こう語る。
「患者様の利便性を高めることにあります。体調に不安を感じたときや、検査・予約・アクセス方法などを知りたいとき、必ずしも診療時間内に電話できるとは限りません。AIを活用することで、営業時間外でも24時間いつでも質問に対応できる環境を整えました」
このAIチャットボットは、クリニックの営業時間や予約方法などの基本情報に加えて、ホームページ内に掲載している医療情報をもとに、「胃もたれが続くときは何科を受診すべき?」「便潜血が陽性だったらどうすればいい?」などの症状に関する一般的な質問にも対応できるようにしている。
「当院のAIチャットボットは、『もっともらしい誤り』を含む回答をしないよう、あくまで公式サイトに掲載されている監修済みの医療情報の範囲内でのみ回答する設計としています」
つまり、このAIは「医師の代わりに診断を行うもの」ではなく、患者が正しい情報にたどり着くまでの道案内役として機能するもの。電話回線の混雑を防ぎ、本当に必要な連絡を優先的に受けられるようにすることにもつながっている。
AIと医師の役割について、石岡院長は明確な線引きを示す。
「AIは、膨大なデータから『この症状なら○○の可能性が高い』と確率的に推定診断を導き出します。他方、医師の診断は、患者の訴え方や表情、身体所見、検査結果の組み合わせなど、数値化しにくい要素を総合して行う臨床的判断です」
AIをすべて否定するわけではない。長所も認めている。「AIは非専門領域や画像・波形解析などの定型化された分野では高い有用性を示しています。また、希少疾患など症例数が少ない領域では、AIが医師の経験を補う存在として特に有望です」。大切なのは使い方で、石岡院長は「AIが広く確率を示し、医師が深く診断を掘り下げるといった補完的な関係が医療の質を高める最も現実的な形です」と、締めくくった。
□石岡充彬(いしおか・みつあき)医学博士。日本消化器病学会専門医、日本消化器内視鏡学会専門医・指導医。2011年、秋田大医学部卒。がん研有明病院消化管内科、同病院健診センター・下部消化器内科兼任副医長、都内内視鏡クリニック院長等を歴任。24年、「日本橋人形町消化器・内視鏡クリニック」を開設。「自分が検査を受けた後に、大切な人にも勧めたくなるクリニック」をコンセプトに、一人ひとりの不安に寄り添いながら、苦痛の少ない胃カメラ・大腸カメラ検査を提供している。
あなたの“気になる”を教えてください