「一般人とは違う」芸能人の高齢出産、ネットの声は本当か 専門医が明かす“現実”
芸能界で40代での出産・妊娠発表が相次いでいる。子どもを授かりたい女性に希望を与える一方で、実際は数々のハードルがあることから、「一般人はまねしてはいけない」と慎重な声も目立つ。35歳以上は高齢出産と言われ、母体や赤ちゃんにとってもリスクが上昇することが分かっている。40代での出産・妊娠は安易に望まないほうがいいのか。不妊治療の専門家で、藤沢IVFクリニックの佐藤卓院長に話を聞いた。

祝福殺到の一方で、「これが当たり前だと思わないで」の声
芸能界で40代での出産・妊娠発表が相次いでいる。子どもを授かりたい女性に希望を与える一方で、実際は数々のハードルがあることから、「一般人はまねしてはいけない」と慎重な声も目立つ。35歳以上は高齢出産と言われ、母体や赤ちゃんにとってもリスクが上昇することが分かっている。40代での出産・妊娠は安易に望まないほうがいいのか。不妊治療の専門家で、藤沢IVFクリニックの佐藤卓院長に話を聞いた。(取材・文=水沼一夫)
芸能人の出産・妊娠は、注目を集めやすい傾向がある。それが40代になると、ニュースとしても大きく報道され、SNS上にはさまざまな反応が寄せられる。多くは祝福の声で、妊活中の女性からは「ものすごく勇気をもらえた」と好意的に受け止められる。
一方、歓迎ムードとは一線を画す声もあり、「私たち一般人とはわけが違う」「これが当たり前だと思わないで」「一般人が『あの女優さんも高齢出産だし!』というノリで妊娠を後回しにしないほうが良い」など、論争を呼ぶケースも珍しくない。
「『一般人はまねしてはいけない』というよりも、そもそも多くの人にとっては、同じことをしようにも実現が難しいという現実があるのだと思います。芸能人の中でも、とりわけ海外セレブリティーの中には、40代後半での妊娠・出産を発表する方も増えています。背景には、卵子凍結技術等の高度な医療へのアクセスが可能なコミュニティーがあったり、『まねできないほど』の費用をかけられる経済的基盤があるだと推察されます。こうした背景を知らずに、『40代でも妊娠できる』と一般化することが、 誤解や過剰な期待を生む原因になります」と、佐藤院長は話す。
厚生労働省によると、40歳以上で生まれた子どもの数は、2024年に4万5196人。第1子は1万5393人だった。全体の出生数の減少とともに、40歳以上の出産も減少傾向にあるが、その減り方は緩やかだ。共働きが増え、晩婚化が進み、社会的に「晩産化」も容認されている空気がある。
「私自身、40代での妊娠・出産を否定する気持ちは全くなく、むしろ仕事や趣味に全力で取り組みながら、出産や育児も望むならぜひ実現してほしいと思っています。それは、現代の女性が手にした大切な権利であり、存分に行使していただきたい。そして、そのお手伝いができれば何よりうれしく思います。ただし、それがどのような条件や準備のもとで実現できたのか、どれほどの努力や支援があったのかについて、もっと丁寧に社会全体で情報共有されることが必要だと感じています」
卵子提供の結果、世界を見れば50代、60代の女性でも妊娠・出産が可能になっている。ただ、年齢が上がれば上がるほど、妊娠・出産にはリスクがつきものだ。
「欧米では、加齢により自己卵子での妊娠が困難となった高齢女性に対して、若年のドナーから卵子の提供を受けて妊娠を目指す『卵子提供プログラム』が広く行われています。このような医療が実践された結果、年齢が高くても質のよい卵子さえあれば妊娠自体は可能である一方で、年齢が高いほど妊娠中と分娩時の合併症のリスクが上昇することが、明確に示されています」
佐藤院長が示したのは、米国生殖医学会(ASRM)の倫理委員会による報告。そこでは、いくら妊娠が可能であっても、45歳以上の妊婦では妊娠高血圧症候群や妊娠糖尿病のリスクが上昇することや、50代では妊娠高血圧症候群の発症率が26%(50-54歳)から60%(55歳以上)へと急増することが記されている。50代後半の妊婦では78%が帝王切開に至ったという報告もある。
「卵子凍結や卵子提供による妊娠がまだ一般的とは言えない現在の日本では、こうした超高齢妊娠のリスクが現実の問題として語られることは少ないかもしれません。それでも、国外のデータは、そのリスクの高さを確かに物語っています」
その上で、「妊娠や出産に伴うリスクは“急に上がる”というよりも、“加齢に伴って連続的に高まっていく”という理解が重要です。同じ『40代』と一括りにしても、40-43歳までの妊娠に対して、44-45歳以降では自然妊娠が極端に難しくなり、46歳を超えると体外受精での妊娠率すら1~2%にまで落ち込みます。40代の中頃からは、そもそも妊娠すること自体が容易ではなくなることも覚えていていただきたいポイントです」と続けた。
仮に妊娠判定で陽性となっても、「胎嚢確認」「心拍確認」「8週の壁」「10週の壁」など、妊娠にまつわるハードルは多い。赤ちゃんが順調に成長してくれるかどうか。その不安は、母親の年齢が上がるほど現実味を帯びる。

35歳以上の出産は危険? 年齢よりも大切な“条件”とは
