「人の味を覚えたクマが…」被害多発に青ざめる専門家 これまでにない兆候「明らかに攻撃性が違う段階に」

全国各地でクマによる被害が相次いでいる。今年度のクマ被害による死者数は全国で13人(10月28日時点)と、統計を取り始めた2006年以降で過去最悪に。人を食べる目的で襲った食害のケースも複数報告されている。今年の状況を2年前から予言していた日本ツキノワグマ研究所の米田一彦所長が、東北地方で連鎖的に発生する食害事件を分析。これまで被害が突出していた秋田のみならず、隣県・岩手が“人身被害大国”になる可能性を指摘している。

クマ被害による死者数が過去最悪に(写真はイメージ)【写真:写真AC】
クマ被害による死者数が過去最悪に(写真はイメージ)【写真:写真AC】

最初から人を食べる目的で襲った史上初めてのケースも

 全国各地でクマによる被害が相次いでいる。今年度のクマ被害による死者数は全国で13人(10月28日時点)と、統計を取り始めた2006年以降で過去最悪に。人を食べる目的で襲った食害のケースも複数報告されている。今年の状況を2年前から予言していた日本ツキノワグマ研究所の米田一彦所長が、東北地方で連鎖的に発生する食害事件を分析。これまで被害が突出していた秋田のみならず、隣県・岩手が“人身被害大国”になる可能性を指摘している。(取材・文=佐藤佑輔)

【特集】薄毛治療が新時代突入!? オーダーメイド治療が持つ可能性

 米田氏は1948年、青森・十和田市出身。秋田大教育学部を卒業後、秋田県立鳥獣保護センターや秋田県生活環境部自然保護課に勤務、県庁職員としてクマ対策に当たってきた。86年からは当時被害が深刻だった西日本のクマ調査に携わり、2001年にNPO法人「日本ツキノワグマ研究所」を設立。クマ被害が多発した2年前のENCOUNTのインタビューでは「私は2年後の2025年に、今年以上の大出没が起こると予想しています」と断言していた。

 50年以上ツキノワグマの生態調査を続ける米田氏は、今年の状況について「明らかに攻撃性が今までとは違う段階に入っています」と分析。クマの出現パターンについて、これまでにはなかった兆候が表れていると口にする

「10月上旬頃までは、大きいクマに追いやられた親子グマや、2~3歳の若グマの出没が多い。若グマは一番活発な時期で、人を殺せるほどのパワーはないけど、飛び上がって頭を狙ってくるので重篤なけがに至ることもある。行き場のなくなった親子グマが建物への閉じこもりを起こすのもこの時期です。季節が進み、10月下旬から11月に入ると、次第に大きいクマも里に下りてきて重大な死亡事故が発生するというのが例年のパターンだった。それが今年は、10月頭から死亡事故が起こり始め、それがずっと続いている。これは明らかに異常事態です」

 報道を過熱させているのが、各地で報告されている食害被害の実態だ。米田氏によると、過去130年間のツキノワグマによる死亡事故の被害者は、狩猟中の事故を除き、2024年時点で68人。そのうち食害が疑われる遺体は23件あった。今年は13件の死亡事故に対し、食害は4件。中でも、7月4日に岩手・北上市和賀町の民家にクマが侵入し80代の女性を殺害した事件は、最初から人を食べる目的で襲った可能性が高く、これは過去に類を見ない史上初めてのケースだという。

「パニックになって逃げ込んだ先で人を襲ってけがをさせることはありましたが、侵入した民家で家人を殺害して食べるというのは過去130年をさかのぼっても初めてのこと。事故以前には、近隣で金属製の保管庫が破壊され中の玄米が荒らされる事件が多発していました。これは偶発的な事故ではないと判断し、自治体は直ちに集落全員を緊急避難させ、オスの加害グマを駆除した。DNA鑑定でも間違いなく加害個体と特定されましたが、不気味なことに、駆除後も玄米の食い荒らし被害は続いたんです」

 3か月後の10月8日、同じく北上市和賀町の山林で首と胴が離れた遺体が発見。17日には同町温泉施設の露天風呂で、従業員の男性が襲われ亡くなる事件が発生した。遺体にはいずれも食害の跡が認められ、米田氏は今年発生した4件の食害事件のうち、同じ町内で起こったこれらの3件に強い因果関係を感じている。

「人の首と胴体が離れることってそうそうないんですよ。2番目と3番目の現場は、直線距離で1.8キロしか離れてない。2番目の被害が、露天風呂の事件の後に駆除されたオスグマによるものと見ることもできます。ただ、そうなると気になるのが、最初の民家の事故との関係です。この3件は攻撃性が非常に似ており、連続性を感じる。ここからは推測ですが、それぞれ事件が親子や兄弟など、何らかの遺伝的関係を持ったクマによるものではなかったか。だとするなら、食害の性質を持った母グマはまだ見つかっていないということにもなります」

今年重大事故が続いている岩手や宮城は奥山放獣が盛んな“クマ保護大国”

 残る1件が、10月3日に宮城・栗原市栗駒でキノコ採りに入った4人が襲われ、1人が死亡、1人が行方不明となっている事件。40~50キロの距離があるため、この事件は北上とは別の個体群による可能性が高いが、気がかりなのは行方不明になった女性が約1か月がたった今も見つかっていないことだ。米田氏が懸念するのは、2016年、4人もの犠牲者を出した戦後最悪の獣害事件「十和利山クマ襲撃事件」の再来だ。

「クマは人を殺害したあと、遺体を抱きこんでなめたりかじったりしているうちに、味を覚えて食害に至ります。時間がたつほど、人の味を覚えたクマが増える。十和利山の時も食害があり、当時の秋田では遺伝子分析の体制がなかったため、私は徹底的にやらないといけないと発信し、一帯のクマを根こそぎやったわけです。今年、栗駒山系ではブナ科の堅果類が大凶作で山麓での惨禍が続いている。行方不明となった女性の捜索や箱わなによる加害個体の捕獲作業が続いていますが、いずれもまだ有力な手掛かりはありません。行方不明者が見つからないまま、加害グマが野放しになっている状況は極めて危険です」

 4件のショッキングな食害事件はなぜ発生してしまったのか。米田氏は、被害が突出して多い秋田ではなく、隣県の岩手・宮城でこれらの事件が発生したことに、強い危機感を抱いている。

「被害の多い秋田では、問題行動のある個体を先手を打って積極的に駆除しています。一方、岩手は人的被害が多いにもかかわらず保護的傾向が強く、奥山放獣(殺さずに山に返す)が実施されてきた。宮城も大都市・仙台を含め保護的対策が主流。長野はさらに奥山放獣が盛んで、これまでに推定5000頭を山に放っています。

 その保護姿勢が強い岩手や宮城で、相次いで重大な死亡事故が起こってしまった。クマに県境はない。殺さない被害対策を長く続けると、近隣の県で被害が増えることも起こり得ます。共存を目指すのは美しい姿勢ですが、残念ながら現状は秋田の方が先進的と言わざるを得ない。岩手は、これから人身被害大国になるのではと危惧しています」

 27日には、秋田市雄和の側溝で80代女性とみられる遺体が発見。報道によると遺体は損傷が激しく、5件目の食害を疑われる事例となっている。秋田県の鈴木健太知事は、相次ぐクマ被害に対し自衛隊による支援を要望。例年であれば、さらに大きな被害が増え始める11月以降、クマ問題はどんな局面を迎えるのか。

トップページに戻る

あなたの“気になる”を教えてください