宮崎駿作品にも出演 74歳・小林薫が挑んだ異色の声の芝居「舞台やドラマより疲れるくらい」

俳優・小林薫がアニメ映画『ホウセンカ』(公開中、木下麦監督)で主人公・阿久津の“現在”の声を演じた。本作は、無期懲役囚のヤクザ(小林)が花のホウセンカ(ピエール瀧)と語らいながら自らの人生を回想するという異色のストーリー。宮崎駿監督の『もののけ姫』『君たちはどう生きるか』やナレーションなど声の仕事も多い小林だが、本作には“ある心配”があったと明かす。

アニメ映画『ホウセンカ』で主人公・阿久津の“現在”の声を演じた小林薫【写真:ENCOUNT編集部】
アニメ映画『ホウセンカ』で主人公・阿久津の“現在”の声を演じた小林薫【写真:ENCOUNT編集部】

アニメ映画『ホウセンカ』で主人公・阿久津の“現在”の声を担当

 俳優・小林薫がアニメ映画『ホウセンカ』(公開中、木下麦監督)で主人公・阿久津の“現在”の声を演じた。本作は、無期懲役囚のヤクザ(小林)が花のホウセンカ(ピエール瀧)と語らいながら自らの人生を回想するという異色のストーリー。宮崎駿監督の『もののけ姫』『君たちはどう生きるか』やナレーションなど声の仕事も多い小林だが、本作には“ある心配”があったと明かす。(取材・文=平辻哲也)

『ホウセンカ』は、「オッドタクシー』の木下氏が監督、キャラクターデザイン、此元和津也氏が脚本。『映画大好きポンポさん』『夏へのトンネル、さよならの出口』などで高い評価を受けるスタジオCLAPが製作し、「アヌシー国際アニメーション映画祭2025」の長編コンペティション部門に正式出品された話題作だ。

 主人公は無期懲役刑で刑務所に収監されている年老いたヤクザ・阿久津。死を目前にした彼はホウセンカと語らい、かつての恋人、那奈との生活、1980年代、破天荒だった若き日を振り返っていく……。

 小林は最初に企画を聞いた時、「こんな老ヤクザの話をアニメにしてお客さん来るのかな」と率直に疑問を抱いたという。「僕の中でのアニメと言えば、『君の名は。』のように、かわいい女の子と少年が出会うような話。この物語には若者が一切出てこないじゃないですか」と話す。

 それでも台本を読み進めるうちに、阿久津という人物に惹かれていった。

「昭和の匂いがする人ですよね。乱暴で無骨なんだけど、根っこは純粋で恋心も持っている。『無法松の一生』を思い出しました」と話す。『無法松の一生』とは、粗野で乱暴だが義理堅く純情な人力車夫が、未亡人とその子を陰ながら支える物語だ。小林は恋心を抱きながらも決して告げることなく生きる男の姿が、阿久津と重なるという。「もしかしてこの作品のベースになっていたりするのかなと、監督にもその話をしたら、若いから知らなかったみたい」と笑い交じりに振り返る。

 アニメのプレスコは1人で行う場合も多いが、今回はホウセンカ役のピエール瀧と2人で2日間に分けて行った。

「初日は家に帰ってソファに倒れ込んで、放心状態でした。ピエールさんは『赤坂から渋谷まで歩いた』って言ってました。疲れたというより、クールダウンの時間が必要だったんだと思います。それくらい集中したんです。一方でナレーションの仕事もやりますけれども、こちらはむしろ、楽しんでやるという感じ」

 声だけで表現する難しさも改めて実感した。

「僕らの芝居というのは、メイクをしてもらって、出来上がったセットの中で演技をするものです。そういったものによって、引き出されているものがあるんです。でも、アニメでは声に全部込めないといけない。芝居ではボソボソといっても大丈夫ですが、声に全てを乗せないといけない。だから、舞台やドラマより疲れるくらいなんです」と語る。

「アニメの声の演技は実写よりも大変」と語った【写真:ENCOUNT編集部】
「アニメの声の演技は実写よりも大変」と語った【写真:ENCOUNT編集部】

『もののけ姫』でジコ坊、『君たちはどう生きるか』では老ペリカン役

 スタジオジブリ『もののけ姫』(1997年)でジコ坊を演じた時はどうだったのか。

「洋画の吹き替えはやったことがあったのですが、アニメのアフレコは初めてでした。宮崎監督は、『(ジコ坊というのは)普通の人ではないんです。得体がしれない人物なんですね』といった感じで一生懸命説明をしてくれて、ブースに戻っていくんです。その姿がなんだかおかしくて、とりあえずは一生懸命やりながら、少しずつOKになっていくんです。わずかなシーンでも4時間くらいかかって、えらく時間がかかるなと思いました」

 その後、『君たちはどう生きるか』(2023年)では老ペリカン役でも出演した。

「前回の時にはすごく時間がかかったので、今回もいろいろと注文をいただくかもしれないぞ、と覚悟をしていたのですが、一発OKで、拍子抜けしました。宮崎監督には『もう少しお付き合いしますよ』と冗談で言ったのですが、『もう結構です』と言われてしまいました」と笑って振り返る。

「アニメの声の演技は実写よりも大変」という小林だが、完成した映像を観た時は、自らの疑念が払拭された。「花がしゃべるなんて最初はピンとこなかったんですけど、映像になると自然に受け入れられる。不思議なんですけど、観終わったあとにふっと心が軽くなるような感覚がありました。これはすごいなと」。

 昭和の残り香を漂わせる不器用な男を、声だけでどう表現するか。ベテラン俳優の全身全霊を込めた挑戦が、アニメーションという枠を超えた人間ドラマを立ち上げている。

□小林薫(こばやし・かおる)1951年9月4日生まれ、京都府出身。71~80年まで唐十郎主宰の「状況劇場」に在籍。退団後、映画・舞台・ドラマ・CM・ナレーションなどで幅広く活躍。映画『それから』(85年/森田芳光監督)、『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』(07年/松岡錠司監督)で日本アカデミー賞最優秀助演男優賞を受賞。ドラマ『深夜食堂』シリーズ(MBS/TBS/NETFLIXほか)は15年・16年に劇場版も公開。近作として映画『でっちあげ~殺人教師と呼ばれた男』(25年/三池崇監督)、連続テレビ小説『虎に翼』(24年/NHK)、特集ドラマ『憶えのない殺人』(25年/NHK)など。現在、ドラマ『もしもこの世が舞台なら、楽屋はどこにあるのだろう』(25年/CX)が放送中。待機作として連続ドラマW『1972 渚の螢火』(25年/WOWOW)が10月19日から放送予定。

次のページへ (2/2) 【写真】小林薫インタビューでのアザーカット
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