「30-34歳と35-39歳の女性の妊娠における流産のリスクが、それぞれ15.0%と24.6%であるのに対して、40-44歳と45歳以上では、51.0%と93.4%まで上昇すると報告されています。多くの方々にとっては、妊娠することが目的ではなく、それは『健康な子どもを連れて帰ること』であるはずです。妊娠後の母体の健康維持や育児への備えまで含めた、包括的なリスク評価・正確な情報提供が不可欠であると考えています」
影響は産後にも及ぶ。出産からの回復力は若い世代が有利だろう。新生児期は、授乳やおむつ替えで不眠不休になることも。ただ、佐藤院長は、条件が整っていれば、出産時の年齢は一つのバロメーターに過ぎないとの見方も示す。
「高齢出産に対しては『子どもが成人する前に親が亡くなってしまうのではないか』という懸念が、当事者以外からも提起されることがあります。こうした議論には、親の年齢と育児責任に関する社会的懸念が含まれていますが、家族の多様な在り方や寿命・健康寿命の変化を踏まえると、単純な年齢批判にとどまるべきではありません。
現代の日本では、女性の平均寿命は87歳、健康寿命も75歳を超えており、49歳で出産しても子どもが成人する頃(20年後)に元気に過ごしている可能性は十分にあります。もちろん、加齢に伴う健康リスクは否定できませんが、それを理由に一律に年齢で線引きするのは現実的とは言えません。むしろ、重要なのは個々の健康状態や既往歴、家族の支援体制、社会的サポートの有無です。高齢出産であっても、これらが整っていれば十分に安定した育児環境を築くことが可能です」
妊娠・出産の「適性年齢」についても、一概には言えず、個々の健康や置かれた環境を総合的に評価する必要があると説明する。
「日本では22年の妊産婦死亡率が10万出生あたり3.8人と、世界でも最も安全な水準にあります。特に都市部では、高度な周産期医療体制が整備されており、40代の妊娠・出産でもリスクが十分に管理されているケースが多く見られます。このことから、『35歳以上は危険』という単純な見方は現代の医療状況にはそぐわず、年齢を理由に一律に妊娠・出産の可否を判断するのではなく、個々の事情に応じた柔軟な対応と支援が求められます。今後は、単なる年齢での線引きではなく、妊娠・出産・育児に必要な心身の準備や支援体制の整備をどう社会全体で支えていくかという視点が、より一層重要になると考えています」
もう一つ、高齢での出産で重要視されるのが経済力だ。23年には体外受精で生まれた子どもが、過去最多8万5048人に達した。不妊治療の保険適用回数は、40歳を境に半減の3回となり、43歳以上の治療開始は適用外となる。ほかにもNIPT(新型出生前検査)など保険が効かない自由診療もある。高齢出産に成功した著名人が、どのような経過をたどり、総額の持ち出しがいくらになって出産に至ったのかは、詳しく語られることは少ない。
妊娠を望む女性が“本当に気をつけるべきこと”
「体外受精(IVF)は加齢による妊孕力の低下に対処する手段の一つであることは間違いありません。とはいえ、IVFが『万能な解決策』ではないことも事実です。特に45歳以上の女性におけるIVFの治療開始周期あたりの妊娠率は、患者あたりでは1~2%にとどまるとされており、加齢の影響を完全に克服できるものではないことが分かります。高齢の芸能人の妊娠の報告には偏りがある可能性もあり、実は非常に稀な例外であったり、『卵子提供プログラム』あるいは『卵子凍結』の技術といった、高額な医療費にも基づくIVFを背景にしているケースであることも多いのではないでしょうか」
産婦人科に限らず、医療行為は、すべての人が等しく受けられることが望ましい。佐藤院長は、将来的に「卵子凍結」のさらなる普及により、高齢での出産がより可能になると見通している。
「今後10-20年の間に凍結卵子を使った妊娠が一般化すれば、『超高齢妊娠』に対する社会的・倫理的議論もより現実的なものとなっていくでしょう。IVFの発展が、限られた富裕層のための医療として、格差を助長するものにならないよう、公的支援や啓発活動を通じて、必要な人に届く公平な医療アクセスの整備が求められます」
最後に、これから妊娠を望む女性が、身近なところから実践できる“本当に気をつけるべきこと”を聞いた。
「確実に避けるべきこととしては、喫煙でしょう。アルコールについては、妊娠が判明したなら速やかに避けるべきですが、『適量であれば不妊症の原因になるとは限らない』とする研究もあります。これはカフェインについても同様です。妊娠前からの葉酸補充は、胎児の神経管閉鎖障害のリスクを下げることが分かっており、各国の学会ガイドラインでも推奨されています」
情報があふれる時代。何を信じるかは、エビデンスがあるかどうかをしっかりと確認する必要があると指摘する。
「注意していただきたいのは、『生活を改善すれば妊娠できる』という過度な期待を抱かないことです。実際には生活習慣改善と妊娠率の間に明確な因果関係があるとは言い切れません。また、高額なサプリメントの中には、医学的に根拠の乏しいものも多くあります。私は、患者さんには『惑わされすぎないこと』と『無理のない範囲で、できることを続けること』をお勧めしています。葉酸サプリメントのように確実に推奨されるものは取り入れつつ日常の生活を整えること、すなわち『よく食べて、よく眠り、なるべく笑って過ごすこと』が長い目で見て妊娠にもよい影響を与えてくれると考えています」と締めくくった。
